第24話
職員室に着くと私は扉をノックしてから、入って直ぐの所で止まった。
「失礼しまーす。1年6組の白雪です。シカちゃん先生いますかー?」
私が声を上げると、奥のディスクでパソコンと向き合っていた鹿羽先生が立ち上がり姿を見せる。
そして私を見ると溜め息を零した。
シカちゃんひどい。私だと知った途端にあんな溜め息つくなんて。
まだ問題は起こしてないと思うんだけどなぁ。
様子を見ていると隣りの先生に揶揄われたのか、二言会話をしたあと私のところへとやって来た。
「おい、美夜! 職員室ではちゃんと鹿羽先生と呼べ!」
「えー」
「シカちゃんなんて言ってるのはお前らだけだんだぞ」
それはそうなんだけどさぁ。
他の先生の前で言えなくなるのは残念だな。
「おい。心底残念そうな顔すんな」
「だってぇ、せっかくの可愛い──」
諦め悪く口を尖らせると、鹿羽先生から不穏な空気が漂い始めた。
これ以上は本当に怒りだしそうで、私は「はーい」と返事をする。
「これからはちゃんと職員室では鹿羽先生って呼びますから」
「そうしろ。それで何の用なんだ?
もう授業のチャイムなるぞ。まぁお前には関係なさそうだけどな」
「そうですね」
「そうですねじゃねぇよ!」
「えぇぇ」
先生から言ったのにー。
しかも、黙認してるのにー。
そう思ったけど、「それで」と言った先生の先を促す視線に、私は何も言わずに本題へ入った。
「林間学校の日付を教えて欲しいんです」
「林間学校? 後で色々話すのにわざわざ確認しに来たのか?」
確かに、先生からしたら“わざわざ”って思うかもしれない。
けど、悠貴がメールで催促をして来たってことは、既に陽光の課外授業の日付は分かってるってことだ。
つまり、あとは私の報告待ちと言うことで。それならあまり待たせておくのも申し訳ない。
「事情があって、今聞いておきたいんです」
「そうかい。確か林間学校は27日と28日だったな」
──てことは、二週間後になるんだ。
「ありがとうございます」
「おう。あぁ、そうだ。美夜、このあと暇だよな?」
そう聞かれて私は、章と柊真に言ったことを思い出す。
「いえ、授業に参加するつもりですけど……」
「そうなのか。でも、お前には授業よりも大切なことがあるんだ」
先生が生徒相手に口にするとは思えない言葉を言い切ると、大きな手が肩に置かれた。
掛かった手に私は嫌な予感がして、目を反らしながら「えーと」と必死に立ち去る理由を考えていると、先生が続けて言う。
「6校時に配る予定のプリントが留め終わってないんだよな。
どうやらかなり優秀らしい美夜サンなら、簡単な作業くらい1時間で終わるだろうし、優等生のお手本とも言われていたらしいんだから、きっと手伝ってくれるよな?」
長々と煽り文句を並べた鹿羽先生は、随分と私のことを知っているらしい。
それに、どうやら挑発して来ているみたいだ。
分かりきった挑発に乗る必要なんてないとは分かっていたが、先生の話し方は私の負けず嫌いな性格を突き動かすのには十分で。
──とは言え、手の平の上で踊らされていると思われるのも嫌で、私はたっぷりと溜め息をついてからニッコリと微笑んだ。
「良いですよ。手伝って差しあげます」
そう嫌味たらしく言った私の意に反して、先生はこの反応はお見通しだったのか、「おう」と明るく返してポンっと肩を軽く叩いた。
「存分に手伝ってくれたまえ」
──何か、負けた気分っ。
先生の挑戦に乗った時点で不利なのは分かってたけど、まさか全然反応しないなんて思わなくて、私は口角が引き攣る。
「んじゃ、先に資料室で待っててくれ。資料を持って来るから」
「……はーい」
先生の頼みを断るのを諦めた私は素直に返事をして、隣りの資料室に向かった。
暫くすると先生がプリントを持ってやって来た。──が、その量を見て言葉を失う。
「せ、先生? なんか無関係なのも混ざってませんか?」
「いやぁ悪いが、三年のテストの採点と、レジュメのホッチキス留めも頼んだわ」
「はい!?」
「お前が優秀なのは理事長からも、兄からも聞かされている。大いにその才能を振るってくれ給え」
そう言って持って来た物を机に並べた先生は、声高らかに笑って部屋から出ていった。
目の前に置かれた山積みの紙を見て、私は叫ばずにはいられず、声を上げる。
「──ぁんの、鬼教師ッ!!」
こうして不本意ながらも先生の仕事の手伝いをするハメになった私は、50分と言う限られた時間の中で、三つの作業を終わらせなければならず、黙々と手を動かし始めた。
最初は林間学校の資料とレジュメのホッチキス留めをすることにして。章と柊真に簡単に事情を説明したメールを送り、やりやすいように紙を並べ直した。
───
──────
───
授業が終わる5分前になると、様子を見に来たらしい鹿羽先生がやって来た。
「どうだー?」
「とぉ〜っくに、終わってますよ」
作業は十分前に終わっていた。
今は携帯で音楽を聞きながら、淳平から動画と一緒に送られていたゲームをしている。
終わっても先生の所に行かなかったのは、これ以上の仕事をもらいたくなかったからだ。
「おいおい、終わったら報告に来いよなぁ。──おぉ、さすが白雪家の娘だな。採点も問題なさそうだ」
「やっぱり私を試してましたね? もう、面倒だからって私に振らないで下さいよ!」
家の手伝いで親の仕事の簡単な作業を手伝っていたとはいえ私はまだ学生で、本来ならまともに授業を受けてるはずだ。
こんな腕試しはもう二度と乗りたくない。
「良いじゃねぇか。内申に書くことが増えて」
「私が内申点に振り回されると思ってますか?」
「いいや、思わねぇな。悪かったって。
ほら駄賃をやるから、これで許してくれ」
私が物で懐柔させるなんて思っているのだろうか?
そう文句を言いそうになったけど、差し出されたものに私は飛びつきそうになった。
先生から差し出されたのは、缶コーヒーとお菓子だ。
飴やら、チョコやら、マシュマロやら。兎に角、駄菓子が沢山机に置かれた。
「マシュマロもっといるか?」
……!!
ま、まだポケットにあると……?
「────いります」
……ずるい。なんて、ずるい大人だ。
完全に私のことを熟知している。
「このメーカーのマシュマロが好きって、子供だな」
「なんとでもどうぞ」
誰が教えたのか知らないが、まさか好きなメーカーのマシュマロが手に入るなんて!
一個一個が大きくて、動物の形をしたマシュマロは子供の頃から好きなお菓子だった。
今日みたいに手伝いで買収されても良いと思えるくらいには好きで、大人になってもこのお菓子はやめられそうにない。
「んじゃ、林間学校の資料運んで置いてくれな」
「分かりました」
「頼んだぞー」
先生から開放された私は、自分で作った林間学校のしおりを持って一足先に教室へ向かっていた。
すると、廊下の開いていた窓から風が入って来て、上の紙が数部飛ばされてしまった。
「わわっ!?」
あぁ、ついてないなぁ……。
散らばった紙を拾おうと膝を曲げて屈もうとすると、後ろから「拾うよ」と声が聞こえて、駆け寄って来てくれたのが分かった。
「ありがとうございます」
振り返る頃には優しい女子生徒は既に床に散らばった紙を拾ってくれていた。
顔は見えないが、さらさらの髪はショートヘアで暗めのブラウン色をしていて、前髪は三つ編みカチューシャにしてアレンジしているらしい。
それから集め終わった女子生徒が立ち上がると、正面から見据えられるようになる。
「はい」と言って手渡して来たその人は、制服のリボンの色からして先輩だったらしい。
目尻の下がったその柔らかい瞳と、愛嬌のある笑顔に、私はつい見惚れしまった。
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