第21話
ゆっくり苦いものを肺まで入れて、同じくらいゆっくり吐き出す。
白い煙がタバコの先から揺蕩うものと相まって、空へと昇っていった。
まるで一つの雲になるように。
半分くらいの白筒が灰になると、用意していた灰皿に落とした頃、チャイムが鳴った。
……美夜は朝礼に参加したんだろうか。
「────はっ、俺も重症だな」
タバコを灰皿に押し付けて、それを元の場所に戻す。
直にその空間に充満しているタバコの匂いも消えるだろう。
制服にはもともと染みついているから、証拠はほぼ隠滅出来た。
まぁ、残ってても茶化して来たら言い返せば良いのだが……。
二人掛けのソファに寝転ぶ。
「…………」
何も考えたくない。
俺を拒絶するアイツのことなんて、考えたくないんだ。
✽ ✽ ✽
どのくらい寝てただろう。
「來、起きろー」
そう呼び掛ける声に意識が浮上した。
日差しの眩しさに手を目元に当てて光を遮る。
「やっと、起きた。寝る前に携帯を見て欲しかったよ」
「あぁ、悪い……。なんだ?」
「朝礼に参加する気なかったのかどうか、聞きたかっただけ」
「そんなのどっちでも良いだろ」
俺たちの場合、出欠席は最低限で試験重視だからな。
「そうだけどさー」
眩しさに耐え切れず上半身を起こすと、身を低くして座った。
丁度日陰に来れたようで、目が少しずつ慣れてくる。
すると、奏介が聞いて来た。
「それで? 上手くいったの?」
「何がだ」
聞き返すと、答えたのは奏介じゃなくて黎だった。
「二人で鬼ごっこしてただろ」
多分、他のメンバーもいるのだろう。気配は感じていた。
「鬼ごっこって、な……」
「違わねぇだろ?」
「…………」
確かに逃げる美夜を追いかけてはいたが……。
「美夜ちゃんは朝礼に出たみたいだけど」
教えてくれたのは奏介だ。きっとここに来る途中で藍と蒼に聞いたのだろう。
「あぁ、そう」
ちゃんと教室に行ったのか。
「それで、落せたの? デートの約束はもうした?」
「……してねぇよ! つーか、そんなんじゃねぇし」
「は!? 落せなかったのか!?」
「あんなに脈ありだったのに!?」
やっぱりそう思うよな。
俺だって、勘違いしてたんだから。
「恋愛じゃなくて、憧れで。先輩後輩に戻りましょうだと」
『はぁぁぁ!?』
二人が声を合わせて叫んだ。そんな二人の反応に俺も共感する。
本当に「はぁぁぁ!?」だよ。
意味分かんねぇよ。
……やべぇ、またイライラして来たな。
「可笑しな子だなぁ。俺だったらチャンスだと思って付き合っちゃうのに」
「普通はそうだよなぁ」
──普通の女の子だったら、確かにそうしているだろう。
『赤龍』の総長ってだけで俺に惚れるような、その辺の女だったら俺が受け入れようとした時点で猛アタックして来たはずだ。
自分で言うのも何だが、顔は整ってる方だと思っているし。家柄も、地位も申し分ない。
女が群がるのは、既に当たり前のように感じてる。
「……なのに、なんで……」
美夜は他の女と違う。それは感じてたけど、あんなに誤魔化さなくたっても良いだろう。
なのに美夜は頑として、気持ちを伝えては来なかった。
いったい何を考えているのかが分からない。
ぐるぐる考え込んでしまう俺を余所に奏介が楽しそうな口調で言った。
「美夜ちゃんって令嬢だし、モテそうだし、愁兄の妹って時点で十分ワケありぽいけどさ、どうやら本物のワケありさんみたいだねぇ」
面白くなって来た、とでも思っていそうな言い方だった。
慣れて来た目で奏介を見ると、俺を見ながら笑っている。
茶化されていることに気付いて睨みつける。──が、あまり効果はなく、奏介は愉快そうに携帯を弄りだした。
……ワケありか。
確かに俺と話している間、美夜はずっと俯いていた。
怒られて怖がってるかとも思ったが、泣いたりはしてない。
顔が見えない分、何を考えているか分からなくて混乱したが、まさか言えない理由があったりしたのか?
「調べたいけど、ブロッキング高過ぎてどうにも掴めないんだよなぁ」
「──そんなに?」
奏介の呟きに反応したのは夕也だ。
問われた奏介は肩を竦めてみせる。
「そんなに、だよ。もう情報屋に頼むしかなさそう」
「──情報屋か」
裏世界の事に通じて、PCや実際に耳にした情報を売り買いする専門屋。
もしも頼むしたら『闇鴉』か、『黒猫』のどっちかに頼みたい所だが、あいにく二人はこの地域には住んでない。
会いに行こうにも、『神鬼』の縄張りに店があるから、行くには途中で危険がある。
依頼を頼むとするなら、『黒猫』を倉庫に呼び出すしかないだろが、当の本人は気まぐれで、神出鬼没と言われているため来るかどうかは怪しい。
「どうする? 呼ぶ?」
そう聞かれてしばし考えたあと、俺は首を横に振った。
「いい」
「なんでさ、気にならないの?」
「拒絶されたんだ。だったら関わることもないだろ」
そう言うと、奏介は大きな溜め息をついた。
「……本当、素直じゃないんだから」
ぼそぼそと呟いた奏介に対して、半ば条件反射のように「あ?」と唸ると、奏介は「なんでもありませーん」と反省の色はなく答えていた。
近くにいる黎は「つまんねぇの」といいながら、ソファの上でだらけた格好をしている。
どうやら二人はよっぽど白雪美夜を気に入ったらしい。
もしくは俺とくっつくかもしれないことにワクワクしていたのだろう。
過去に一度、元カノがいた時があって、会ったことがあるのに、あの時とはえらく反応が違っていた。
美夜のどこが気に入ったのは分からない。
二人の好みとは似てなかったはずだ。
今振り返ってみれば、俺もどうしてあそこまで美夜を追いかける必要があったのか。
まさか、昨日出会っただけで好きになったのか……?
自分に問いかけると、ふと昨日の出来事が思い返えされた。
幼く見える綺麗な寝顔をさらしていた美夜。不機嫌そうなしかめっ面で黙って見つめて来て、バカと言って来た。
惚れる要素なんてなかったはずだ。
「また話したいなぁ」
「愁兄の妹だもんなぁ。やっぱり喧嘩も強いんかな」
「どうなんだろうね。習い事を一緒にやってれば強そうだけど」
上級生三人でどんどん話しが進んで行くのに、離れた場所で藍は眠そうに聞いていて、蒼は聞き耳を立てていた。
呑気な奴等だよな……。
肩を落として、真っ青な空を仰ぐ。
流れる薄雲を眺めていても、腹の中の何とも言えない気持ちはスッキリとはしなかった。
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