第三章 求める人

連絡先

第34話



 林間学校が一週間後に控えた頃になると、ほとんどの人が浮足立って、当日を楽しみにしている。


 私はいつもの場所で、章と柊真の三人で昼食を食べていた。


 永人と陽光が襲われた日から約1週間は経ったけど、あれから襲撃は音沙汰無く、下っ端の子たちの警戒心は半信半疑と言った具合いで薄れて来ている。


 お弁当を食べ終わった頃に、ふと実代子から何処にいるのかメールが来た。


 返信すると直ぐに上の方から実代子が顔を出した。 



「あの、今……。これから少し時間良いかな?」


「別に良いけど、どうかしたの?」


「その……、さっき先生から当日までに班員内で連絡先を交換した方が良いって言われて」


「連絡先? ……あぁ、なるほど。協調性に欠けるもんね、私たち」


「うん……」



 頷く実代子に柊真がすぐさま否定してくれる。



「いや、頷いたらダメなやつだから! 美夜ちゃんも実代子ちゃんも大丈夫! 協調性あるよ!」


「ないのはあの二人だろうなぁ。千聖って女子と藍とでバチバチやん」



 面白そうに話す章に、柊真が頭抱えて乾いた笑みを浮かべる。



「まぁ互い自分に素直に生きてるのは好ましいけどね。

 それに藍も変な好意を抱かれる方がキツイだろうし……」


「それなぁ」



 遠い目をする二人。


 どうやら私の知らない所で何かあったらしい。


 この学校は赤龍に人気があっても、白狼も結構有名だったりするから言い寄られもするだろう。


 それにしても、藍と蒼の所か……。


 きっとバルコニーにいるんだろうけど、來たちもいるだろうなぁ。


 でも、先生から与えられたミッションは遂行しなけば、後で何を言われるか。



「──んじゃ、昼休みが終わらない内に行こっか。章たちも来る?」


「もち!」



 大きく頷くとゴミをまとめて近くにあったゴミ箱へと投げ入れていた。


 あまり気が乗らないが、言う通り、当日に何が起きるか分からないし、連絡先の交換は必須かもしれない。


 本館へと移動して双子のいそうなバルコニーまで来ると、先輩である來たちの姿もそこにあった。


 ソファで寛いで楽しげに話しているのは専ら奏介と黎で、夕也と藍が笑いながら口を挟んでいる。



「アイツ等、何話してんだろうな」


「ね。──あれ。來さん、また雰囲気変わった?」


「若干、前の雰囲気に戻ってる……か?」



 二人の話しに気になってしまい、視線を向けると、煙草を吸ってる來はぼんやりしていて、近くで喋る奏介たちの会話に混ざることはなく、うわの空だった。


 夕也がふと私たちに気づくと、ソファから立ち上がりぞろぞろと廊下へと出てくる。



「どうしたの!?」


「すげぇ大人数だな」


「なになに、誰にどんな用事?」



 まるで面白いものを見つけたように聞いてくる奏介に、柊真が「林間学校の件で」とかい摘んで話した。


 林間学校と聞いて藍と蒼を呼びに来たことを察してくれた奏介は双子を呼ぶと、実代子に視線を向けてから私を見た。



「ずいぶん、大人しい子連れてんじゃん」


「学級委員長です。あんまり絡まないで下さいね」


「絡まないよ。イジメだぁなんて叫ばれたくないし」



 その辺りのことは心得ているのだろう。


 変に踏み込んだ質問はせずに、保護者の一人として実代子に頭を下げていた。



「どうも。藍と蒼のことよろしくね」


「え!? あ、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」



 まさかの話の方向にテンパる実代子を心配しつつも、意外とまともな奏介の反応に好感度があがった。


 すると、双子が渋々といった顔でやって来て、不機嫌そうに用件を聞いて来る。



「なんなのさ、大勢でお仕掛け来て」


「先生からの命令で連絡先を交換しとけだってよ」



 章が答えて、藍がその内容に驚愕した。



「はぁ!? なんでだよ!」



 疑問に思ったのは双子だけじゃなかったようだ。



「連絡先?」


「先生って、鹿羽だったよな?」


「──あぁ、迷子にならない為に?」



 そんな夕也の言葉に藍がムスッと頬を膨らませて刺々しい口調になった。



「迷子になんかならねぇし!」



 声を上げる藍の横で、首を傾げた蒼。



「……林間学校の話?」


「そうだよ。藍、女子たちとバラバラな行動をしそうだから、先生そう言ったんじゃないかな?」



 柊真がそう言うと、ふぅんと平然としている蒼とは違い、藍が「チッ」と盛大な舌打ちを溢す。


 その様子を伺っていた実代子は身体を強張らせた後、苦笑いを浮かべた。


 防寒していた私も、苛立つ藍の態度にもしかしたら本当に別行動するつもりだったような気がして、溜め息が出そうになったのを飲み込む。



「分かったよ! 交換すれば良いんだろ!」



 憤りが混ざった感情を発散すると、嫌々ながらもワイシャツのポケットから携帯を取り出した。


 電話番号を教えてもらうと連絡先に登録する。


 それからチャットアプリの方で「知り合いかも」に現れた藍と蒼のアカウントを友達登録した。



「来たぞ。これでもう良いな?」


「うん。ありがとう藍くん、蒼くん」



 美代子がほっと溜め息をついて御礼を言うのに習って、私も形式的な挨拶をする。



「林間学校終わるまでだけでもよろしく」


「ホントだよ。早く終わらせて消してぇ」



 わざとぼやく藍の言葉に、私は「ね」と同意してみせる。


 ふと携帯画面をじっと見つめていた蒼がふと顔を上げて私を見て来た。



「……美夜ちゃん」


「なに?」


「今日の夜からでも連絡しても良い?」


「……別に良いけど」


「ありがとう」



 いったい何を送ってくるつもりなんだろう。


 そう思ったけど、嬉しそうな朗らかな表情にその質問は憚られた。


『連絡先の交換』のミッションが終わると、章が藍の肩に腕を掛ける。



「藍、次は俺たちとだ! 前のと番号ちげぇじゃねぇか!」


「それ、俺も思った」


「なら、お前らの電話番号も教えろよ」



 幼馴染みどうしの会話が始まると、見守っていた奏介がタイミングを見計らったように話しかけてきた。



「ねぇ、美夜ちゃん」


「やだ」



 流れ的に何を言うつもりか予想出来て、言われる前に拒絶する。


 けれど、一筋縄では行かないのが上級生だ。



「良いじゃん。交換しよ。変なことには使わないから」



 そのセリフは使う気満々の人が言うもなのでは……?


 警戒してると、黎が携帯を取り出して言う。



「良いだろぉー。お嬢様には解決できないことを俺らがしてやるからさ」


「Win-Winな関係? って言うの?」


「…………」



 そりゃぁ、双子絡みの女子問題に役立てそうだけど……。


 余計な内容を送って来そうでやだなぁ。



「安心しなよ。俺たちも遊んでる暇ないから、メル友になって欲しいってだけ!」



 それからスッと屈むように顔を近づけてくると、耳打ちでもするように小さく囁いた。



「それとも、メル友以上に仲良くしてくれる──?」



 ゾッと背中に悪寒が走って、私は慌てて連絡先登録の画面まで携帯を開いていた。



「アハハッ! そんな慌てなくても!」


「次、顔近づけたら殺す!」



 ほ、本当に気持ち悪かった……!!


 思わず顔面に拳を突きつけるところだった!


 まじで、「仲良くしてくれる?っ」てなに!?


 ナンパ男たちの使う言葉じゃん。


 ふと耳にかけられた声音や吐息の感触を思い出して身震いした。


 今のは本当に冗談でもやめて欲しい。



「だって、靡いてくれないんだもん。

 大丈夫、大丈夫。美夜ちゃんのお兄さんを敵に回すつもりはないから触んないよ。まぁ、不可抗力以外でだけど……」



 はぁ……。折角、まともそうで好感度上がってたのに急降下だよ。


  

「分かったから。連絡先は交換する、だから絶対に触れてこないで!」



 「はーい!」と暢気に返事が帰って来て溜め息がまた溢れる。



 

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