分からない気持ち 來Side
第20話
4階のとある教室に俺はいた。
開いた窓から入り込んでくる風が、目の前にしゃがみ込む女を追いかけて熱くなった身体を冷ます。
その小さな身体を震えさせた白雪美夜に俺は言った。
「だからコレ以上、俺を怒らせるなよ」
「……うん」
素直に頷く美夜が可愛く見えるのは気のせいだと思いたい。
俺にバカって言ってきたヤツだぞ。
振り回してくるコイツが可愛いなんて、なんかムカつくだろ。
「來──」
俯く美夜はしゅんとしていて、落ち込んでいる様子だった。
そもそも、俺に睨まれてからずっと身体を震えさせて小さくしてる。
その時になって気付いた。
そう言えば、美夜の笑った顔を見ていない。
なんでだ?
昨日の様子からして俺に気があるはずだが、警戒心は高いわ、不機嫌になるわで俺との関係は最悪だ。
そんなことを考えていると、俺をもっと苛立たせる言葉を美夜は吐いた。
「私は赤龍と関わる気はないから。だから、安心していいよ?」
まるでそれが、俺にとって良いことのように言う。
「──は?」
コイツは何言ってんだ?
なんでそれで、『安心して良いよ』なんだよ。
俺の言葉聞いてねぇのかよ。
「私は赤龍の縄張りに勝手に入った。そのことには謝るけど、みんなと関わるつもりはないの……」
「……なんだよ、それ……」
こんなに振り回しておいて、もう関わるつもりはない?
堂々と俺のソファで寝て、堂々と俺たちの睨みを受け止めた奴が?
美夜の言葉が頭の中で渦巻いて、混乱させる。
「私と來はただの先輩と後輩だよ」
頭が痛い。
ただの先輩と後輩ってどう言うことだよ。
そんなの無理だろ。
俺たちは目の前で舌打ちして、対等に話す美夜を気に入ったし、愁兄の妹だとしても、俺たちに関わってくるのも許そうと思ってた。
だから他の女と同じように見てやらねぇっていたんだ。
なのになんで……。
お前だって、誰が見たって分かるくらい俺に惚れるじゃねぇかよ。
違うのかよ。
「お前は俺が好きなんだろ?」
昨日、俺の名前を呟いた時、慌てて、顔を真っ赤に染めただろうが。
自分でも気付いてんだろ。
「私は……」
美夜の言葉を待つ。
手が震えるえているのに気付いて、本心ではやっぱり好意が伺えた。
なのに、ぎゅっとその手が握られると、美夜から囁かれる言葉に俺は違和感を覚えた。
「……好きじゃない。そう言う意味なんかじゃない」
まるで自己暗示のようだ。
なんで逆のことを言うのか、意味が分からなかった。
俺が受け入れてやろうとしてんのに、なんで突き放すんだよ。
「ふざけんなよ……!?」
何がしたいんだ。
「……憧れてる。……だから、見守ってる」
「はぁ? 憧れ?」
なんで、そうなるんだよ!
そんなの、ありえねぇだろ……!!
俺の名前を覚えていたのは、そんな感情からくるものじゃねぇだろ!!
俺を見て顔を赤くさせただろ。
緊張して、小さな声で俺の名前を呼んだ!
それが、ただの憧れ!?
そんなワケねぇだろ……!!
「お前、無理があるだろ……」
別に誤魔化す必要なんかねぇだろ。
なんで、黙るんだ。
なんとか言えよ、そんな諦めた顔なんかすんなよ。
俺は名前しか知らないお前を、なんでか受け入れつつあるんだ。
一目惚れしたわけじゃないのに、側にいても嫌とは感じねぇんだよ……。
──クソッ!
そんでこんなに振り回されなきゃならない。
初めて会った奴なのに。
どのくらい待っても美夜は喋ろうとしない。
本当に俺への感情を“憧れ”にするつよりのようだ。
「ハッ! お前の演技すごいな」
それは、口をついて出た言葉だった。
でも、そうなるんだろ……?
「昨日のアレは嘘かよ……」
あれが演技ならたいしたもんだ。
俳優として絶対に売れるだろう。
「あぁ、分かった。先輩と後輩な」
「…………」
自分でも驚くくらい、冷めた口調が出る。けど、抑えるなんて無理だった。
美夜のしたいことが、ホントに分かんねぇ。
そんなに偽って何がしてぇのか、理解できない。
「お前と話してると、ホント疲れるな」
あぁあ。
泣きそうな顔してんな、コイツ。
けどもう、優しくなんて出来ねぇよ。
俺は十分、コイツの好意に答えようとしたんだ。
これ以上、どうしろって言うんだよ。
「じゃぁな、美夜」
そう言って教室から出た俺は、溜まっていたイライラが抑え切れず、少し離れた場所にあったゴミ箱を蹴った。
幸い中身は少なく、倒れても散らばったりはしない。
だから、蹴った衝撃で凹んだ跡を見ても、倒れたゴミ箱を直すことはせずに通り過ぎた。
それでも、治まることをしらないムカムカは、衝動をぶち撒けたくてしょうがなくなる。
あぁ、イライラする……。
突然現れて、振り回して、頬を赤く染めたあと、それを憧れで好きだとかほざく。
鈍感って言われる俺でも分かるくらい、美夜から伝わる気持ちは“恋愛”って言う意味で好きなはずだ。
それを全部、否定するのなら──。
「どれが、本当なんだよ……」
分かんなくなるだろうが、お前の気持ちが──。
✻ ✻ ✻
それからバルコニーに足を運ぶと、一緒に登校して来た仲間の姿は見当たらなかった。
多分、奏介たちは朝礼に参加したんだろう。
正直に言って、助かった。
この荒れた感情は流石にコントロール出来そうになかったから。
鞄からまた封の開けてないタバコを取り出す。
未だに慣れないタバコをどうして吸おうと思ったのか、自分でも心境が良く分からなかった。
いや、分からないのはこの憂さ晴らしの方法かもしれない。
中学校に入ってから滅多に他人の言動に対して、感情の影響を受けなくなっていたのに、昨日眠っていた美夜を見てから何かが腹の中に棲みついてしまったようだった。
「もう、ヤケだな……」
黎が使っているソファの近くに転がっていた灰皿を拝借すると、箱から取り出した一本のタバコにライターで火をつけた。
普段吸わないタバコに手を出すなんて、奏介たちが見たら驚くだろう。
そもそも始めた切っ掛けも、普段使いではなく、付き合いからだった。
不良が集まる暴走族だけあって、『赤龍』のメンバーもタバコを吸う奴が多い。
それは、先代たちもだ。
同盟傘下を含めた総会議では偶に先代たちが集まることがしばしばあって、総長である俺は挨拶周りで話すことが多かった。
その時に勧められたものを毎回断わるのも悪く思えて来て、付き合いの場だけでも吸うようになったのだ。
無理矢理とか、そんなんじゃない。
家族である両親も、二つ上の姉も喫煙者だ。
それに、毎日家にいる屈強な男たちの中にはヘビースモーカーと言われる奴もいた。
幼いながらに良く縁側で肩を並べて吸ってるいるのを見かけていたのは毎日のことだ。
そんな家族の中で、どうしてか俺はタバコを美味しいとは思えなかった。
何が良いのか分からない。
それだけで、つまり、もともと吸えないことはないのだ。
そう言う環境で育ったのだから、遺伝子的にも有りな方なんだったのだろう。
ただ滅多にニコチン摂取の衝動がないだけで……。
おかげで先代たちとの付き合いも悪くない。
「この前吸ったのはいつだったか……」
記憶を辿って、「あぁ」と呟く。
秋頃だ。と思い出した。
奏介たちが気付いたらなんて言うだろう。きっと茶化して来るに違いない。
そうなれば、絶対に俺は八つ当たりするだろうから居なくて正解だ。
それに、こんな姿を尊敬してくれる藍と蒼には見せられないしな。
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