第32話

抱き着いている音子を見下ろして、早速ここに来た目的をお願いする。



「調べて欲しいことがあって」


「何かあったの?」


「今日、仲間が襲われたんだ。怪我は大したこともないし、返り討ちにしたみたいだけど、相手が特定出来なかったみたいで。

 だから、『神鬼』関連で何か噂が出てないか調べて欲しいんだよね」


「んー。最近は無かったと思うんだけどなぁ……」



 そう言いつつも音子は身体を離して立ち上がると、勉強机からPCをもって来きて、慣れた手つきでいくつかのサイトを開き始めた。


 持って来た飲み物を飲みつつ、調べてくれている音子の手元を覗く。


 PCの画面ではいくつかのサイトが開かれていて、一つ一つを検索してはスクロールしていた。


 暫くして音子が首を傾げる。



「やっぱり特にないかなぁ。気になる族とかないの?」



 気になる族か。


 特に悠貴たちから小競り合いをしたような話しはなかったし、支部からの定期報告も気にするような喧嘩の話しは受けてない。



「────ない、かな。神鬼相手に仕掛けてくる暴走族もチームも最近は無かったから」



 “都内トップ”の肩書きは周りの暴走族やチームを牽制する意味もある。


 過去に神鬼が倒して来た数々の族には名のしれた所もあったから、抗争になるのを恐れて泣き寝入りするしかなくなるのだ。


 もしそれが束になって今回の相手となれば、その動きだけで直ぐに分かる。


 だから、情報が入って来ないってことはない・・のだろう。



「そうなんだよねぇ。……そうだなぁ。少し範囲を広げて悪評高い所ゎ──」



 音子はもう一度、カタカタとキーボードを叩いてマウスを操作すると、今度は文字の羅列が出てきた。


 それを見ながら似たような文字の羅列を打ち込んでいく指先は、動きが早くて目が回りそうだった。


 さすが天才ハッカーだなぁ。


 それからしばらくするとメールを開いた音子の手がピタッと止まった。



「…………」



 誰かからのメールに書かれていた文章を読んでいた音子は、固まったまま顔を悪くしたり、眉間に皺を寄せている。



「どうかした?」


「あー、えっとね……」


「うん?」


「結論から言うと、神鬼を狙った情報は出て来なかったんけど……」



 ──あ、目をそらした。すごく歯切れの悪そうな顔してる。



「他のところを狙う情報が出てきて、教えた方が良いのか迷ってる……」


「あぁ、なるほど」



 音子にしたら余計な情報が出てきちゃったって感じなのかな。



「知り合いのところは教えてあげたら? 借りにしとけば、何かあった時に盾になってくれるし」


「んー……、そうするぅ」



 渋い顔で頷いた音子は、それから溜め息をついて謝ってきた。



「美夜ちゃん、ごめんね。役に立てなくて……」


「そんなことないよ! 調べてくれてありがとう。

 上がってきてないって分かっただけでも助かったよ。また神鬼関連で何かあったら教えてね」


「うん。分かった」



 本当は神鬼のメンバーの中にPCが出来る奴がいれば、少しは音子の手をわずらわせずに済むんだけど、残念なことにPCを使えてもハッカーとして情報収集に長けた奴はいなかった。


 それに、音子の情報が一番確かで、情報量が多いから、協力してくれるのは本当に有り難い。


 結局、今回の襲撃がどこかは分からなかったが、まだまだこれから知れる機会はある。


 淳平と悠貴が無事に攻防戦を防ぎ切れば、倉庫に襲撃されても私たちが負けることはないだろう。


 それよりも、問題は──、



「音子、遠くに行く時は気を付けてね。神鬼を狙うってことはこの街で抗争が起きるってことだから」



 一般人への被害がどのくらい出るかだ。


 出来れば被害者を出したくはないけど、敵がどのくらい縄張りを荒らして来るかなんて分からないし、抗争が近づくにつれてみんなも興奮していくから、いつどこで何が起きても私にはどうしようも出来ない。


 音子のことはみんなに紹介しているわけではないから、縄張り争いに巻き込まれる可能性は十分ある。



「大丈夫だよ! 前からここに住んでるんだもん。それに、そうなる前に美夜ちゃんが潰してくれるんでしょ?」


「今回は全体がざわついてるから、全面戦争になるかな」


「へぇ、そうなんだ。それだとかなり荒れるねー。

 前のこともあるし、下の子がどこまで暴走するのか興味はあるけど、美夜ちゃんが困るようなことをするのはやめて欲しいなぁ……」



 相変わらずの私基準の発言に嬉しくなって、ふっと笑ってしまう。


 音子がぼやくように口にした前のこと・・・・と云うのは、私が神鬼を訪れた頃の話しだ。


 今はそれなりに治まっているけど、神鬼には前科がある。


 その時は、近隣の学校や公共施設の窓を割ったり、建物に落書きをしたり、無差別に暴行を加えたりと悪評が止まらなかった。



「暴走したみんなを止めるのは総長の責務だからね。万が一みんなを止められなかったら私は総長失格だ」



 場合に寄ってはそれだけじゃ済まないかもしれない。


 この街に被害が出たら、他の不良たちの居場所を奪うことにもなるのだから。


 それだけは絶対に阻止しないといけない。



「美夜ちゃんなら大丈夫だよ」



 音子はそう言って笑うと、ぎゅっと抱きついて来た。



「前の暴走を止めたのは、紛れもない美夜ちゃんなんだから。きっと今回も止められるよ」


「うん」



 そうなればいいなと心から願う。


 あの時とは幹部メンバーが違うし、好戦的な仲間が増えてるから少し不安だ。


 なりより、きっと私の存在をまだ認めてくれてない人はいるだろうから……。



「──ねぇねぇ、それよりさ」



 話しを変えてきた音子をみると、見上げていた瞳と目が合った。


 満面の笑顔を浮かべた音子は「えいっ」と言って、ベッドに倒れた込むと、抱きつかれていた私も体勢が崩れて一緒にベットの上に倒れた。



「ちょっ!?」



 あはは、と笑う音子は楽しそうで。



「それで、赤龍と関わったってさー。一体どう言うこと?」



 どうやら私が優さんにいった話に興味があったらしい。

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