第25話

身長は低いけれど、華奢な体つきをした先輩はこの学校では珍しいほど柔らかい雰囲気があった。


 声音も穏やかで、目元が和む笑顔は本当に可愛いらしい。



「大変そうだね。頑張って」



 そう言われてハッと我に返えると、慌ててもう一度お礼を言った。



「ありがとうございます」



 貰った紙を上に置いて抱え直すと、先輩は微笑んだまま去っていた。


 向かう先には同じ二年生を表す青色のリボンを付けた友達らしき二人がいて、遠目でこっちを見ていた。


 その友人二人に私は軽くお辞儀をしてから前を向く。


 あんなに可愛い先輩がいたんだな。


 男子がほっとくはずが無いから、さぞかしモテるだろう。



「愁兄の婚約者とはまた違った雰囲気があったし」



 階段を上がろうと角を曲がると正面に誰かが立って、ぶつかりそうになった。


 どうにか止まれたけど、腕が相手にぶつかってしまって慌てて「すみません」と謝る。



「僕は大丈夫。すごい量だね」



 その声にハッとして顔を上げると、立っていたのは『赤龍』のメンバーだった。


 來と常に一緒に行動している幹部の人たちだ。


 どうして此処にと思ったけれど、來のことを思い出した私は自然と警戒心に目を細めた。



「そんな敵意を剥き出しにしないでよ」


「そうだぞ。こっちはお前のせいで來がすごく不機嫌で、散歩に来たんだからな」


「……來が不機嫌?」


「全く、來の告白を振るなんてね。何が嫌なんだか」


「振るなんて……」



 私はただ親しく出来ないと伝えただけで。そもそも、告白なんてされてないし。



「まぁ、でも。ワケありぽいし、暫くは様子見するけどね」



 そう言った黒髪ストレートの男は私をちらりと見てから直ぐに後ろを見ていた。


 その時になって同じ青色のネクタイをしていることに気付く。



「知り合い、……ですか?」


「……ちょっとね」



 煮え切らない言葉に何かしらの関係性があることを悟った。



「美夜ちゃんはどうなの? 彼女と仲良い感じ?」


「いや、初めて会った人ですけど……」


「あぁ、そうなんだ。結構親しげだったから、知ってる仲なのかと思った」



 どこかほっとした表情を見るに、目の前の男に取ってさっきの先輩はあまり良い印象を持たれてないらしい。


 後ろにいる藍も──いや、幹部全員が睨みつけるような視線で私の後ろを見つめている。


 この様子だと、もしかしたら『赤龍』と関係がある人なのかもしれない。


 ──例えば、寵愛を受ける“姫”とか。


 もし“姫”だとしたら、來の元カノ、だったりするのかな……。



「あぁ言う、誰に対しても笑顔で優しく対応をする人なら側にいたのが私じゃなくてもそう見えるでしょうね」



 あぁ、推測で動揺するなんてバカバカしい……。


 自己嫌悪に陥っていると、私をまじまじと見つめて来た黒髪の男が指先を顎に添えて言った。



「そう言えば、美夜ちゃんは笑わないね」


「愛想がなくてすみません。私は誰かれ構わず仲良くするつもりはないので」



 素っ気なく返すと、隣の短髪の男が続ける。



「誰に足元を掬われるか分からないからか」



 ハッキリと気持ちを見抜かれたことに、私は何も言わず無言で返した。


 黎は愁兄とクラスメイトだ。


 何処まで仲良くしているのかは分からないが、同じ教室で過ごして来た間柄なのだから何か感じてるものがあるのかもしれない。



「俺はお前と仲良くなりたいんだが」


「なんのためにですか?」


「んなもん決まってるだろ。気になるんだよ。愁兄の妹で、來が気に入った女の子だからな」



 この人、私を珍獣か何かのように思ってないかな。



「私は『赤龍』と関わるつもりはありませんので」



 きっぱりと断ると、隣の黒髪があることに気付いたように手を打った。



「そう言えば僕たち、自己紹介してなかったね」


「おぉ、そうだったな! なるほど、名前も知らない奴だから警戒してるのか」


「なっ!? 違いますから……!!」



 なんで、そうなった!?


 確かに少しは名前も知らないことへの警戒もあるけど、來のことを突き放してるんだから、理由は明白だよね!?



「俺は八代黎だ。お前の兄貴とはクラスメイトで友達だな。テスト勉強で良く教えてもらってる」


「僕は藤村奏介ね。來と黎とは腐れ縁で幼馴染みなんだ」



 「な」と言って奏介が肘で腹を突くと、黎は怒る様子はなく「おう」と笑っていた。


 今までの会話や態度からも随分と深い信頼関係を感じてはいたけれど、幼馴染みと聞くと納得だ。



「そんで、後ろにいるのが──」


「都塚夕也だよ。よろしく。僕はみんなよりあとに赤龍に入ったから幼馴染みとかじゃないけど」


「はあ……」



 それでも幹部としてみんなと一緒にいるってことは、奏介たちと意気投合したのか、余程喧嘩が強いのかかな。


 蒼も結構人見知りだけど、夕也も大概警戒心が強いと思う。


 何て言うか言動に隙がないし、昨日もだけど私に対して対応に迷ってる節がある。


 それから奏介と黎の目が双子に向けられたが、気付いた藍は不遜な態度で私を見て言った。



「俺と蒼は同じクラスだから必要ねぇよな?」



 腕を組んだ姿勢はあからさまで、不機嫌なのが伝わってくる。


 來から朝の件を聞いただろうから私を嫌うことに納得出来るし、文句はないけれど、関わらないと來から離れたのだからそうツンツンしないで欲しい。



「さて。話しを戻すけど、美夜ちゃんは來のこと嫌い?」


「え……?」



 一体、何を話そうって言うの?



「おい、奏介。なに分かりきったことを聞いてるんだ?」


「一応ね。來に先輩後輩としていたいって言ったんだって?」



 随分と具体的な話しをしたんだな。



「そうですね」


「何が気に入らないの? 來が総長だから?」


「……そうですね」



 頷くと黎が割って入って来た。



「なら、來が『赤龍』をやめたら付き合うのか?」


「…………」



 その質問に私は頷けなかった。


 來が総長じゃなくなって、暴走族から引退したら、私は來に気持ちを伝えられるのだろうか……。


 『神鬼』の総長として、ただの男子高校生と付き合うのは多分、問題ない。


 來のことは好きだし、もし普通に先輩として再会していたら告白していただろうし。


 だけど……。



「……そんなことが出来るとは思えませんね」


『────』



 分かってしまったことがある。


 私は『神鬼』の総長である以上、優先すべきことがあるし、私は那久みたいに隠し通すなんて無理だ。


 來にも『赤龍』に残る理由があるだろうし、そう簡単に下りれるような地位じゃない。


 それに、奏介たちは良しとしないだろう。藍と蒼の態度を見れば尚更だ。


 思い入れが特に激しいから、辞めるとなれば一大事になる。


 それを來は、きっと知っている。



「來にだって気持ちがあって、ちゃんと意志がある。辞めるなんて考えらない」



 だから私と來は、相容れない存在なんだ。

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