第四話 紅月汐の残り時間を延命する方法の仮説を私は立ててみた
結局ドンキホーテの件は「スタバ行かない?」という提案の為に聞けなかった。
汐は変人でありながらコミュニケーション能力の高さも大した物だった。特に明日香は汐を気に入ったのか連絡先を一番最初に交換して、それから汐の誰得な紅茶蘊蓄をしばらく聞いてその日の放課後ティータイムは終わりを告げた。帰り道が同じ私は汐にドンキの駐車場の件を尋ねる事にした。
「“きさらぎ駅“は見えたの? 色々あって聞くの遅れたけど」
汐は顔にこそ出さないが、普段と違う環境に身を置いていた為か少し疲れているように見える。汐は私達と見ている世界が違う。
それがどのくらい疲れる事なのか私は知らない。本日の汐の予定と同時進行で急遽敢行された私にとっては当たり前の日常風景、お茶会。
情報量もすごかっただろう。
「残念ながら、“きさらぎ駅“なる物は見えなかったね」
「そうなんだ」
汐は残念ながらと言いながらも次はどうしようかと考えを巡らせているように思える。多分汐が次にいいそうな言葉は。
「さて、では大前茜くんにコンタクトを取ろうじゃないか」
だろうと思った。トライアンドエラーを繰り返す
「スケブを購入していいかい?」
私が「何に使うの?」という私の質問に対して、汐の回答は私の斜め上をいく回答が返ってくるとは思いもしなかった。「デッサン用にねと」言う汐を見つめていると、
「言わなかったっけ? 私、絵を描く事が好きだろう? 美術部に入ったんだ」
知らないよ!
汐は比較的何でもできてしまう超人である。勉強もできるし運動はもっとできる。音楽にも精通している。少しというかかなり異常な感性を持っているけど、比較的顔も可愛いし、胸は平均より大きい。弱点なんて見当たらない汐であるが、一つだけ弱点というか……絵を描かせると殺人的に下手なのだ。
「そうだ! 今度、とらをモデルに描かせてくれないか?」
絶対に嫌だなと思った私は恍惚な表情で絵の事を語る汐から“きさらぎ駅“に興味を持たせる為に大前茜に人柱になってもらう事にした。
「汐、茜ちゃんにと連絡取るんでしょ? どうせなら今日みたいにお茶でもする?」
汐に私の自画像なんて描かれた日には明日香に爆笑されてる程度ならまだしも、真弓が汐に自分の絵を描いて欲しいだなんて言えば、下手クソな真弓の自画像を見た人たち男女問わず汐は無駄に敵を作るだろう「お茶か、いいね。美味しいフレーバーティーでも茜くんにご馳走しようかな」とか上機嫌だ。
「しかし、ここ最近目まぐるしい」
今まで本とインターネットで情報を得る日々から他者と関わる事が多くなったからだろう。
「でも汐、楽しいんじゃないの? 顔が笑ってるよ」
「とら。君の言うとおりだよ。これは思い残す事が無くなってしまいそうだ」
汐は薄々気がついているんだろう。彼女の溢れ出る好奇心が私たちとの世界と繋がっているんだ。
「なに言ってんだか、アンタなら次々に何かしら興味を持つでしょ?」
「それもそうか、しかし今回の“きさらぎ駅“こいつは私の人生の中でもトップクラスに興味深いよ」
まさか、私が仕掛けたイタズラに対してここまで汐が興味を持つとは思わなかった。だったら私は最後まで付き合う義務がある。
翌日、私たちは大前茜と落ち合う約束をした。ひとまず私は隠れた目標ができた。汐を大学生にするという事。そう、汐が予想している卒業できないであろうという事を妄想だったと証明してみせる。
翌朝、大前茜が小馬鹿にしたような顔で待ち合わせの場所で待っていた。
「汐先輩! “きさらぎ駅“見れなかったんです?」
「あぁ! 発現する条件が何かあるのか分からないが何も感じなかったね。ここはやはり君がいないとね」
「ふふふ、仕方ないですねぇ!」
汐は大前茜の扱いが極めて上手だと思う。彼女の承認欲求をくすぐり、思い通りに行動させている。
「“きさらぎ駅“を求めても出現しないんですよ。あれは向こうが選んでるんです」
大前茜がまたわけのわからない理論を汐に展開している「ほぉ、興味深い」と汐が相槌をするので、嬉しそうに大前茜は汐を見つめる「今日、闇が深い場所はあそこかな」と眼光を光らせて大前茜は言った。
「いらっしゃいませー」
大前茜が私達を連れてきた場所はeスポーツカフェ。顔の見えない誰かと銃撃戦をして殺し合う物騒なゲームを私と汐は見せられている。私達はゲームには疎いのだが、大前茜がとにかく上手いという事だけは後ろで見ていて何となく理解できた。毎回ゲーム終了時に表示されるランキングにAKANEと表示される度にドヤ顔を向けてくる。
私たちはしばらく大前茜が誰かを射殺している後ろ姿を見ていると、「私に煽られて、殺されて確実に私に憎悪を向けている」とか独り言風に語りかけてくる。
「この後に、“きさらぎ駅“が見れるの?」
当然見れるわけはないんだが、私は大前茜にそう尋ねてみる。彼女はわざとらしくマイクのついたヘッドフォンを外し、レース用の車の座席みたいなゲーミングチェアをくるりと回してこちらを向いた。
「倉田先輩、私の話、ちゃんと聞いてましたぁ?」
なんだコイツ! 私しか話し相手がいなかった時は私に対して何でも肯定的だったのに。くらぁーたせんぱぁい! とか言ってきたアンタ何処いったのよ!
「ええっと、このゲームをしたら憎悪を向けられるんじゃ?」
「先ほど茜くんが言っていた“きさらぎ駅“が選んでるってやつかい?」
私と汐の答えに対し、大前茜は汐に微笑んだ。
「さすが汐先輩、分かってますねぇ!」
フリードリンクのレモネードをストローでずずっと飲み、大前茜は続けた。
「これはやらないよしはマシくらいです“きさらぎ駅“を狙って出現は不可能ですよ」
はっきり言って大前茜はオチのない嘘を重ねているようにしか思えないんだけど。
要するにゲーム上手い私を見て見てーという事だったんだろうな。
「成る程、しかし茜くんはいくらか可能性を上げてくれたわけだ。来てもらった甲斐があるね」
「鋭いですね! 汐先輩は私程じゃないけど、こちら側の人間ですよ」
段々イラついてきたけどここで私が否定したら大人気ない。そして大前茜は汐の事が気に入り、明確に私に嫉妬しているのだろう。先ほどから女子特有の敵意をチクチクと感じる。
「しかし、可能性が低いとはいえ、上がった可能性があるのであれば、是非とも検証してみたいのだが、茜くん、宜しいかな?」
「全く、汐先輩は何故そこまで
片目を瞑りヤレヤレといった表情を作る大前茜に無性に私は殺意を覚えたけど、そもそも汐は私たちが見えない物を見えている。「不可視境界線とはとても素晴らしい単語だねぇ」と汐は変なところで感心してるし。
大前茜は自分が何か言う度に汐が気持ち良い言葉をかけてくれるのがたまらないのか、人懐っこい猫みたいに懐いている。
今にも喉がゴロゴロなりそうである。
余程肯定してくれる人に飢えているのか「あるいは汐先輩なら、“きさらぎ駅“が見えるかも……」と謎のリップサービスを始めた。
「私は霞み見る事ができるから、茜くんが見えさえすればいいんだがね」
「あはははは! 面白い事を汐先輩は言う。私は誰にも侵犯されないようになっているんですよ! 多分、汐先輩でも私が見えているものは見えませんよ」
「そうなのかい? それは興味深い」
もし見えたフリをしても言い訳できるようにくだらない設定を追加したわね。
「それってさ、もし“きさらぎ駅“が茜ちゃんにしか見えなかったら証明できなくない?」
ついに口を出してしまった。
私のこの大人気ない指摘に心底不快そうな目で大前茜は私を見る。嘘に嘘を重ねるのか、彼女の返答を私は待ってみた。
「証明するなんて不可能ですよ。それが出来ていれば“きさらぎ駅“はもっと早く多くの人によって立証されているでしょう? そういう事ができない力が働いているんですからぁ」
イライラし始めた大前茜は貧乏ゆすりのように足を動かしてそういった。あるいは嘘をついている時の彼女特有の反応かもしれないけど、これ以上言うと癇癪を起こしそうなので
「成る程、だがしかし、茜くんと出現ポイントを回りたいね」
汐は「どうかな?」と提案する。
「汐先輩がそこまで言うなら私もどれだけ力になれるか分かりませんけどご一緒します」
全肯定、後輩相手にもへりくだる汐の提案に大前茜は乗った。こうして私達は何も起こる事もないのに、今から大前茜が“きさらぎ駅“を見たと言うポイントを巡回する事になった。
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