第31話
「戻ったぞー」
倉庫に戻って来た嵯峨さんたちに、私たちは早速報告を聞いた。
「おかえり。どうだった?」
「大きな問題はなかったよ。ただ……」
「ただ?」
「北が荒れているらしい。あまり良くない噂も耳にしたとか」
「噂って?」
オウム返しに聞き返すと、有馬さんは躊躇いを見せた。
それから間を置いてからゆっくりとした口調でその一例を上げる。
「過去に有罪判決で捕まった奴等が、少年院から出て来た──と言う噂があるみたい」
「…………」
有馬さんの言葉に、正直私は危機感は感じられなかった。
危機感を感じないと言うよりは、周りに少年院へ入るような人たちがいなかったため、現実味が沸なかないのが正しい。
隣りの悠貴と永人は無表情で感情を表に出さず、対して淳平は面白そうにほぅと呟いた。
陽光は私と同じ感覚なのだろう、若干関心の入り混じったような驚いた表情で、わぁぁと囁いている。
所謂、ネンショー上がりか……。
親から見放されたような反省の色が見えない奴や、重い罪を犯した少年たちが入るその牢獄は、ヤンキーにとって箔をつける場所しても知られている。
不良たちにとっては一種のステータス上げのような場所でもあるのだろう。
「『神鬼』に因縁つけてるヤツもいるの?」
「分からない。まず、噂ってだけで事実かどうかも判断出来てないからね」
「なるほど……」
今回の襲撃と関係があるかも怪しいところだな……。
調べてみる価値はあるか?
闇雲に探すよりは手掛かりとなるものから調べるのは定石な考えだが、北支部が襲われたわけじゃない。藪を突く真似はしたくないのだ。
「取り上げず、巡察は中止だね」
溜め息混じりに呟くと、みんなが頷いた。
「周辺のことを先に調べたい。明日はそれぞれの支部の方に行って、少しでも気になることがあれば報告すること。
北の件は関係性が分かるまで、気に留めるだけにして欲しい。変に関わって敵を増やしたくない」
私の決定に異を唱える人はいなかった。「了解」やら「はいよ」と言って同意を示してくれる。
今回の相手が直ぐに行動へ移して来るなら、近々淳平と悠貴が狙われるだろう。
「悠貴と淳平はなるべく一人で行動しないように。
喧嘩になっても、引くか引かないかの見極めも肝心だからね」
「あぁ」
「俺はバカだからそんなの知らねぇーな」
「淳平くーん?」
名前を呼ぶと淳平は声を上げて笑って、分かってると言う。
「まぁ、死なねぇように喧嘩するよ」
「……頼んだよ」
……ダメだ、不安しかない。
淳平のことだから力技でなんとかしちゃいそう。
多分、周りが放っとかないから、余り心配はないと思うけど、大怪我を負うような目には遭って欲しくない。
そう簡単にやられる男じゃないから信じるしかないな。
私は私の自分のやるべきことをしなきゃいけないし。
やられ放しで終わるような『神鬼』じゃない。
今日は解散となって倉庫から出ると、バイクを飛ばして情報屋のいるお店へと向かった。
✽ ✽ ✽
辿り着いた場所は『神鬼』の縄張りの繁華街から外れた所で、紫の電飾看板に花の絵と「アネモネ」と描かれた建物の前だった。
ここはBar『anemone』。レトロな外装の中は1階にBarが、2階は居住空間が併設されていて、兄妹二人が暮らしている。
「CLOSE」の看板が出ているのを横目に裏口へ回ると、 いつものように呼び鈴を鳴らした。
すると中からドタバタと物音が聞こえてきて、ドアが勢い良く開かれる。
瞬間──、
「きゃぁぁ!! 美夜ちゃんだー!」
開かれた隙間から突如、ショートカットの女の子が現れて飛び付くように抱き付かれた。
「音子、久しぶり」
「久しぶり!」
ぎゅぅと抱きついてくる彼女は
知っての通り私の一つ年下で、中学校では一番仲が良かった友達だ。
女の子同士と言うのもあって色々と相談出来たし、年も近いから最近まで良く一緒に遊んでいた。
──そして、都内では有名な情報屋でもある。
通り名は、神出鬼没の情報屋_『黒猫』。
その腕は天才ハッカーと云われる程で、PCを使い熟し、様々なブロッキングを突破して情報を得る。
その情報量は都内随一と謳われている。
神出鬼没と云われるようになったのは、情報集めに色んな暴走族の幹部たちとを会っている間に、そう云われるようになったらしい。
前触れもなく現れることから、“神出鬼没”って添えられた。
「早く入って入って! お兄ちゃんにジュースとお菓子頼んでおくね!」
「あ、せっかくだから
「じゃぁ一緒にキッチン行こ! 今ね、仕込み中だから下にいるよ」
音子に誘われて家に上がると、店のキッチンへ案内してくれた。
このBarに来たのは久しぶりだった。
前に来たのは卒業式の時だったっけ、神鬼に入ってから会える機会が減っちゃったんだよね。
『神鬼』への仲間入りのゴタゴタと、入学試験が相次いで会っている暇が取れなかった。
代わりにほぼ毎夜、電話をしてたからそこまで寂しくはなかったけれど……。
音子には可哀想なことをしてしまったと反省する。
キッチンに顔を出すと、バーテンダーの格好をした男の人が食器を白い布巾で拭いていた。
「あれ、美夜ちゃん? いらっしゃい」
「こんにちは。おじゃまします」
キッチンに来ると作業をしていたのは黒髪ストレートの若い男性で、音子のお兄さんの黒島優さんだ。
見たは爽やか系の優しい雰囲気のある人で、音子の身に危険がない限り、滅多なことでは怒らない。
そんな優さんもBarを経営しながら、片手間に情報屋をしている。
通り名は、売り専門の情報屋_『闇鴉』。
ここの存在を知ってやって来る人たちは、黒猫から貰った情報を売っているだけと殆どの人が思っているみたいだけど、優さんもPCを扱えるし、情報収集の腕前もかなりのものだ。
「久しぶりだね。学校はどう?」
「普通です。……ちょっと赤龍と関わっちゃって大変ですけど」
來とのことを思い出し、言おうかどうか迷ったが、後で耳に入ることになるかもしれないと思い直し、伝えることにした。
「へぇ、珍しい。今度何があったのか聞かせてよ」
「はい」
「僕は仕事があるから相手をしてあげられないけど、何かあったら下においで。
飲み物は2階の冷蔵庫にあるから、音子に好きなもの頼んでいいよ」
「ありがとうございます」
「お兄ちゃん。クッキーも食べるけどいいよね?」
「あぁ」
手短に挨拶を済ませると、2階の音子の部屋へと移動した。
音子の部屋はカラフルなインテリアに猫柄の小物が多くあって、女の子らしい可愛いインテリアになっている。
全体的に片付いてるから綺麗で清潔感があるし、落ち着く場所だ。
「美夜ちゃんこっち座って」
「うん」
ベッドの端に腰掛けた音子の隣りに座ると、音子は嬉しそうに腕に抱き付いてきた。
上目遣いに私を見て微笑む姿は少し小悪魔ぽさがある。
「それで今日はどうしたの? たまたま窓見たら美夜ちゃんがいてびっくりしたよ」
あ、それで呼び鈴鳴らした後の反応が早かったんだ。
いつもなら優さんが先に出迎えてくれるから、珍かったんだよね。
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