第35話
「お嬢様でも“殺す”なんて、口が悪くなるもんだなぁ」
黎が笑うと、夕也が苦笑しながら私を庇ってくれた。
「いや、今のはしょうがないと思うけど……。
美夜ちゃんくらい可愛いと、色々大変だろうし」
「手が出そうになる所だった……」
「アハッ。殴られなくて良かった」
アハッじゃないよ。
久しぶりに身の危険を感じたわ。
「そう云う奴の処理も任せてくれて良いからさ、偶には連絡してね」
「そんなの滅多にないから大丈夫だよ。それに私だって身を守る術くらい持ってるし」
「それは、心強いことで」
アドレスと番号を交換し終えると、章と柊真も双子と交換し終えたのか、いつの間にか喧嘩について話をしていた。
昼休みももう少ししたら終わるだろう。
私たちは午後の授業のために、教室へと足を進めた。
バルコニーを去る時にチラリと來を見る。
結局、みんなが廊下へ出てきても來はソファから動こうとしなかった。
一瞥もくれないことに寂しさが湧き上がるのを感じながらも、その想いを無視して前を向く。
「美夜ちゃんは……」
「うん?」
ふと呟いた実代子に私が見つめると、口元に手を当てながら何かを考えていた。
「その……」
言葉を濁らせる実代子を見て次の言葉を待つ。その内、申し訳なさそうに口を開いた。
「美夜ちゃんは総長の人のことが好きなの?」
その質問は直ぐに答えられなかった。
まさかバレるとは思ってもみなかったから。
「分かる?」
「美夜ちゃん、先輩のこと見つめてたから」
「……そっか。それなら気づくよね」
答えに迷って、今度は私が言葉を濁らせる。
私ってそんなに分かりやすかったんだと思いながら、けれど、直ぐに実代子に隠すほどのことではないと思って正直に頷くことにした。
「うん」と、小声で頷く。
前を歩く章と柊真にも届いたか分からないくらい小さい声で、頷いた私に純粋な実代子は綻んだ笑みを見せた。
「お似合いだと思う」
その言葉が本心なのは、表情から伝わってきた。そもそも実代子の性格からしてお世辞とかあまり言ってこないだろうことも分かってる。
だから余計気恥ずかしくて私は苦笑いで返した。
お似合いだと言われて嬉しい反面、心苦しい気持ちにもなる。
きっと実代子は漫画のような甘酸っぱい青春を私に重ねているだろう。
「そんなことないよ。私よりもっと良い人はいるから」
中学生の頃にいつかしてみたかった恋バナ。それがまさか、高校生になって体験出来るとは思ってもみなかった。
でもこの恋はあまり盛り上がれるものじゃない。それが、少し残念だと思う。
お互いにただの生徒として出会えていたらきっと何事も上手くいって、家柄で多少問題があっても私は來の側にいただろう。
來が私のことを本気で好きじゃなくても、惚れさせてやるってきっと夢中になってかもしれない。
「そうかなぁ……?」
私の自分を落している言葉に、実代子はどうやら不自然に思ったらしい。何かを考えているような顔で囁いた。
それから二人してしばらく黙っていると、実代子がもう一度口を開く。
「告白しないの?」
「しないよ」
來を怒らせた今の状態で告白しても、きっと良い返事は返ってこないだろう。
それにもし付き合えるとしても、同じ学校にいながら側にいてくれない人を好きになる人はいないと思う。
來にはちゃんと隣りにいてくれる人の方がお似合いだ。
「今はまだ彼氏をつくる気はないんだ。相手を苦しめるだけになるだろうから」
未だに手に持っている携帯は連絡先の登録者一覧で止まっていて、新しく登録された先輩たちと双子の名前を眺める。
「真剣なんだね」
「……そうだね。私は好きな人には幸せになってもらいたいし、付き合うならちゃんと幸せにしたい」
もう二度と迷ったりしたくないんだ。全部を受け入れて、ずっと支えてあげたい。
履歴アイコンを押して開いていた連絡手帳のアプリをフリックして画面から消すと携帯を鞄の中へとしまう。
実代子は「そうなんだ」と相槌を打ってからそれ以上來の話しはしなかった。
階段まで来ると授業に参加する気分じゃなかった私は実代子たちと別れて倉庫へ向うことにした。
いつもよりも早いけど、誰もいないわけじゃないから話相手はいる。それに、襲撃して来たところもまだ突き止めてない。
何か情報が入ってると良いんだけど……。
生徒用玄関にもうすぐ着くところまで来ると、ふと下駄箱に寄り掛かる來の姿に足を止めた。
そんな私の気配を感じたのか、來が振り向く。
目が合うとしばらく見つめあった後、自分の靴がある所へと入って行った來に溜め息をつく。
この学校で早退をしようとすると、嫌でも赤龍に出会ってしまうらしい。
重たい足を踏み出して廊下を歩けば、シン──とした中に上履きのゴムが地を踏む音と、どこかで布の擦れる音が聴こえていた。
出来るだけ來の入っていた通路を見ないように通り過ぎると、自分の下駄箱について無言で靴に履き替えた。
そして外へ出ようとした所で反対側の柱に寄り掛かっていた來の横顔に見惚れてしまいそうになる。
固まらずにすんだのは來が目を瞑っていたからだ。
私は話かけることはせずに外へと出た。晴天の日差しは強くて思わず目を瞑る。
「……眩しいな」
✽✽✽
倉庫に来ると特に襲撃者の報告はなく、至って平穏な時間が流れていた。
だからこそ、相手の狙いが分からない。狙ったのは幹部だ。必ず情報を握ってからの行動していた筈。
なのになぜ、下っ端たちを潰さないのだろう。
潰さなくても良いと考えてるのか、もしくは相手の人数はそこまで多くないか。
もし後者なら最近出来た暴走族の可能性が高い。けれどその場合、情報をどこから拾って来てるかが問題になる。
なかなか尻尾を出さないのは褒めるべきだね……。
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