第四話 見知らぬ駅の夢と、西日本最大のテーマパークの話
お腹が一杯になって会話がやや続かなくなると眠気が襲ってくるのは世の常で、寝むるまいと横を見てみると、汐はリラックスして目を瞑っている。汐が昼寝するなら私も眠らせてもらおう。と、目を瞑った。しかし不思議な物で、寝ようとすると眠れなくなるのは一体なんなんだろう。試験勉強をしようと夜遅く起きようとすればすぐさま襲ってくる睡魔に対して、大事な用事がある時に寝ようとすればする程、時計の針は時間を刻み意識はしっかりしてくる。
そういえば、あの日も夜遅くなり眠たい電車内だったように思える。
いつの話だろう?
嗚呼、これはもしかすると眠る前と起きている狭間のような時間? 「“きさらぎ駅」だっけ? 何しにあんな場所にいたんだったか? 妙に電車は停車駅まで時間がかかった。
車内には少なくとも4、5人の人がいて、私は確か……そこで見知らぬ駅に停車したのだ「どこだよ? さぎの宮駅?」と声を荒げるサラリーマン風の男性。私も“きさらぎ駅“に向かっただけなのに、パニックに陥った「まぁ、落ち着きたまえ。冷静になろう」と、そんな声が響いた。
それが老人だったのか、それとももっと若い人だったのか記憶が曖昧だ。「この駅、電話もなんもない」と他の誰かが言った。一人、また一人と、線路に降りて歩き始めてしまったのだ。
一人になってしまった私、仕方がないから彼らについていく。無言で深夜に線路の上を歩く行為に皆不安になったのか、「明日、大事な仕事があるんだけどね」と苦笑するサラリーマン「遠州鉄道なんて聞いた事ないぞ」と声に出して言う誰か。
これは夢だったか? それとも現実だったのか、私は汐によって起こされる。
「蓮美くん、うなされているが大丈夫かい?」
汐に覗き込まれて気づいた。汐の瞳は焦点が合っているのに、私を見ていない。この瞳をどう表現すればいいんだろうか? 目に光がない……というわけじゃない、でも彼女の瞳の光は威光を放っているように目を合わせてられない。
「悪夢でも見たのかい? 話すと楽になるよ」
「“きさらぎ駅“に行ったつもりが知らない駅に着いた夢?」
汐が私の話を聞きながら水筒から麦茶を入れてくれた。それを飲んでいると私も落ち着いてきた。汐はリュックからチョコレート菓子を取り出して、それも私に差し出してくれた。
チョコレートは神経を鎮静する効果があると汐は話しながらリラックスするといくつか手に乗せてくれた「チョコレートはクセになるね」と微笑む。
先ほどの汐の表情は私の勘違いだったのか? どこにでもいる女の子らしく甘いお菓子にテンションを上げてそう言った。
私は手の中のチョコレートを一粒口の中に放り込む。
「これ、結構苦いけど美味しいね。また見たことない銘柄のお菓子だ。汐ってマイナーなお菓子好きなんだね」
ブラックチョコレートなんて目じゃないくらいビターなチョコレート。
「このチョコレートはカカオの成分が86%も使われているかなりビターなチョコレートだよ。もう一つ上に95%の物もあるんだけど、嗜好品として楽しめるのはこの辺りが限界だろうね」
カカオの成分86%って何? それってほとんどカカオじゃん。バレンタインデーに友チョコで交換する甘ったるいチョコレートとは全く違う眠気覚ましにでも使う物なんだろうか? 私の知る限り、こんなチョコレートを食べる友人は学校にはいない。
「食事前にこいつを一枚食べると太らないなんて言われてるね
チョコレートは太る物だよ。「ふふっ、それはウケる」と私が笑うと、汐は不思議そうな顔をした。
汐は同じくカカオの成分が86%も使われたチョコレート一枚パキンと口にしている。なんとなくだけど、栄養ドリンクの代わりに汐はこのチョコレートを口にして夜に自主勉強とかを頑張ってい姿が想像ついた。お菓子好きの汐が二つ目に手を伸ばさない。
「チョコレート、一枚でいいの? なんか意外」
本心からそういう私を見て汐は「間食は一枚5gが丁度いいんだよ。食べ過ぎは胃を荒らすしね」とこれまた意外に普通の返答を返してきた。やはり眠気覚ましの一枚だったらしい。
汐は水筒とチョコレートをリュックにしまうと「そういえば蓮美くんは大阪に何の用があるんだい?」と今更尋ねてきた。
「大坂に従姉妹が住んでるんだよ。それに大坂ってユニバあるじゃない? 今日はそこで一日あそぼうと思ってるんだ。汐も大坂で降りるんだったら一緒に遊びに行けたのにね。ちょっと残念かもね」
出会って2時間程しか経っていないのに汐はなんだか近所にいる年下の生意気な子くらい親近感が湧いてしまっていた。こればっかりは私は持っていない、汐の持つ魅力なんだろう。あと4時間も汐と一緒にいられるのが少し嬉しい。
「ユニバか、昔何かで行った記憶があったんだけどね。アトラクションの待ち時間の間に入場客と皮肉なやり取りをしてくれる女性のキャストが印象的だったね。実はね蓮美くん。私は、激しく動くアトラクションがとても苦手なんだ。認識が追いつかなくなるからね」
汐はどうやら三半規管が弱いらしく乗り物酔いをするらしい。
「アトラクション乗らなくても園内ぶらぶらしても楽しいよ!」
汐と何をするわけでもなく並んでデートをするのはきっと面白そうだなと自分で言っておきながら思ってしまった。汐も口元が緩んでいるので、同じ事を考えているのかもしれない。
「あのパーク価格のフードもそそるしね」
意外とノリ気で汐はそう私に笑いかけた。太眉、人を食ったような態度をしつつも淑女的でそして可愛らしい。平均よりも大きい胸と汐は色々盛り込まれていて人によっての評価がはっきり分かれそう。
「そうそう! 従姉妹のお父さん、私の叔父さんなんてビール買おうとして躊躇してたし」
私の思い出し笑いに汐はうんうんと頷く。
「そこを受け入れられるかどうかだね」
初めて汐とまともに話が通じたような気がして安堵した。
「汐って慣れてるけど結構そういうところに友達といったりするの?」
「いや、私は基本図書室か図書館に行く事が多いから誘われない限りは自分では特に行こうとはしないね。今年だって特に行く予定はないよ」
先程の写真を見ていない状態でこの話を聞くと、汐には友達とかいないんじゃないだろうかと思ってしまう。
「たまには汐の方からテーマパーク行かない? って誘ってみたら?」
「成る程、そういう考えはなかったね。うん、面白いかもしれない」
「大袈裟だなぁ」
ガタンガタンと揺れる車内、私はこの時、心から笑った。
「半分過ぎちゃったな」
私が自然にでた言葉。それに汐はこう返す。
「まだ半分あるじゃないか」
ポジティブな考えをしている人は余裕がある。それは金銭的だったり、人間関係においてだったり、要するにリアルが充実している人は総じて余裕が出てくるものなんだろう。それに関しては大いに肯定する。しかし、この汐という少女の落ち着き払った余裕はどこからくるんだろう。
私の目的地、大坂まで新幹線は残り半分のを示す“新大坂まで3時間9分という電光版の表示と共に、汐との時間の折り返しに自分だけが少しばかり名残惜しいように思われるのがなんだか納得いかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます