第26話
全員が呆然とする中、いち早く我に返ったのは奏介だった。
ふふっと声を出すと、肩を震わせて面白そうに笑っていた。
「……確かにそうだね。けど、答えになってないような気もするけど?」
うぅっ。
やっぱり奏介は簡単に流されてくれないか……。
“來がもし総長を辞めたら”なんて、実際に起きないことを考えるのは難しい。
分かっていることと言えば、悠貴はきっと私が誰かと付き合うことを許さないだろうことと。
來を憎んでいる感情は誰にも止められないこと。
「──でも、今のが本心なんだよね」
奏介の言葉に上がった視線が私を見ていた瞳と合った。
追及しないと暗に言ってくれたのだ、無意識の内に息をほっと吐き出していた。
「期待以上の返事をしてくれたことに、僕から一つ教えておくよ」
奏介は人差し指を立てて口元に当てると、内緒話しをするように耳元で声をひそめた。
「さっきの子。來の元カノだよ」
────え……?
「あの子、
來の元カノ……?
ふと、愛嬌のあった笑顔を思い出す。
「向こうの父親が厳しい人でね、僕たちみたいな不良なんかゴミみたいなものなんだろうね。
それでもあの子は本気だったし、來も少なからず想っていて、当時は情緒不安定だったから別れるのには色々と危ない状態だったんだ」
その時、奏介の歪む顔を見て私は目を開いた。
ふざけてばかりかと思ったけど、複雑な感情を抱えているらしい。
「あの時の來は見ていられなかったな……」
ボソリと呟かれた言葉に目を逸らす。
……來にもそんな時期があったんだ。
「僕たちは來の精神が安定するならって、二人が付き合ってることに反対はしなかった。
だけど、來が総長をやめさせられるってなった時に黙ってられなくてね」
……それでさっき、あんな質問をして来たのか。
「別れて暴走族に残るか、抜けて真面目に生きるか。
──そんな二択に僕たちは引き止めた」
それは來にとっても、辛かっただろうな……。
好きな人のために仲間を捨てるのは、総長にとって一番過酷な選択だ。
それは、那久を見ていたから分かる。
來だって奏介たちから大事にされていることに気づいたはずだから、余計に苦しんだだろう。
好きな人を選ぶか、仲間を選ぶか。そんなの決められるわけがない。
私は那久と付き合ってたあの時、理解のある振りをして送り出してみせたけど、先輩はどうだったんだろう……。
「そのあと一人で考えた來は、結局あの子を振って赤龍に残ってくれたけど、また前の來に戻っちゃった……」
そこまで言ってぎゅっと口を結んだ奏介は、それから暫くして歪んでいた口元を無理に笑みに変えて微笑んで見せた。
それが、余計に痛々しく思えた。
「さっきの質問は、その一件があったから。美夜ちゃんならどう答えるか聞いてみたかったんだ」
それで、見逃してくれた。
私が“來は赤龍を辞めない”と言ったから。
「あの日のこと後悔してるわけじゃないけど、ずっと來から好きだった人を奪ったような感覚がして、苦しめたんじゃないかって責任を感じてた……。
だからこれ以上、來に傷ついて欲しくなかったんだ」
あぁ、こんなにも來は仲間や親友から思われてる。
話しを聞いていて、みんなの気持ちが伝わってくるようだった。
『來を傷つけてほしくない』
『赤龍から來を奪ってほしくない』
藍が近寄って来る女に対して睨みつけているのは、過去と同じような目に遭わないようになのだろう。
來はみんなからちゃんと必要とされてて、來自身もきっとそれに応えたくて付き合っていた彼女を振ったんだ。
──好き、だったのに。
……ふっ。やっぱり私は、ただの後輩なんだな。
「大丈夫。私は奪わないよ」
そんな時、「おい」と声を掛け来た男の声に私の心臓はドキッと大きな音を立てた。
俯き加減だった顔を上げると、藍たちの後ろに立っていたのは、ずっと話していた來の姿で。息を呑む。
黎が言っていた不機嫌そうにも見える表情は、どこか不安そうにも見えて、私は未だに残っている不安定さを感じた気がした。
数ケ月前に來に何があったのかは知らないけど、多分、消化仕切れてないんだろう。
握り締める両手に力がこもる。
「何やってるんだよ」
「あぁ、散歩してたら偶然あって……!」
「もう、ほっとけよ。俺と……そいつとの間に何もないんだからな」
そいつ、か……。
溝が深くなったなぁ……。
「分かったよ。……あっ! それより、授業始まるね」
「……怒られる」
「別に平気だろ。ただの班決めなんだし」
呑気に話す藍はいつも通りの平常心でいるような気がした。
蒼もさっきの話を誤魔化すように平然とした様子で黙っている。
「んじゃ、二人はこれ持ってあげて」
腕から紙の重さが引いて私は驚いた。
どうやら奏介が、私からプリントの山を全部奪って藍に渡したらしい。
「なんでだよ!!」
「レディーファーストでしょ」
「だ、大丈夫だよ」
未だに残る動揺のせいで、みっともないくらいに小さい声が出た。
そんな自分に嫌気がさす。
「んじゃ僕たちはこれで」
奏介が來の背中を押すと、黎が肩に手を回していた。
その後ろを夕也が手を振って階段を上って行った。
行っちゃったよ……。
「あぁ、藍くん。ありがとう。良いよ、私が持つから」
私が手を伸ばすと、藍は盛大に舌打ちをしてくるりと紙を遠ざけた。
それから「いいよ、別に!」と叫んで、逃げるように來たちが去って行った階段を数段上ると、振り返った藍は威張るように私を見下ろしてきた。
相変わらず態度はでかいけど、そのまま持ってくれるらしい様子に呆然としていると、蒼がゆっくりと追いかけて頭を撫でる。
「藍、優しい。いい子」
「だろっ! ほら、鈍臭いの行くぞ」
────相変わらず、口数が多くて、
取荷物を持ってくれたことには変わりないので、「ありがとう」と言っておいた。
双子と肩を並べると階段を上がる。
先に行った來たちは多分、バルコニーへ向かったのだろう。
私と蒼と藍は途中でチャイムが鳴っても大して焦らずに教室へと向かった。
その道中はもちろん無言だったけど、教室の見える4階に着いた時に、蒼が聞いてきた。
「……さっきの、ごめん。……大丈夫?」
少し驚いたけど、私は微笑んで「大丈夫だよ」と口にした。
本当は全然大丈夫じゃない。
だけど、來の態度は当たり前の反応だし、元カノがいても年頃なんだからいても可笑しくなかった話だ。
寧ろ、なぜ私は來にとって初めてだと思っていたんだろう
「…………」
真由先輩だったよね……。
私と違って可愛い人だったな。
來はあぁ言う子が好みだったんだ。
「……美夜ちゃんは、……來のこと──」
好き?
──と、続けたかっただろう蒼の台詞に、私は背けるように窓から外を見た。
そんな私の反応に藍は口閉じる。
すると、様子を見ていた藍が呟いた。
「……うぜぇ」
ハハ、どんな答えでも藍はその反応だっただろうな。
「──私も、來も、降り出しに戻っただけだよ」
「……そっか……」
「ハッ! マイナスからだろ」
乾いた笑みの後に続けた藍の言葉に、頷きそうになった私は思わず笑ってしまいそうになった。
「そうだね」
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