第17話

そう思ったけど、どうやらこの気持ちはただの“浮かれ”だったようだ。


 悠貴の冷たい視線がまた向けれた。



「……美夜、先に忠告しておく。

 総長のお前が“そんなこと”になったら厄介だからな」


「なに?」



 どうしてか、身体が冷えていく感覚がした。



「美夜、お前は“女”だ。学校で『赤龍』に近づいて、惚れたりなんかすんなよ?

 赤龍の奴らに惚れたら洒落になんねぇ。余計な感情で、足を引っ張られるのはムカつくからな」



 ────。


 あぁ、怖いな……。


 何処まで読まれているんだろう。



「うん、分かってる」



 イヤってほど、分かってる。


 そもそも暴走族の世界は男だ。女にはレディースの世界がある。


 だから、本来私はココにいるべきじゃない。


 神鬼にいるべき人間じゃないのだ。


 ──なのに、私は『神鬼』を背負った。背負いたいって思った。


 総長になった以上、何があっても『神鬼』を優先するつもりでもいた。


 私なりに、総長の立場なりにみんなのことを思って、考えて、行動して来たつもりだし。叶えてきたと思ってる。


 今回だって、諦めるつもりでいるんだ。許されないなんて分かりきってるから。


 だから、神鬼のみんながダメって言うなら……



 來を好きになってはダメ。



 神鬼と赤龍は敵で、いつかは戦うから。だから、




 ──好きになっちゃダメ。




 みんなの足を引っ張ることはしたくない。


 私がここにいるのはみんなを守るためだから。少しでもいい方向に導いてあげるためだから。




───

──────

───




『美夜……



神鬼を頼む……』




───

──────

───




 うん、みんなを護るよ。


 みんなが間違わないように見守ってるよ。


 例え何を犠牲にしても、那久と交した約束は必ず叶える。


 その為だけに、私は神鬼にいる。


 私はデニムのポケットからネックレスを取り出した。


 細いチェーンに指輪が二つ通ってるものだ。



「……ちゃんと持ってんだな」



 ネックレスを見つめながら、悠貴が呟いた。



「もちろん」



 これは前に初代総長から貰った物。つまり、先代から貰ったものだ。


 このネックレスのおかげで、私はすんなりと神鬼のメンバー入りが出来た。


 別にただのネックレスなんだけど、神鬼にとっては馴染み深いって言うか、思い出深い物らしくて、幹部メンバーにとっては『総長の証』って認知があったみたいだ。


 初めてこの倉庫に来た時に、このネックレスを貰ったことを話していたら、幹部の人たちから空席だった総長の代わりになって欲しいと頼まれた。


 そのくらい、このネックレスは『神鬼』の宝物らしい。



「私は神鬼の総長だよ。だから神鬼には全部を捧げるって誓った。あの人の分も一緒に」



 総長の証が手元にある限り、誓いを忘れたりはしない。


 自分の立場を忘れるなんてことは絶対にない。



「──あっそ。ならいい」



 そっぽを向く悠貴に、私は微笑みながら言う。




「私は前に言ったからね。“神鬼を大事にする”って」


「そんなこと忘れたわ。……長い話しで疲れたから寝る」


「ちょっ、えぇ!? 忘れないでよ!」



 初めての環境で、私なりに思い切ってみんなの前で宣誓をしたのに……。


 悠貴は黙ってソファに寝転がり、寝る姿勢を取った。



「分かった、分かった。おやすみ」



 ホントに自由なんだから。


 振り返って淳平と陽光を見ると、倉庫に集まっていた殆どの下っ端たちと一緒に、鬼ごっこかなんかで走り回っていた。


 遊んでいる姿は楽しそうで、思わず「ふふっ」と笑ってしまう。


 この倉庫でみんなが寛げるなら良かった。


 いつかは永人と悠貴にも、あんな風にはしゃいでもらいたいが、天変地異が起きない限りは無理だろう……。


 携帯を開いて時間を確認すると、3時を示していた。


 あと1時間したら永人を起こして帰らせて、今日の当番をパトロールに行かせなきゃな。


 それまで、コンビニで何か買ってこよう。


 入学式を終えてから昼食を食べてなかったことを思い出して、急にお腹減ったようだった。


 バイクのキーを持つと、私はみんなの所へ駆け寄った。



「誰か一緒にコンビニ行かない?」



 聞けば数人が直ぐに「行く!」と声を上げた。


 そんな返事に、すかさず怠け者たちが「ならコーラ頼んだ!」と注文してくる。


 買って欲しいなら一緒に来なさいよね……。と云うか、鬼ごっこやめないのかい。


 あっちこっちから返事があって、私は声が上がった方を向いていると、陽光が鬼から逃げながら側を通り過ぎた。



「美夜ちゃーん!チョコ頼んだ!」



 どうやら私をパシる気、満々のようだ。


 このくらいで怒るなんてバカバカしくて、声を上げたりしないが、意趣返しはしておいた。



「分かったよ。チョコ板ね」


「なんで!?」



 なんでって、立派なチョコじゃん?



「美夜! 俺、ポテチ買ってきて!」



 今度は淳平だ。



「分かった。じゃがいもと塩、買ってくる」


「はぁ!? 海苔も買ってこいよ!」


「その返しは違うだろ!」


「アハハ! 反応に困った美夜、ちょーオモレー」



 これにはちょっとムカッっとした。


 ノリ良すぎでしょ、淳平め。からかいやがって……。


 すると、「お願いしやーす!」と淳平が言った。続いて陽光にも言われて溜め息をつく。



「ッたく。あとでお金は徴収するからね!」


『はーい!!』



 二人分の返事に私はもう一度、ため息を零した。


 結局、10人くらいでコンビニに行くことになって、いつものように離れた所にバイクを停めることにした。


 最寄りのコンビニはいつも使われせてもらってるので、10台のバイクで騒ぎたてるのは申し訳ない。


 コンビニに着いた時、本当にじゃがいもと塩と海苔を買おうかと思ったが、やめておいた。


 下っ端の子たちにも止められて、買い物を済ますと帰り道を仲良く駄弁りながら歩いていた。

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