夜叉姫は紅龍に愛される 【休載】

五菜みやみ

第零章 姫と龍

すれ違う運命

第1話

その日、私は悪い噂ばかりを聞く街に来ていた。


 自惚れた話しをすると都内での私は結構有名で、その“悪い噂”の原因は直ぐに私の目の前に現れてくれた。



「──うッ」


「──ぐはッ」


「ぎゃッ……!!」



 向かって来る敵を次々と倒していく私。


 偶に力の入れ過ぎで骨が軋む音を響かせながら50人以上いた不良の集りは今ではたったの5人となり、残っているのは総長と副総長、そして幹部らしき男たちだけになっていた。



「な、何なんだよ!」


「こんなの人間じゃねぇって……!」



 血相を変えて叫ぶ男たちはいつだって同じことを言う。


 喧嘩を無傷で終わらせてしまうから男たちからすればそう思われても仕方ないのかもしれないが、怖いからって人外扱いして来るその反応は気分の良いものではない。


 ましてや、何百回とそう言った言動をされては、辟易するのは当たり前な感情なのではないだろうか。


 青ざめて立っている男たちに近寄ると、ジリジリと足を引きずるようにコンクリートを擦りあげる音が、後ろで倒れている男たちの呻き声に混ざって響いた。


 すると一人が体勢を崩して尻もちをついた。それをきっかけに転んだ男を庇うように総長が前に出て声を荒げる。



「も、もう良いだろ!」


「何なんだよお前。女が調子に乗りやがって!」


「お前、本当にバケモノなんじゃないのか!?」



 口勝手に叫びだす男たちに私は思わず乾いた笑みを浮かべる。



「……ハハッ。本当にそう思っているのか? どうやらこの族は頭が軽い奴等ばかりみたいだな」


「な、なんだとッ……!!」


「よせって!」



 金髪の男が私の言葉に向きになると、黒髪の痩せた男が肩を掴んで制した。


 

「それで、どうする? まだ私とやり合うか?」


「それは……」


「私は別に良いぞ。まだ動き足りないから」



 そう言うと男たちは悔しそうにしていた。


 きっと私を倒して名を挙げたいと思っていた部分もあったのだろう。


 タイミングを見計らっている奴が二人ほど伺えたが、族のトップに立つ総長と副総長からは既に威勢が感じられず、どうにか見逃して貰おうと考えている様子だった。


 もちろん、そんなことを許す私じゃないが。



「戦えないのならこの族は解散しろ」


「ッ……!!」


「当たり前だろう? お前等の行いのせいで、こっちは肩身の狭いを思いをしているんだ。代償は払ってもらう」


「なんで俺達が……」



 未だに喧嘩腰の男が不満気に呟いた。


 仲間が呻いている中でもそんなことを言えるのは、きっと頭の中で自身を正当化しているからなのだろう。


 俺達は偉いのに、と──。



 「だったら来なよ」と挑発するが、歯向かって来る度胸はないようで、口先だけなのが分かる。


 やっぱりこの男には一度、分からせた方が良さそうだな。


 そう思って私から男に歩み寄って行った。



「ひッ……!!」



 怯えた小さな悲鳴を聞いても私は止まることはなく、男の襟を掴み上げ、掲げた拳で頬を一度殴る。



「私に立ち向かって来れない時点でてめぇは三下だよ。──それに、女子供を殴っといて自身が偉いだなんて思うなよ?」


「ッ……す、スミマセンでしたッ!!」


「おい、見てないで解散すると誓え。一般人への暴行なんて真似をした奴等を同じ世界に住まわせるつもりはない」



 声を一層低くして総長に言いつけると、尻もちをついた男を支えていた総長は俯いて、おおよそ体格には似つかないかぼそい声で囁いた。



「────きょ、今日をもって解散する……!!」



 その宣言に私は掴み上げていた男を突き放す。殴られた男はそのまま地面にへたり込んでいた。


 もう威勢もなにも感じられないその男は、一度殴られただけなのに、その辺の奴等と同様に怯えていた。


 これで今日の目的は終わった。気力を失くした男たちをこれ以上痛め付けても何の意味もない。



「私は帰る。お前たちも少しはまともになれ」


『…………』



 それが簡単じゃないのは私にだって分かっている。


 だけどそれを許したら、コイツ等は堕ちていくしかないのだ。



「お前らがまだ、この世界に残りたいんなら好きにすれば良い。 新しくつくるなり、どっかの族に入るなり、それはお前らの気持ち次第だ」



 俯いていた5人が顔を上げた。



「けど、これだけは覚えておけ──。 これからも一般人に危害を加えて楽しむようなら二度目はない。どこにいたって、私はお前らを潰しに行く。 この世界は、ひたむきに強さを求めてる奴や、帰れる居場所を求めてる奴がたくさんいるんだ」



 その気持ちに覚えはあるだろう?



『…………』



 コイツ等が変われる保証なんてどこにもない。


 だけど、どんな過ちにだって誰かが正してやれば人は変われる力を持ってるし、変わろうと足掻いてる奴等は絶対に変われるはずだと私は信じてる。



「誰かを助けられるようなヤツにならなくてもいい。

 けど、貶めるようなヤツにはなるな──」



 誰だって間違える時はある。小さな罪を犯すことだって沢山ある。


 それを正さずに、ただ見捨てるってことを私はしたくない。


 ──なんて、甘すぎるのかな?


 貴方ならどうしたんだろう……。



 あいつ等を許すべきじゃなかったと思う?


 ねぇ、那久……。

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