第5話

コーヒーを飲んでいると、「あぁそうだ」と言って立ち上がり、スティック型の小袋を持ってきた。



「クリームだ。使え」



 そう言われてクリームの粉末を少し入れて混ぜると、ミルクのまろやかな味わいが加わり飲みやすくなった。



「甘くて美味しいですね」


「好みが合って良かったよ。

 豆もクリームも息子が選んで置いていったやつだがな」


「……息子さんって生徒会長でしたよね」


「あぁ。美夜さんの兄、愁さんと同じ3年生だ。話す機会があったら遊んでやってくれ」


「……はい」



 頷いてみせたが内心は不服だった。


 そんなのいやだ!


 御曹司なんかに絶対に関わりたくない!!


 そんな心の叫びが表に出てたのか、理事長が小さく笑った。



「話しに聞いてた通り、御曹司とお嬢様が嫌いみたいだな」


「……中学校で散々な目に合ってきたので」



 私は中学生の頃、過去に一度転校をしている。


 前の学校はお坊ちゃまお嬢さま校で、私も含めてお金持ちやら、会社幹部クラスのご子息令嬢やらが通う私立の学校だった。


 そこで私はいやなことを体験して、普通の中学校に転校したことがあるのだ。


 以来、私は御曹司やお嬢様と関わるのが苦手になっている。



「聞いてる。だから息子には適当で良い。

 美夜さんが相手にしないといけないのは『赤龍』だからな」



 ──『赤龍』──


 全国No.1の暴走族で、構成員の8割がこの学校に通っていると云われている不良集団だ。


 つまりこの学校は『赤龍』の城であり、住処すみかでもあると云うこと。



「どっちも適度に関わるつもりです」


「それでも構わないが、周囲が許さないだろうな」



 その言い方には引っ掛かるものがあった。


 けれど誰が赤龍と関わるようにたいのか検討がつかず、それを尋ねる前に理事長が話しを続けた。



「まぁ喧嘩にならないように気をつけてくれ。

 美夜さんの正体がバレて赤龍と喧嘩することにでもなったら俺でも手に負えない」


「はい、気をつけます」


「仲良くしてくれる分には構わないが」


「それは無理でしょう。自分の縄張りに敵がいれば、威嚇するのは当然のことです」


「まぁ、そうだな。普通なら」



 理事長はコーヒーを飲み終えるとカップを置いて聞いてきた。



「そう言えば、一つ聞きたいことがあるんだが。

 どうして美夜さんは『神鬼』の総長になったんだ?」


「それ、は……」



 同じ質問を前にも仲間から聞かれたことがある。


 レディースじゃない暴走族の世界で、女が総長になるのは珍しいからだ。


 制服の下の首にかけているネックレスを握り締める。


 それでも私が総長になったのは──。



「先代から『神鬼』のことを“任せる”と託されたんです。

 私はその約束を守り抜くために総長になりました」


「……なるほど」



 そう言って頷いた理事長は不敵な笑みを浮かべた。



「美夜さんの覚悟がどれくらいなのかは分かった。赤龍の総長よりはしっかりしてるな」


「……ありがとうございます」



 微妙な反応だと少し複雑な気持ちを抱いた。


 きっと下っ端のみんなを引っ張って行く立場としては、これだけの意思では弱いってことなのだろう。


 私自身、約束があったからこの立場に就いただけだと言う思いがあるのは否めなかった。



「さて、そろそろ『赤龍』の新入生が来る時間だ。美夜さんは会わない方が良いだろう」


「はい」



 まだ残っていたコーヒーを飲み終えると、理事長は窓を見ながら仄かに笑った。



「何かあったらいつでも来て良い。

 それと、さっきも言ったように気が向けば両親の話しもしてやる」


「それは是非、お願いします」



 最後に笑って挨拶をすると、扉の前に立ち「失礼しました」と頭を下げてから部屋を出た。


 少し離れた所まで歩いて来てから溜め息をつく。


 緊張した。けれど、最初の威圧感は話している最中になくなり、話しやすくて優しい印象を持てた。


 まさか総長になった理由を聞かれるなんて思わなかったけど、理事長ももしかしたら学生の頃には総長だったかもしれない。


 そう思うと、あの質問はとても意味があるものだったと思えた。


 あまり良い返答が出来なかったのが少し悔しいが、率直な意見の方が返って良かったと思うことにしよう。



 ──さて、と。


 愁兄が言ってたところにでも行こうかなと思って3階へと階段を上がることにした。


 窓の外を見ながらバルコニーを探して歩いていると、そこ・・は直ぐに見つかった。


 場所は理事室のある校舎の端とは反対側で、中が物置きになってる第二音楽室の前だった。


 外に出られるドアがあって、その先には狭くても開けた場所があり、昼寝にはもってこいの良い場所だった。


 ただし、一つ問題が……。



「──って!? ソファあるし、完全に溜まり場じゃん!」



 これは絶対にアレだろう。疑いようもない程、ピッタリな居場所と化している。


 そう、アレ──とは、つまり。


 この学校を城にしてる、全国No.1『赤龍』の住処すみかのことだ。


 もろもろ幹部たちの溜まり場ぽいんですけど……。


 一体、お兄ちゃんは何を考えているのだろう。


 いや、確かに女には優しいって噂は聞くけどさ。流石にヤバくないですか、お兄様。


 さて困った。これから場所を探すとなると昼寝する時間なくなってしまう。


 別に、暴走族の奴等なんか怖くないし、喧嘩になっても勝つ自信はあるが……。


 ううーん……。


 まぁ、いっか。寝ちゃおっと!


 これから理事長は赤龍のメンバーに会うと言っていた。もしかしたらここには寄らずに教室へ直行するかもしれない。


 そう思って私は上履きを脱いで二人掛け用ソファへと寝転がった。


 革製でもふかふかのソファの寝心地はとても良く、晴天で気温が高かったこともあって、私は直ぐに夢の中へと旅立っていった──。

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