第33話

そう言えば、音子と赤龍は情報交換をする仲だったっけ。それなら興味が湧くのも当然か。



「その前に、話しておかなきゃいけないことがあって」



私の前置きに、上に乗っかっている音子が首を傾げる。



「この前、私が赤龍の縄張りで暴れてた族を潰しに行ったでしょ?」


「えっと、入学式の?」


「そう。その時に私、赤髪に龍のピアスをした男に会ったんだよね」


「赤髪に龍のピアス?」



 そう呟いた音子は、どうやら直ぐに思い当たる人物に辿り着いたみたいで、目を開いて声を上げた。



「……え!? それって紅龍に会ってたってこと!?」


「そうそう。その時の私って少しボケててさ。紅龍だって気がつかなかったの」


「へー、珍しい」



 來と初めて会った日の夜のことは、音子には教えてない。


 もう一度会えるなんて思ってもみなかったし、來との出会いは誰にも教えずに、自分の記憶の中だけに残しておきたかった。


 ──本当。今考えても一目惚れしちゃってたんだなぁ。


 でもまさか、学校で会うなんて。しかもそれが、赤龍の総長だったなんて思いもしなかった。



「それで昨日、学校で再会したワケなんだけど……」


「うんうん! それでそれで!?」



 瞳を輝かせて食い気味に聞いてくる音子に、私は淡々と話していた。



「敵対する族の総長と関係を持つなんて良くないでしょ。だからまぁ色々あって、赤龍とは距離を取ってる」


「へぇ、色々と……」


「うん」



「──え!? 詳しい内容は!? 紅坂來と何話したの!?」



 あぁ。やっぱり音子は赤龍の総長の名前を知ってんだな。


 あの時、出会った日の夜に音子に話していたら、きっと直ぐに赤龍の総長だって知れたんだろう。


 そしたら学校で会っても、対して驚かなかったかもしない。


 きっと、愁兄に言われたからって、テラスで寝ようなんて微塵も思わなかったはずだ。



「來はさ、夜叉姫の私を避けなかったよ」



 通り名を持つと云うのは、それだけ目立つ存在だと云うこと。


 好奇と、畏れの対象で。何もしなくても肩書きを狙いに襲ってくる。


 けれど來は、私を避けることも、攻撃してくることもしなかった。



「でもそれはさ、全国を背負う総長だったからなんだよね。だから怖がることも喧嘩を売ってくることもしなかった。

 來はただ総長として、夜叉姫の私を受け入れたただけで、私を避けなかったのは当たり前のことだった」



 私に好意があるワケでも、私に興味をもったワケでもない。



「それでも、あの時の私にとってはすごく嬉しかったんだ。噂を怖がらずに、身構えることもせずに、私を見つめてくれたから」



 あの人と同じように、私をバカにしてこなかったし、特別扱いもしなかった。


 一人の女の子として私を見てくれている気がしたんだ。



「良いなって思ったけど、ダメなんだよね。敵対なんかしてるところの総長に恋なんかしちゃったら」



 淡々と吐き出すように思っていたこと並べると、静かに横で聴いていた音子がぽかんと口を開けて驚いていた。



「美夜ちゃんは來のことが好きなの?」


「うん。そうみたい。……まぁ、もう終わったんだけどね。

 私には“二代目総長”と言う役割りがあって、敵対したいる人に思いを寄せるなんて出来ないよ。それに──」



 私の心の中にはまだ那久がいて。この関係をキレイさっぱり忘れるなんてことは出来ない。


 昨日の倉庫での悠貴の忠告はとても正しいと思う。


 敵対している男に恋なんて間違ってる。これ以上進めさせない為にも、あの言葉はストッパーになってくれるだろう。



「でも……」



 ぼそりと音子が呟くと、間を置いてから言ってきた。



「確かに美夜ちゃんには総長としての役目があるからもしれないけど、恋をするのは間違ってなんてなんか……。美夜ちゃんは來のことを諦めるの?」


「……うん」



 私はゆっくり頷いた。



「もう、本人にも他のメンバーにも、関わらないって言い張って、嫌われちゃったからね」



 だから諦めるも何も、きっと明日は私に近づいて来ないだろうな……。



「──なんで? なんでそんなことしたの?」



 ────え?


 顔を上げた音子の表情に言葉を詰まらせた。



「ダメだよ……。諦めるなんて絶対にダメ。やっと、やっと好きになれたのに! 他の人を愛せるのに、なんで……!!」



 そう瞳に涙を溜らせて言う音子から必死さが窺えた。



「……ありがとう、音子」



 音子が何を言いたいのか、悔しそうな顔を見れば分かる。


 音子は私のことを想って悲しで、私のことで音子は苦しんでくれてるんだから。



「私は美夜ちゃんが幸せそうに話す姿をもう一度見たい。……だから、お願いだから美夜ちゃんは來のことを諦めないでよ……!」



 抱きついて、嗚咽を零しながら泣き出す音子。


 その様子に私は何も返せなかった。



「────」



 音子はいつも私の幸せを願ってくれる。


 那久と付き合ってた頃に、たくさん話しを聞いてくれてたから、周りの誰よりも私たちの関係を思ってくれていることは知ってるつもりだった。


 それが例え、話す内容が惚気のろけ話しでも、苛立って愚痴になってしまっても、側にいた音子はちゃんと聞いてくれてたから。



「ごめんね……。私、音子のことを何も分かってあげられてなかった」


「グスッ……。それは全然いいの……、美夜ちゃんから愛されてるのは知ってるし、私も愛してるから」



──っ、強いなぁ。



「私はね……、ぐすん……。あの時みたいに、幸せそうにしてる美夜ちゃんをまた見たいなってずっと思ってるの。だからそれだけは忘れないで」


「うん。ありがとう」



 そう言って震える身体を抱きしめてみたけれど、それでも「幸せになるよ」とは言えなかった。


 あの日の夜のことが頭から消えなくて──。


 那久の言葉が耳から離れない。


 楽しかった日々も閉じ込めて、他の誰かと幸せになろうなんて、どうしても思えないんだ。


 ──周りが私の幸せを望んでくれている。でも私は、幸せになるのが少し怖い。


 “那久じゃない人” と幸せになるのがすごく怖い。


 あの日、思い描いていた未来が壊れてから、この先どうしたいのかなんて考えることが出来ないんだ。


 ぎゅっとお互いに抱きしめる腕に力が籠もる。


 いつか私は誰かの隣りに立って、未来を描く日が来るのかな。


 心から笑える日が来るのかな……。

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