第二章 気持ち
言えない気持ち
第18話
愁兄と一緒に歩く登校道。
学校の敷地内に入って生徒玄関まで道のりで、後ろから騒がしい声が聞こえた。
気になって振り返ってみると、集団で登校して来たらしい男子生徒たちを見て私はギクッとする。
昨日の放課後にやらかしてしまったこと思い出して、冷や汗が出てきた。
向こうは後ろ姿から既に予想が付いていたみたいで、「やっぱり」とか「兄妹仲いいんだな」とかぼやいているのが聞こえた。
集団の中の一人と目が合うと、強い眼差しで見つめられていて離せなくなる。
これはもしかしたら、今すぐ逃げた方が良いかもしれない。
「あいつ等は……って、おい。後ろ向きで歩くと危ないぞ」
私が後ろを振り向いた時に一緒に立ち止まってくれた愁兄が、じりじりと後退する私の様子を訝しみながら注意してくれる。
けど、そんなことは気にしていられなかった。
目先にいるのは、昨日の帰りに靴に履き替えず飛び出すことになった原因のメンバー……、もとい、赤龍のメンバーが揃っているのだ。
そして、私はハッキリと言ってしまった。目が合っている人に対して、幼稚な言葉を。
「何逃げてるんだよ?」
「い、色々あるの!」
「はぁ? あー……。まさか昨日、バルコニーで寝たのか?」
「──え?」
まさかって、どう言うこと!?
「あ、イヤ……。何でもない、気にするな」
「ちょっと、愁兄!?
愁兄がバルコニーを教えてくれたんだよね!?」
「あぁ、そうだな。けど、ソファが置いてあっただろ。
美夜なら『赤龍』を避けるのに使わないかもと思ってだな」
それは、確かに一瞬考えたけど……。
「あぁ、ホラ来たぞ。紅坂來が」
「ふぇ!?」
見ると、ホントだった。來が集団から離れて一人で走って来ている。
しかもなんか、オーラが不吉だ。
「や、ヤバイ……」
「だなぁ。ま、鬼ごっこ頑張れ」
「なっ! 愁兄のバカッ! ──って、逃げなきゃ!!」
「今度、好きなもん買ってやるからな!」
「約束だからね!」
愁兄と別れると、私は素早く目の前の昇降口に入り、下駄箱に靴をしまった。
持って来た上履きに履き替えると、階段を跳ねるように上る。
当てはなかったから、とりあえず屋上を目指した。
息を切らして、逃げながら考える。
屋上に逃げても問題ないのかな?
どこかの教室に入った方が良いような気がする。
今は3階の階段を上がった所だ。
4階で探すか、屋上まで行っちゃうか。──仕方ない、4階で隠れる場所を探そう。
悩んだ末にそう思って4階へと上がり切ると、直ぐに半開きになっていた教室を見つけた。
私は思い切ってそこへ逃げ込み、鍵を掛ける。
「──はぁぁぁ……。ここなら、多分だよね……」
ズルズルとその場にしゃがみ込んで、ドアに寄り掛かると息を整えた。
朝から急な走りは身体に良くないと思う。
すると、ふわっと風を感じた。
窓を見ると目の前の窓が二枚ほど開いて、そこから涼しい風が入って来ているようだった。
身体が火照っていた私はもっと風に当たりたくて、誘われたように窓へと四つん這いになって近づいた。
その時、ガチャガチャと鍵を掛けた扉に手を掛けたような音がして驚いた。
振り返ると、影が写り込んでいる。
ガチャガチャと何度も開けようとする物音が響いて、開けられないことに諦めたのか音がやんだ。
人影が横を見る。それから、歩き出した人影だったが、教室の真ん中辺りで立ち止まった。
まさかと思った。
影が動いて、小窓に手が伸ばしたような気がした。
私は身体を強張らせて息を呑む。
見つかった……。
そう思った瞬間、やっぱり小窓が開かれて、そこにいた人物とパチリと目が合ってしまった。
「見つけた──」
「ッ……!!」
身体が自然と後ずさり、その内、壁に背中が付いた。
來は縁を掴むと運動神経の良さを活かした動きを見せる。枠に飛び乗って教室に入って来たのだ。
「よぉ。やっと捕まえたぜ、美夜」
「えぇと……。お、おはよう、來さん……?」
内心では、「なんでココが分かったの!?」と驚くばかりで、状況が呑み込めてなかった。
ただ、身の危険だけはちゃんと感じていた。
こっち来る前にご丁寧に入って来た窓を締める來。しかも、鍵まで掛けて私の方へと近寄って来た。
鍵を締めた時のカチャンって音が私にも聞こえて、訳のわからない恐怖に泣きたくなった。
わ、わたし何されちゃうんだろう……。
「俺を振り回しやがって。覚悟しろよ?」
ヒクッと肩が跳ねる。
殺気立ってはないが、すごく怒っているのは眉間の剣幕から分かった。
──そりゃ、そうだよね!?
記憶違いじゃなかったら、私は來に対して暴言を吐いてるんだもんね!?
迫ってくる來に対して、壁に追い込まれた私はこれ以上逃げられなかった。
直ぐ近くまでやって来た來が、目の高さを合わせるようにしゃがむ。
「──んで?」
満面の笑みに私はヒッと喉を鳴らしていた。
「昨日の“バカ”とはどういう了見だ?」
確かに口元は笑っていた。けど、瞳は真っ直ぐ私を見つめていて、その眼差しは笑ってないように思えた。
いや、多分、実際に笑ってないのだろう……。
完全に身が竦んでいた私は何も喋れなかった。
「説明しろよ」
來が聞いて来る。一度視線を外して頭を掻くと、溜め息をついていた。
また視線を向けられた時には眼差しは平常に戻っていて、怒っている様子はなかった。
「色々と聞きたいことはあるが──、俺たちの縄張りにいた理由。赤龍に近づいてきた理由をまず教えろ。
あと、どうして俺の名前を知ってんだ?」
聞かれた質問は昨日のことについてだった。そして、最後の質問に気付いた。
──あぁ、そっか。來はまだ、私の正体を知らないんだ……。
そりゃ学生の力じゃ、何回ハッキングしたって詳しく出てこないよね。
きっと私の情報が出てきても、内容は性別や年齢などの基本的な個人情報に、家族構成、通ってきた出身校くらいだけだと思う。
もしかしたら、両親の仕事くらいは出て来るかもしれないが、愁兄のことを知っているであろう來たちには大した情報にならないだろう。
『神鬼』との関係なんて、どんなに調べても出てこないようになっている。
父の会社の情報管理課に、仲のいい情報屋。そんなプロの人達で私の情報は管理されているから、並のハッカー程度じゃ、ブロッキングを突破するなんて不可能だ。
そう分かってても、本人に教えてもらったのに何で知ってんだって問出されるのは心外で……。
複雑だなぁ……。
來に正体を気付いてもらえないこの状況は、何一つ喜べるようなものじゃなかった。
「──最初の質問、赤龍に近づいた理由だったよね」
「あぁ」
「答えは単純で、私がバルコニーにいたのは寝たかっただけ」
「あ?」
私は視線をそらして、昨日のことの流れを説明する。
「昨日はお兄ちゃんと登校した後、バルコニーの存在を知ったの。
赤龍の溜まり場なのは、まぁ、直ぐに分かったんだけど……。赤龍は女に手を出さないって、噂でそう聞いてたし、こっちから危害は加える真似さえしなければ別に大丈夫かなって思って……」
「ハァ!? だからって……、お前はバカなのか」
ムッ。今のはちょっとカチンとくるな。
頭はいい方なのに、バカって言われるのは不本意だ。
「いくら手を出さないっていっても、そのまま寝る女がいるかよ」
「別に暴走族に慣れてれるし」
「だからって、暴走族に入ってるワケでもねぇんだろ?」
その質問には心の中で答えた。
いえ、入ってます。
そう言いたかったけど、言える訳もなく、私は黙ってしまった。
ムスッとしていると、そんな態度を見た來は何度目かの溜め息を零す。
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