第19話
言えないのがもどかしい。
全部、思ったことを言えないのが苦しい。
「……もういいじゃん。ちゃんと謝って、ありがとうって言ったでしょ」
「てめぇはッ! あぁぁ、もういい。次の質問だ」
苛立ちを見せる來。その様子に私の心も落ち込んでいた。
「それで、俺の名前を知ってたのは?」
来た。と、思った。
來にとっては、きっとこの質問が一番気掛かりだっただろう。
昨日は慌ててたせいで答えられなかったけど、なんて答えようか迷ってしまう。
街中で出会った言い訳なんて沢山浮かぶ。
私は中でも適当に、ありがちな話しで躱すことにした。
「……前に、男たちに絡まれてた時、助けもらったことがあって。そのあと友達に聞いただけだよ」
うん。來は優しいから絡まれた女の子を見かけたら、きっと助けるだろう。我ながら良い話しだ。
「友達が言ってたよー。赤髪と龍のピアスは有名だって」
「へぇ、なるほど。俺が助けたと……」
そう言って私を見つめる來。その視線にドキッとした。
まるで嘘を見破られたような──、
「それ、ウソだろ?」
「……え?」
──固まってしまった。
直ぐに見破られたことに驚きを隠せない。
バレた!? な、なんで……、って言うか決めつけるの早くなぁい!?
來は立ち上がると、視線を黒板の方へ向ける。
「俺は赤龍に入ってからいつもあいつ等と共にいたんだ。もし、その話しが本当なら、俺が忘れててもあいつ等が覚えてるはずだ」
そう言うと、私を見下ろした。
「けど、誰一人知らねぇ、覚えててねぇってんなら、その助けた奴とやらは、俺じゃねぇ。残念だったな、俺じゃなくて」
────。
やってしまったと、思った。
來が悲しそうな顔を浮かべたから。
來が私から距離を取ったのが分かったから。
どうしよう……。
私、今、來に酷いことした──。
「俺に嘘をつくんじゃねぇ」
──ビクッ!
本当に怒らせてしまったのが、低い声音から伝わって来て、思わず目を逸らした。
下を向いてしまう。
呼吸がちゃんと出来てる感じがしなくて、息が苦しかった。
「美夜」
名前を呼ばれて、ゆっくり顔を上げた。
怖いのに、來に呼ばれると無視できない。
「本当のことを話せ」
肌を射すような──、それでいて、心の中を見透かすような視線を浴びせられた。
今の私はどんな顔で來を見ているんだろう。
全国トップクラスの圧力に、頭がくらくらした。
「もう一度聞くぞ。俺の名前をどこで知った?」
「……い、……いえ、ない……」
どうして顔を下げてしまう。
今の來を見ていられなかった。
「あ? 言えない?」
「ッ……、ご、ごめんなさい……」
怖い。
こんなふうに責められたのは初めてで、対応しきれない。
喧嘩を吹っ掛けられるのとはワケが違う──!
どうしよう。
正体をバラす?
そんなの絶対に無理だ。夜叉姫なんてバレたら私は全校生徒から白眼視される。
それくらいで済むならまだいいけど、他の族に良いように利用されて、神鬼の迷惑になることだけは嫌だ。
それに──。
「──ごめんなさい……」
來にこれ以上、嫌われたくない──。
好きになっちゃいけない恋でも。先なんてない恋だとしても。
遠くで見てることは許して欲しいから。
「……分かった。もう、聞かねぇよ」
どこか、投げやりな言葉に、私はぎゅっと胸が締め付けられた。
來は今、どんな顔でその言葉を吐いてる?
どんな思いで私を見てる?
その答えを知るのが怖くて、來を見上げられない。
「ハァ……」
また、ため息……。
ウソなんて言うんじゃなかった。こんなに怒るなんて思ってもみなかった。
「──にしても、お前って嘘つくの下手な。
他の奴等と同じって言うんなら、先輩から聞いたとか、男子から聞いたとか言えばいいのに」
もう一度、視線を合わせるように膝を折ってくれた來に、私は來を見てしまった。
「俺を見て惚れた女は、そうやって自然と耳にするもんだよ」
あ、そうなんだ?
いや、そりゃそうだ。確かに來たちは都内では顔の聞く有名人なんだから、情報通な子に聞けば普通に知られるだろう……。
いや、それが普通なのかもしれない。
あぁぁぁ!!
そうだよね!? この学校に来て來たちを知った女子生徒なんて直ぐに耳にするよね!?
思わず顔を隠くして項垂れた。
嘘が下手と言われても、言い返しようがない。
「お前は、他の女とはやっぱり違うな。
カッコイイからとか、赤龍の総長だからとか、上辺だけ見て言い寄ってくる奴等とは全然違う」
そう言って囁くように、「それは良かったな」と目元を和らげながら呟いた。
私には何が良かったのか分からなかった。
それでも、微笑む顔が見れたのは私にも良かったと思える。
「まぁ、コレで。その他大勢とは一緒に見てやれねぇけどな」
ニヤリと面白そうに笑う來。
「だからコレ以上、俺を怒らせるなよ」
「……うん」
その辺は、大丈夫だと思う。
「來──」
だって……、
「私は赤龍と関わる気はないから、だから、安心していいよ?」
私の行動で、神鬼を危ない目には遭わせられないから。
だから赤龍とは一定の距離を保たなければならない。
「──は?」
「私は赤龍の縄張りに勝手に入った。そのことには謝るけど、みんなと関わるつもりはないの……」
敵の暴走族に関わるのは、スパイ行為のようで嫌だ。
悠貴にも言われたけど、私は学校生活を普通に過ごして行きたい。
「なんだよ、それ……」
來を傷つけしまったけど、今、こうして話せていることが単純に嬉しい。
昨日のことが無かったらきっと、藍泉学園のトップの不良と、優等生を気取ったお嬢様の私なんて、言葉を交わすことは無かったはずだから。
それにただでさえ、敵同士と知ったのだ。普段の私だったら、絶対に避けている存在だ。
だから、元に戻さないといけない。
「私と來はただの先輩と後輩だよ」
「はぁ? お前は俺が好きなんじゃねぇのかよ」
その言葉に私は口を固く閉じた。
自分の気持ちにはちゃんと気付いてる。だけど、首を縦には振れない。
「私は……」
そう口にすると、悠貴に云われた言葉がフラッシュバックした。
『近づいて、惚れたりなんかすんなよ?』
──わかってる。好きになっちゃダメだ。
私には何よりも優先すべきことがあるんだから。
ギュッと手を握りしめた。
「……好きじゃない。そう言う意味なんかじゃない」
伝えちゃだめだ。ちゃんと断って、この気持ちは心の中にずっと押し込めるんだ。
いつかこの感情が消えてなくなるまで蓋をしないといけない。
「なッ!? ふざけんなよ……!?」
きっとこの感情は、別の所から来てるものなんだ。
「──憧れてる。だから、見守ってる」
「はぁ? 憧れ?」
この感情はそう云う種類の“好き”にしよう。
そうすれば、問題ない。
何も、心配することはない。
『美夜、お前は“女”だ』
認められたいんだ。
私があの人の代わりに、総長になってもいいって。
あの人にしたことを、許してやってもいいって。
みんなから許してもらいたい──。
その為なら、私はこの感情なんて無視出来るんだよ。
「お前、無理があるだろ」
無理じゃない。
この感情は恋じゃない。
そうじゃなきゃ、私が『夜叉姫』でなくなっちゃう。
「──ハッ! お前の演技はすごいな。昨日のアレは嘘だったのかよ……」
昨日の……?
「あぁ、分かった。先輩と後輩な」
「…………」
來の冷めた口調に、私は何も言えずにいた。
拒絶しておいて、拒絶されることに傷つくなんて、バカげてる。
でも、やっぱり。來からの言葉は心を抉られる。
「お前と話してると、ホント疲れるな」
────。
「じゃぁな、美夜」
そう言って來は、今度はちゃんとドアから鍵を開けて出て行った。
そのあと、廊下からドンッと言う音が聞こえて、ビクッと肩が跳ねた。
………結局。嫌われたかもしれない。
「かも、じゃないか……」
嫌われたんだ。
怒らせたんだ。
こんなの全部、自分が悪い。
自業自得じゃないか──。
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