託された意思
第13話
長い距離を脇目も振らずに走っていると、人気のない道を抜けた先、陸橋に上がる階段前で私は立ち止まった。
乱れた息を整えながら柵に寄りかかる。
はぁ、はぁ、はぁぁぁああ……!!
逃げてきちゃったよ……、逃げてきちゃったよ!?
これからどうするんの私!?
「あぁもう……。私ってば何やってるんだろ……」
盛大な独り言を呟きながら溜め息を漏らして陸橋の階段に座り込む。
空を見上げると清々しい程の真っ青な空が広がっていた。
あぁ、そっか。私ってば思ってた以上に來のことが好きだったんだな。
──なんて、思いながら出会った日のことを思い出す。
静かな夜の下に佇む來の横顔。真っ直ぐ見つめて来る視線はとても印象的で。
あの夜のことを、私は忘れられずにいた。
初めて出会った人だったのに、もう一度、会いたくなるのを必死に堪えて、きっともう会わないんだろうなって諦めながら過ごして来た。
なのに、まさかこんな形で出会うなんて思わなかった。
お互いに暴走族のトップで、敵同士。“犬猿の仲”とも呼べる今の関係に、落胆のような感情が重くのしかかってくる。
座りながら足を伸ばすと、靴が軽いことに違和感を覚えた。その時になって上履きから靴に履き替えてないことに気付く。
「上履きのままで走る女子高校生ってどんなよ……」
肩を竦めながら、思わず自傷気味に笑っていた。
直ぐに心を切り替えて、どこか靴が買えるところを探そうと携帯のマップを開いた。
ここまで何も考えずに走って来たから、今どこにいるのかさえも分からない。
調べるとどうやら近くにお店はないようで、どうしようかと考えて、脳内に2つの選択肢が浮かんだ。
1.仲間を呼ぶ?
──イヤ、だめだめ。学校からそう遠く離れてないから身バレしちゃう。
2.家の人を呼ぶ?
──うぅん。あとで両親から電話が来そうだけど、しょうがないかな。背に腹は替えられない。
この街は『赤龍』の面々が多い。そんな所に『神鬼』のメンバーを呼ぶのは抗争の火種に成りかねないのだ。
それは総長として避けるべきだろう。
私はマップを閉じると、緊急連絡先として登録していた人へと電話を掛けた。
それから20分くらいしてやって来たのは、黒塗りのセンチュリーだった。路肩に停車すると、運転席から降りてきた以外な人に驚く。
「お久しぶりです、美夜様。お迎えにあがりました」
「ありがとう。
迎えに来たのは電話に出た人とは別の人だった。
ダークスーツに身を包み、黒髪の前髪を上げた
真面目で硬い人だけど、その分、誰よりも信頼できる人だと思ってる。
「お父さんは日本に帰って来てるの?」
「いえ。私は調べもので先に帰国した次第で、冬人様はもうしばらく向こうにいらっしゃいます」
“向こう”と言うのは海外のことだ。
お父さんは今、ホテル事業の関係でアメリカとロシアに行っている。半月前に1ヶ月もしないで帰国すると言っていたけれど、まだ帰って来てないらしい。
「──どうぞ」
「ありがとう」
秀一さんが開けてくれたドアから車内に乗り込むと、服とかを噛まないように確認してからゆっくりと扉を閉めてくれた。
いつも側にいる秀一さんが日本にいるならお父さんも帰って来たんだと思ったけど、この様子ではもうしばらく滞在していそうだ。
秀一さんが運転席に座るとエンジンを掛けてから聞いてきた。
「美夜様、足下に頼まれていた靴を用意しました。それと、行き先はマンションでよろしいですか?」
「うん。お願い」
「かしこまりました」
車は静かに走り出すと、信号で何回か曲がり直ぐに知っている道へと出た。
どうやらいつも通っている登校道から少し外れた場所に私はいたらしい。
「お父さんっていつ頃帰って来そうなの?」
「そうですね……。遅くても1ヶ月後くらいでしょうか」
「ふぅん。一ヶ月後だと、期末試験……。あぁ、体育祭をしてる辺りかな」
「早く帰って来て欲しいと伝えておきましょうか?」
少し笑みの含んだ言い回しに私は黙った。
それだと私が寂しがってるみたいじゃないか。
別にお父さんが海外に行ってようと、一人暮らしを始めた私には寂しくとも何とも思ってないのだ。
「お父さんがいなくても学校は充実してるからいいよ」
「左様ですか」
「……まぁ、久しぶりに。家族揃って食べないなとは思わなくもないけど」
そう窓から流れる外の景色を眺めながら一息に捲し立てると、案の定とも言うべきか、秀一さんはふっと微かに笑った。
「伝えておきましょう」
秀一さんの返事に私は頷くと、少し照れくさくなって、視線はそのまま外を見ていた。
途中、車が赤信号で止まる時も、発進する時もゆっくりで滑らかだ。
そんな秀一さんの運転をお父さんは以前、下手だって笑い飛ばしていたけれど、上手い人と何が違うんだろう。
やっぱり安心できるのは秀一さんだからなのかな。
静かな車内は束の間だ。マンションに着くと降りた秀一さんが回って来て、ドアを開けてくれた。
もう一度、お礼を言って背筋を伸ばすと、ふと荷台から大きな白い箱を取り出した秀一さんの様子に私は首を傾げた。
「皆様からの入学祝いのプレゼントです」
「そうなの!? 嬉しい!」
入試の合格祝いは既に貰っている身で、まさか入学式にもプレゼントをくれるなんて思ってなかった。
しかも、きっちり式当日に合わせるとは、特別感が増してすごく嬉しかった。
「後でみんなにメールしないとなぁ」
「でしたら、ぜひお父様にも送って差し上げて下さい」
「お父さんの分もあるんだ。もしかして、プレゼントの為に帰って来たの?」
聞くと、秀一さんが微笑んだ。
「冬人様が仰ってました。高校の入学は一度切りだからちゃんと祝ってあげたいと」
お父さんの気持ちを聞いて、胸が温まるを感じた。
きっとお父さんは、私の前ではそんな言葉は一切言わないのだろう。
こうして、回り回って誰かに聞くのが当たり前のようになって来ていているが、こそばゆくなるのは変わらず、愛されていると実感する。
「……なら、とびきりの手紙を出さないとだね」
「喜ばれます」
秀一さんは白い箱を器用に抱えながら、先回りして玄関まで送ってくれた。
部屋の鍵は私が開けると、後ろから付いて来てリビングにある低いテーブルに箱を置いた。
「ありがとう」
「いえ。──このプレゼントの中に入っている物ですが、会社同士で懇意にしてるご家族の方々からのプレゼントもあります。既にお礼はしてありますので、お気になさらないでください。
それでも気になるようでしたらメールで構いませんので、一言送って差し上げて下さい」
「はーい! なんだろう。中身が玉手箱に見えて来た」
「大丈夫ですよ。開けてもおばあちゃんにはなりません。煙は分かりませんが……」
秀一さんの冗談に私は声を出して笑った。
こんなノリをいつ覚えて来たのか。返しの言葉も面白かったけれど、冷静沈着で不必要な言葉を言わない秀一さんの冗談も玉手箱みたいだなぁ、と思いながら一頻り笑っていた。
「では、私はこれで失礼します」
笑みを浮かべながら軽く会釈すると、玄関の前で振り返り私と目を合わせた。
「美夜様。改めて、ご入学おめでとうございます」
「ありがとう。プレゼントはゆっくり見させてもらうね」
「はい。また何かありましたらお呼び下さい」
「うん。またね」
秀一さんは最後にもう一度、「失礼します」といい置きながら一礼すると、扉を閉めた。
リビングに戻って来ると、早速は箱を開けて差出人を確認した。
両親がお礼をしていても、高校生になった今、貰った時のお礼はちゃんとした方が良いと分かっている。
中には沢山のプレゼントが入っていて、小さな箱や袋が綺麗に並べられていた。
リボンにはそれぞれ送り主のタグがついている。
会社関係のお偉いさん方からは、髪飾りや、ネックレス。洋服に、パンプスと色々で。
5人の人から贈られて来ていた。
それぞれのプライベート用のメールアドバイスに、少し砕けた感じで感謝のメッセージを送った。
ビジネスだと誰かしらにチェックをしてもらう所だけど、メッセージカードの文面からは会社は関係ないように思えた。
秀一さんの「メールで構わない」と言う言葉も、それを把握してのことだったのだろう。
入学祝いは他にも両親や、実家の使用人からも来ていて、お父さんからは時計を。お母さんはキーケースを選らんでくれたみたいだった。
制服に合う色合いで揃えてくれたみたいで、使いやすい。
「明日からつけてみよっと──」
お嬢様なんてレッテルを貼られるのは嫌だけど、既に愁兄が御曹司ってことは知られてるし、友達にも知られたのだから、自粛するのは帰って揶揄われるかもしれない。
どれも可愛いし、使わないのはもったいないよね。
これから外出するのに、一度プレゼントを仕舞い、私は寝室に向かった。
クローゼットからジップパーカーを取り出して羽織り、デニムパンツに着替えてから部屋を出る。
専用エレベーターから地下の駐車場に降りると、バイク置き場から愛車を見つけた。
ちゃんとヘルメットを被って、跨がるとエンジンを掛けた。
行き先は『神鬼』のアジト。
私の仲間が待っている場所だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます