第四話 電話の主が欲する物が分かったけど、時間が圧倒的に足りないので早く寝ようと思います。

 私達はゴールドなんとかという叔父さんが好きだった物をお菓子とタバコに絞って調べる事にした。マルボロゴールド、メビウスゴールド、「ゴールデンバットってのもあるわよ?」と、古いタバコのページを綺里緒は見て言った。「タバコは買えないけど……」おばさんに見て貰えば何か分かるかも。

 

「叔母さま、叔父様はこの中のタバコを吸ってたかしら?」

「あの人の吸ってたタバコはこれじゃないわね。ショートホープってタバコよ」

「そうなんだぁ。タバコじゃないのね」

 

 となると次はゴールドなんとかなるお菓子というわけだ。もしマリが探している物がお菓子なのであれば私たちでも購入する事が可能。ぐっと手に入れやすくなる。

 再び私達は文明の力であるスマホ、そしてそれを使って情報の海へと思考をダイブさせる。ゴールドなんとかというお菓子。おっとっとみたいなゴールドフッシュ、生サブレのゴールドプレーン。


「ゴールドのついたお菓子ってあんまりないのね」

 

 綺里緒がそう言ってつまらなそうにお菓子を見つめてため息をついた。確かにお菓子にゴールドがついても高級感はあれど食欲はそこまで湧かない。

 

「お菓子じゃないとか?」

 

 私の言葉に対して、綺里緒は少し目を細めると、同じくそう感じたのかもしれない。何も言わないのだ。カジュアルなガーリーファッションをしている綺里緒の服には包帯だらけのクマのイラスト、綺里緒の気持ちを代弁するようにこちらを見ている。「じゃあ他には何かしら?」と呟いた。

 

「なんだろ? 叔父さん料理上手だったけど」

 

 記憶の中の叔父さんはよく率先してお好み焼きとかを作ってくれた。

 

「ゴールドなんとかって料理があるの? あってもそんな料理、叔父様が知ってるのかしら?」

 

 綺里緒は正論で殴ってくるタイプの女の子だ。

 

「色々意見出してみたらよくない?」

「私たちには時間がないの。ブレインストーミングをしてさらに精査する時間があると思わないことね。もう一度、叔母さまに聞いてみましょ」

 

 叔母さん相手だと綺里緒は猫カフェの猫くらい爪と牙を隠してくれるのはありがたい。いちごポッキーを叔母さんに差し出しながら自然に聞いた。

 

「叔母さま、旦那様が好きだったものってお菓子やタバコ以外に何かあったのかしら? 気になるわ」

 

 叔母さんは嬉しそうに思い出して。

 

「あの人、梅酒なんかよく漬けてたわね」

 

 叔父さんがお酒を飲んでいる姿を私はあまりみた事がない。

 

「叔父さんってお酒も好きだったんですか?」

 

 私は自然と叔母さんにそう聞いてみた。両親や叔母さんがお酒を飲んでる時でも叔父さんは私や他子供達とアイスクリームなんかを食べてたし。

 

「弱いんだけど、詳しいわよ」

 

 なんでも昔の海外旅行のお土産は日本で買うより高級なウィスキーが安く買えたとかで人気だったらしい。

 

「でも結局飲まないから、欲しがる人がいたらあの人見栄を張ってあげちゃうのよ。すっごい高いお酒もあったんだから!」

 

 あまり覚えていないけど叔母さんの家に遊びに行った時に私も見た事があったかも知れない。車の模型かプラモデルなんかと一緒に無造作に並んでいるお酒のボトルの数々、綺麗な形だなとかその程度の記憶だけど。

 

「ねぇ、永空お姉ちゃん、もしかして」

「うん、綺里緒ちゃん。マリちゃんが欲している物ってそれかも知れないね。とはいえお酒だったら難しいな」

 

 私と綺里緒の話を理解していないような表情で叔母さんは聞いている。綺里緒が「叔母様、ゴールドなんとかってお酒じゃなくて?」とやっぱりどストレートに尋ねた。

 それに叔母さんは「そうだったかなー」とかあまり記憶にないようだった。

 

「もう全部あげちゃったし叔母さんも昔はお酒飲んでたけど、病気になってからお医者さんから止められてやめたしね」

 

 叔母さんは私のお母さん達と女性だけで旅行に行った際、温泉で胸部に窪みがある事を指摘され病院でそれが癌だと診断された。

 その後、治療のかいあって今は日常生活には支障がない。

 

「アンタ達、みやちゃんの事好きねぇ!」

 

 みやちゃんと言うのは叔母さんの事だ。叔母さんの事は当然嫌いじゃないが、母がこう言うのは少し休ませてあげろという事だ。

 

「綺里緒ちゃん、みやちゃん、アイスでも買ってきてくれない?」

 

 何か私と二人でお母さんは話したい事があるんだろう。それを綺里緒も察したらしく叔母さんを連れて近くのスーパーに出かけてくれた。

 お母さんは二人が玄関から出ると、自分と私の分のコーヒーを淹れて持ってきた。それを一口飲んで、一息ついたところで私を見る。私も飲めという事なんだろう。そこまで家のコーヒーが好きなわけじゃないんだけど私はコーヒーに口をつけた。

 

「永空、貴女。みやちゃんの旦那さんの何を調べてるの?」

 

 さて、どう説明したものかと私は考える。言い訳……も少し頭をちらついたが時間が勿体無い。私は正直に、綺里緒と二人で探っている事をお母さんに打ち明けた。

 

「それ、本当に言ってるの?」

「汐に力を借りようと思ったら綺里緒ちゃんが来たのよ」

 

 汐がFRSである事を私のお母さんも知っている。そんな汐に力を借りるという私を見てお母さんは少し怪訝な表情をするとこう言った。

 

「遊びでやってるんだったら怒るわよ?」

 

 そりゃそうだろう。お母さんからすれば姉妹なんだ。それがいずれ自分を失ってしまうかもしれない。私だって興味本位でそんな事をしようとしている人がいたら手が出てしまうかもしれない。

 だけど私のは違う。

 

「私は叔母さんの症状を止めたいの。何か知ってるなら教えて!」

 

 私の目を見てお母さんは少し怯んだ。私が遊び半分でそんな事する娘じゃないって分かってるでしょ。

 

「みやちゃんの旦那さんが持ってたお酒ねぇ」

「何か覚えてる事ない? ゴールドなんとかってお酒なんだけどさ? スマホで調べてもそれだけだと色々出てくるから」

「ちょっと見せてごらん」

「スマホの検索履歴? うん、これだけど」

 

 検索履歴には日本のお酒から海外のお酒までゴールドがつく物が並ぶ。そんな中でお母さんは、私のスマホを見ながら言った。

 

「お母さん達の若い頃は海外お土産といえば洋酒だったのよ」

「洋酒ってワインとか?」

 

 お母さんは私にスマホを返しながら、お母さんの部屋にある赤い箱のお酒を持ってきた。

 

「このコニャックとか今だと何の価値もないんだけど、もらった時は二、三万したんじゃないかしら? 銘柄とか分からないけどお土産に重宝したのよ」

 

 ちなみにこのコニャックの名前にはゴールドはつかない。

 

「古いお酒、ゴールドとかで調べれば?」

「うん、やってみる。あれ、沖縄のお酒出てきた」

 

 自分で言って洋酒ってキーワードをエンド検索しないからだと気づいた。そして検索欄には出るわ出るわ。明らかに古い銘柄がずらりと並んだ。

 

「お母さん凄い! ……この中にきっとあるよ!」

 

 お母さんは分かり易い人だ。褒められると、評価されると顔に出る。

 

「あとはみやちゃんの旦那さんが持っていたお酒を探すだけね。みやちゃんが帰ってきたら見覚えのあるお酒を聞いてみたら?」

 

 この中に該当のお酒があったとして、お酒を私や綺里緒が購入する事は不可能だ。

 

「お母さん、叔母さんの旦那さん。叔父さんが持っていたお酒が見つかったら代わりに購入してくれる? マリが叔母さんの前にやってくる前にそれを用意すれば叔母さんの症状を止められるかもしれないんだ。お願い! お母さん」

 

 私のお願い。これをお母さんが拒否するとは思えないけど、私はお母さんに頭を下げた。お母さんにとっても私にとっても叔母さんは大事な人だ。でも、もし叔父さんを思い出す事が叔母さんを傷つける事になるのかもしれない。私のただのエゴやワガママに付き合ってもらう事になるかもしれない。

 

「何言ってのよ。当たり前じゃない」

 

 私の不安だった事はこれで無くなった。叔母さんが帰ってきたらこの検索結果を見てもらおう。少しでも記憶に引っ掛かる物を全部買い揃えよう。

 

「お母さん、凄い高いかもしれないけど、ありがとう」

「うん、永空。みや子の事を諦めないでいてくれてありがとう」

 

 なんとなく気まずい空気になった時、「帰ってきたみたいね」とお母さんは騒がしい玄関を見て言った。 

 

「えーそうなのー? 昔はホームランバー十円だったんですねー」

 

 綺里緒わざとらしい甘ったるい声が響く。世渡り上手なのか、はたまた逆なのか私は綺里緒に少しばかり自分を重ねていたのかもしれない。

 

「おかえり二人とも……あの」

「叔母様との買い物楽しかったわ〜! ねぇ、早くアイス食べよ」

 

 綺里緒がウィンクする。

 

「そうだね。溶けちゃうしね」

 

 私が何か情報を仕入れた事を瞬時に理解したらしい。だけど、慌てる私を綺里緒は諌めてくれたようだった。それに私は「ありがと」と囁いた。

 

「みやちゃん、旦那さん。生前よく洋酒買ってたわよねー。欲しいって言う人にすぐあげちゃうってよくみやちゃんぼやいてたじゃない?」

 

 まさかのお母さんがその話を切り込んだ。それに考えていた流れが崩れたことで綺里緒が少しだけ不機嫌になる。木のスプーンでアイスを食べながら綺里緒が私の背中を肘でつついた。

 

「そうだ。叔母さん、この中に見覚えのあるやつある?」

 

 

 私が見せたスマホの画像、沢山の古いウィスキー。それを叔母さんは見つめる。

 

「あったかもしれないし、ないかもしれないわねー」

 

 

 どっちなんだろう。私には分からないけど、もしかすると綺里緒なら些細な変化に気づけるかな? 綺里緒に視線を向けてみると雪見大福に舌鼓を打ちながら私に視線だけで分からないと返してきた。

 

「叔母さま、マリちゃんから電話は?」

 

 綺里緒が話を核心に近づける為に率直に尋ねる。「そういえば電話がかかってきていないわね。どうしたのかしら?」と綺里緒に言われて思い出したようにそう言った。

 

「もしかして、マリちゃんが探しているのってあの人がどこかに行った際に買ってきた外国のお酒の事? ははーん。それを二人して調べようとしてたんだね? 今度電話がかかってきたら聞いてみようか? その方が早そうだしね」

  

 まさかの叔母さんも協力してくれるなら話が早くなった。

 

「あら、丁度マリちゃんから電話がかかってきたみたい。聞いてみるわ」

「綺里緒ちゃん!」

 

 私に分かっているって表情をして食べている途中のピノを私に預けて、叔母さんに手を伸ばしスマホを受け取った。

 綺里緒は私のスマホを私から奪うように取るとその画面を再び叔母さんに見せる。そして小声で何かを話しながら、何度か頷く。綺里緒はマリちゃんと話しているように見えるが、実際は叔母さんのFRSの症状をスマホを通して盗み見ているだけ。実際はマリちゃんの欲している物ではなく、叔母さんの深層心理に紐づいている物なんだ。

 

「綺里緒ちゃん?」

「……ヤバい、マリちゃんが今駅の近くにまで来てるって言ってる」

 

 綺里緒が自分のキャラクターを維持できなくなってる。「あとどのくらい?」と聞く私を見て、綺里緒が大きな瞳の瞳孔をより大きくさせている。

 それは、私達が手遅れだったという事を意味しているんだろう。該当のお酒の銘柄が分かったとしても、それを今すぐに手に入れるなんて不可能だ。こればっかりは私は汐に連絡を取るしかなかった、「もしもし、汐、助けて!」と、未成年の汐にどうやってお酒を手に入れたらいいか気付けば聞いていた。

 慌てる私と違い、汐は実に楽しそうに助言をしてくれた。

 

「まずは、該当のお酒を教えてだって」


 私が叔母さんに聞いてみるけど叔母さんはどれが叔父さんが買ってきた物かは分からないようだった。

 

「これ! このお酒!」

 

 横から指をさしてそう言ったのは綺里緒。マリとの電話をしながら叔母さんの反応を見ていたんだろう。「ゴール・ドタッセル」と叔母さんが呟いた。

 

「これ! 娘が生まれた時にあの人が買ったお酒だわ!」

 

 1973年に作られたカナダのお酒らしい。既に終売しているもののメルカリ等の個人売買でいくつか販売されている。

 

「永空、速達で送ってもらうように頼んでみたわ」

 

 お母さんはメルカリで即注文「すぐに送ってくれるって」とお母さんはそう言った。送られてくる地域からの日数を郵政のサイトで調べた。

 

「明日の夕方……綺里緒ちゃん?」

 

 綺里緒の表情を見る限りかなり微妙なラインらしい。汐にも私は該当のお酒を共有し、汐からの連絡を待った。

 

「あとは時間との勝負になると思う」

 

 確実にマリは近づいてきている。もし、次の電話がかかってきてこの家の玄関を告げてきたら……

 

「あら、マリちゃんからの電話ね」

 

 さすがにスパンが早すぎる。

 

「叔母さま代わって」

「あら、マリちゃん。コンビニの前の交差点の所? 迎えにいこうか? いいの? うん、じゃあ綺里緒ちゃんに変わるけどいいかしら? マリちゃんの連絡楽しみにしてるみたいなの、うん」

 

 今までとは違って綺里緒が真剣な顔をして電話を受け取ってスマホを見つめている。私とお母さんには何も聞こえないけど綺里緒の表情だけで大体の状況が私達は理解できた。汐ならこんな時、笑顔のままで何も分からないんだろうが、綺里緒はわかりやすく絶望している。

 

「綺里緒ちゃん、マリちゃんなんて言ってる?」

「何って」

 

 綺里緒が気まずそうに言った。

 

「もっかこっちに向かってきてるわよ」

「それってもう、明日届くとかじゃ間に合わないやつじゃないの?」


 もう猫を被るのも忘れているのはそれだけ焦ってるんだろう。だけど「なんか回り道してるわ」と少し呆れてる。

 

「それって、まだ猶予があるって事?」

 

 ハーゲンダッツを食べながら綺里緒はうんと頷いた。分かりやすいな。

 

「余裕があるって言ってもいきなりここにやってくるかもしれないでしょ。さっさと古い外国のお酒を手元に置いとかないと」

 

 綺里緒は最悪の展開を考えて「汐お姉ちゃんは?」と私に懇願したような表情を見せる。

 

「汐は今、小学生と中学生の男の子のリーダーをしてキャンプに」

「はぁあああ?」

 

 綺里緒はめちゃくちゃ叫んだ。「なんでよ!」と半ギレで。

 

 サマーキャンプに汐が唐突に参加した事を綺里緒は私にしつこく尋ねてきたけど、私にあの汐が何を考えて行動しているかなんて分かるわけがない。でも多分、FRS関係なんじゃないだろうか?

 

「見えている物が私達と違うから、そんなの私に分かるわけないじゃん。本人に直接聞いてみればいいじゃん。なんか答えてくれると思うよ」

 

 きっと、こっちの事は置いてきぼりな話を延々としてくれるだろう。以前はそんな汐にイライラしていた自分がいたけど、最近はもう慣れたな。

 

「いやよ! 永空お姉ちゃんが聞いてよ!」

「なんでよ。まぁいいけど」

 

 私は汐にラインを入れた。叔父さんが昔買ったウィスキーについて何かアテがあって、用意してくれているのか?

 

「電話も出ないしラインも既読にならない」

 

 頼みの綱である汐と連絡が中々取れない事がこんなにも厄介だとは思わなかった。今まで興味も持たなかったサマーキャンプのリーダーなんかになって汐は本当にわけが分からない。

 

「焦ってもどうしょうもないよ。汐からの連絡を待とう」

 

 少しだけ私はこの時、汐はFRSの発症者を救う為じゃなくて自分の知的好奇心を満たす為に行動をしていると言っていた事を思い出して不安を覚えていた。結果として私やその他が助けられた事になっているが、汐本人にはそのつもりはないし、本人も善人じゃないと答えていた。

 要するに最初から汐は本件にはノータッチでノープランなんじゃないかと。

 

「今回汐には期待できないかも」

 

 私のその発言に綺里緒はあからさまに不機嫌な表情を見せた。

 

「なんでそんな事言うのよ!」

「汐はそもそも助けてくれるって言ってないし」


 自分で言って私は汐なら本当にそんな風に言いそうだと納得してしまった。

 

「でも、汐お姉ちゃんは私達に指示を出してるじゃない」

「うん、それでも汐は最初から叔母さんを助けてくれるなんて一言も言ってない」

「で、でも」


 私は、いや綺里緒と私はどこか汐に対して信仰に近いくらいの依存をしていたのかもしれない。でも、今ここに汐はいない。

 

「今は私達でどうにかしなきゃなんだよ」

「汐お姉ちゃんがいないともうどうにもできないよ!」


 いや、きっと心の何処かで私も綺里緒と同じ気持ちだった。

 

「できるわけないじゃない」

「うん、でも汐と連絡取れないんだもん。私じゃ無理かもだけど、綺里緒とならできるかも」


 汐は自分の代わりにと綺里緒を私の家によこした。汐には人助けという考えはないかもしれない。だけど、あの汐がなんの考えもなしに行動するとは思えない。事実、綺里緒には汐に似たFRSの干渉能力がある。

 汐のFRSの能力に似ているけど少しだけ違う。私の時は汐は私が生み出した男だった可能性の私にと共に行動をしていた。あっ!「綺里緒ちゃん、マリちゃんに干渉できない?」と「何言ってるのよ。無理に決まってるでしょ」と私を馬鹿にしたような表情で綺里緒からの返答が返ってきた。

 確かに綺里緒はマリちゃんとは一言も話していはいなかった。

 

「そっか、じゃあどうしよ」

 

 それが分からないから汐に連絡を取ろうとしたという事なわけで、綺里緒は呆れを通り越して私に怒りを覚えているような表情を向けてくる。

 

「とりあえずご飯食べて、お風呂入って寝ようか?」

「何言ってるのよ? 諦めたの?」

「多分マリちゃん、叔母さんが起きてる時しか電話してこないと思う」

 

 可能性の一つでしかない。だけど、私の家に滞在中。叔母さんがマリちゃんと電話をしているのは起きている時だけだ。

 

「深夜とかに話してるかもでしょ?」

 

 私達の会話を聞いていた叔母さんは少し考えてから笑った。そして、私の予想は正しかったと証明された。

 

「そうね。夜中に電話で起こされた事はないわね」 

 

 あくまでこれは叔母さんのFRSの症状なのだ。だとすれば現時点では叔母さんを隔離する方法は眠ってもらう事で先送りできる。

 

「お母さん、早くご飯にしよ」

「じゃあ永空。お風呂洗ってきてくれる?」

「うん、任せて」

 

 叔母さんを迎えにくるマリが来る前に、就寝させてしまう。

 

「永空お姉ちゃん、結構冷静なのね。焦って慌てて見るに耐えなくなると思ってた」

 

 綺里緒はお風呂を掃除している私を見てそう言った。焦っても、慌ててもどうしょうもない。汐は常に笑っていて、興味のある事に意識を向けている。そしてそんな汐が助っ人として綺里緒を呼んでくれた。

 

「……結構焦ってるよ。でも綺里緒ちゃんがいてくれて助かってる」

 

 私の正直な気持ちを伝えてみると恥ずかしそうに「何それ」と綺里緒はいなくなった。

 

「今日は早く寝て明日は映画でも観よう!」

 

 食事中に私はそう提案して22時の消灯に誘導した。

 

「何の映画を見るのかしら?」

「何でもいいよ! ホラーでも恋愛でも、サブカル系の作品でもいいよね!で、映画を見たら夕食は外食しようよ」

「わーい! 私も楽しみ! 今日は叔母様と一緒に寝たいわ!」

「あら、綺里緒ちゃん、甘えん坊ね!うふふ」

 

 恐らく、夜に着信した時の保険だろう。

 

「叔母さま、ダメかしら? だって夏休みしか叔母様と一緒にいられないんだもん。今日は泊まりたいわ」

 

 猫を被っている綺里緒は本当にあざといなと感謝しながらも苦笑してしまう。

 

「じゃあ、一緒にお風呂に入って、一緒に寝ようか?」

 

 綺里緒がとても嬉しそうに喜んでいるのは演技なんだろうか? それとも少しばかり本心もあるのかもしれない。

 

「片付け私も手伝うから食事食べたら二人でお風呂入ってきちゃってよ。私たちも順番に入るから、布団の準備もしとくね」

 

 リアルにマリが近づいてきているわけじゃないのであれば、時間稼ぎはまだできる。私達は、明日。マリがこの家にやってくるよりも前に荷物を受け取り、叔母さんにそれを渡す最後の作戦が始まった。

 

 そして、翌朝。


 早速マリからの着信があった。

 

「もしもし、マリちゃん。もう家のすぐ近くまで来ているの? 迷わずに来れる? そう、分かったわ! 待ってるからね」

「叔母さま、マリちゃんに変わって欲しいの」

「マリちゃん、綺里緒ちゃんがお話ししたいって言ってるから変わるわね? あら、電話切れちゃったわ」

「えっ! 電話切られたの?」

「恥ずかしがってるのかしら?」

 

 まずい、綺里緒も何が何だか分からない顔をしている。私はメルカリの出品者の配達場を調べて、配達業者に連絡をした。

 

「すみません。荷物なんですけど、どうにか早く持ってきてもらえませんか?」

“順番に運ばせていただいていますので、本日午後以降となります“

 

 私は迷惑な顧客だっただろう。食い下がったが、却下されてしまった。

 

「永空お姉ちゃん、もう。これでも使わないとダメじゃないかしら?」

 

 綺里緒は何らかの錠剤を私に見せた。毒ではないだろう。昨晩、叔母さんが寝ている時にはマリからの着信はなかったらしい。となるとこの錠剤は睡眠薬という事だろう。

 

「これを叔母様の飲むお茶にでも混ぜて、しばらく眠ってもらえば、時間を稼げるから」

 

 私もその提案に頷いた時、再び叔母さんは着信していないハズのスマホを持って、電話にでた。次にマリが言う場所は恐らく私の玄関だろう。

 

「あら、いま玄関なの? あら、切れちゃった」

 

 ヤバい、こうなるともう次に電話が鳴る時は叔母さんの後ろだ。

 

「残念だけど、もう私たちにできる事は何もないわ。いくら睡眠薬飲ませても効果が出るのに時間がかかるし、どう考えても次の着信に間に合わないわ」

 

 そして、叔母さんはスマホを見た。着信が来たのだろう。

 ピンポン!

 

 私は玄関に向かって走った。そこには配達員、抱えるくらいの箱を持っている。ハンコも押さずに私はそれを配達員からぶんどった。「あっ!」とか言ってるけど無視して箱を開ける。そこにはウィスキー。それを叔母さんに。

 

「マリちゃん、今。私の後ろにいるの?」

「叔母さんこれぇ! 叔父さんが買った物と同じお酒ぇ!」

 

 叔母さんが振り向く前に、私は高価そうな金色の房のついたお酒を叔母さんに渡した。

 

「あら! ウィスキー! これ、あの人が買って最後まで誰にもあげずに残していたのよね。懐かしいわ!」

 

 シールで特級と貼られている。“とっきゅう“とは電車の事ではなくて、ウィスキーの等級の事だったんだと私と綺里緒は納得した。

 

「昔ね? 酒税法でウィスキーの等級区分があって、特級は叔母さん達が若い頃は凄く高くて高嶺の花で、憧れだったのよ。あの人、初めてのボーナスでこれを私に買ってくれたの。叔母さん、これでもお酒大好きだったのよ」

 

 ゴールド・タッセルと表記されているウィスキー。四千円程で購入できたが、昔の定価は三万程したらしい。今の物価でいえば、恐らく倍以上するのだろう。

 

「ふぅ、このお酒を叔母さんにプレゼントしたくて、みんなで頑張ったの」

 

 私は力が抜けた。振り向いてもマリはいないだろうし、叔母さんのスマホにマリからの着信はかかってこない。恐らくFRSの症状は抑えられた。

 

「良かったわ!」

 

 お母さんが泣いた。そして私達を現実に戻す声が玄関から響く。

 

「あのー! すみません! サインかハンコいただけませんかー! 帰れないんで!」

 

 あーそうだと、私は緊急事態とはいえ、かなり失礼な事をしてしまったと配達員さんの対応をした時。別の配達員さんがやってきた。

 

「お急ぎだったと聞いたので、先にこちらお持ちしました。サインかハンコいただけますか?」

 

 そう、これがメルカリで落とした方のお酒、そして今手元にある物は……多分汐がどうにかして用意してくれた物らしい。

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