第一章 再会

藍泉高校

第3話


 アラームの音楽を聞いて私は目が覚めた。


 のそりと動いてナイトテーブルに置かれた携帯を手に取ると、画面を操作してアラームを解除する。



「…………」



 ぽかぽかの布団は心地良く、閉じている瞼を上げるのが億劫だった。


 眠たくてこのまま二度寝をしてしまおうかと頭の片隅で思ったけれど、生憎あいにく今日は高校の入学式だ。


 初っ端からサボって先生からの印象を悪くするのは避けたい。


 それに、学校にはお兄ちゃんも一緒だから、休めば何か言われるかもしれない。



「……ふわぁ……」



 欠伸を零しながらベットから起き上がると、顔を洗うために浴室へと向かった。


 洗面台の鏡に立つと映るのは自分の姿。


 艶のある白髪に琥珀色の瞳。日本でも、海外でも珍しい変わった色だと思う。


 私_白雪しらゆき 美夜みやは生まれた時からこの白髪と琥珀の瞳をしていた。


 幼い頃は良くこの容姿でいじめられたりもしたけれど、成長するに連れて、太陽や光の加減では白銀に輝く髪も、宝石みたな金色の瞳も、周りの視線を釘付けにしてきたことで良いことも出てくるようになった。


 とは言え、人前に立つには苦労する色には変わりないが、私は一度も手放したいと思ったことはない。


 この容姿はお父さんの家系からの遺伝で、とても大切に思ってる。


 日本人の優しいお母さんと、そんな母を溺愛する日本とロシアのハーフなお父さん。


 娘の私から見ても本当に甘々な夫婦で、家族を溺愛するカッコイイお父さんから受け継いだ白髪と琥珀の瞳は私の自慢だった。


 中学生に進学してからは普段から茶髪のウィッグと、ブラウン色のカラーコンタクトで隠してはいるけれど……。


 顔を洗ってセットすると、街にいそうな学生らしい見た目に大変身する。



「──よし、問題ないね。あとは……」



 身支度を整えると、私は制服に着替えて朝食をとりに部屋を出た。


 エレベーターが着くまでボーとしていると、ふとあることに気づいた。



「──あ。そう言えば、今日は清掃が入る日だったな。戻ったら片付けとかないと」



 私が住んでいるのは、いわゆる高級マンションだ。


 リゾートホテル会社の最高責任者であるお父さんが建てたマンションでもあるから、セキュリティは万全だし、レストランや屋上庭園なんかもあって、設備も施設も充実してる。


 社長令嬢として暮らしていたけれど、数カ月前のある一件で、一人暮らしをしたいとお願いして、このマンションで今は暮らしている。


 一人暮らしをすることに最初は反対されたけど、オーナーとお兄ちゃんの協力もあって、実家から出てきた。


 こんな所に学生が住めるなんて、すごい贅沢な話しだよね……。


 それからポーンと音が鳴ってエレベーターが止まると、扉が開かれてホテルのような通路が伸びていた。


 真っ直ぐとしばらく歩み進むとレストランの受け付けに着き、洋ランチを頼んで空いている席を探した。


 そこで、窓際のカウンター席にお兄ちゃんがいることに気づいた。



「おはよ。愁兄」


「あぁ、美夜か。

 おはよ。珍しくちゃんと起きたんだな」


「そりゃぁ、今日は入学式だからねー」


「お利口さんだな。入学式でもサボる奴がいるから良かったよ」



 茶髪のウルフカットにブラウンの瞳をしたこの男は、私のお兄ちゃんだ。


 名前は、白雪しらゆきしゅう。同じ高校の3年生。


 本来の容姿は私と同じで、目立たないように茶髪のウィッグとブラウンのコンタクトを付けている。


 どっちの姿も“超”が付くほどカッコイイ、自慢のお兄ちゃんだ。



「私も式はサボっちゃおかなー」



 長時間もかかる式は、子供には苦痛でしかない。


 座ったまま同じ大勢だから地味に肩こるし、とにかく拘束されている感じがダルいのだ。


 呟くと愁兄が呆れた顔をして溜め息をついた。



「たく、ホントに不良まっしぐらだな」


「エヘヘ。でも、お兄ちゃんだってたまには喧嘩してるでしょ?」


「エヘヘじゃねぇよ……。それに俺は身体は動かさないと鈍るからだ」


「愁兄はそう簡単に鈍らないって」



 ふざけた調子で返す反面、本気で思う。


 手慣れた100人近くの男たちを相手に喧嘩で勝っちゃうんだから怖いんだよね……。


 雑談をしながら朝食を食べ終えると、私と愁兄は部屋に戻ってから一階のラウンジで待ち合わせることにした。



「おまたせ。行こ!」


「おぉ。……制服姿 似合ってるな。可愛い」


「ありがと!」



 今日から通う学校は藍泉らんせん高校と云う私立校だ。


 都内では二番目に敷地が広いと噂されていて、大学への進学率も高い進学校でもある。



「──うわぁ!

 すごいねぇ。校舎ってこんな感じだったんだ」


「本来なら試験の時に見れたのに、お前は裏口入学だったからなぁ」


「……それねー」



 そうなんだよねぇ。


 愁兄の言うとおり、私は本受験ではなく、特別な受験の下この高校に受かった。


 ──にしても。こんな学校に今日から通うなんて、半年前の私は思わなかっただろうな。


 膨大や敷地と、綺麗にされた建物に庭園。


 どこもかしこも手間がかけられていて、以前通っていた中学校と同じ感じがしてならない。


 お父さんからは「一般生徒が多いから大丈夫」って言われたけれど、本当にこの学校でやっていけるだろうか。


 ……あぁ、うん。


 駐車場と駐輪場は普通だとしても、正門から百メートルに生徒玄関っておかしい。しかも、寮だってあるし。


 どれだけのお金と時間をかけているのだろうか……。と、思いつつ玄関に向かうと、クラス表の張り紙がボードに貼られて出ていた。


 裏口入学の私は1組ではなく、6組のクラス表の前に立って上から順に見ていく。


 特別な試験を受けた私のような生徒たちは、既にクラスが決められているようなものだった。


 だから特別コースである6組をみた方が早いのだ。



「問題児枠だから当たり前だな」


「ムッ。お兄ちゃんひどい。秀才枠でも入ってるもん」


「悪かった。美夜は本当にお利口さんだよ」



 頬を膨らませて軽く睨むと愁兄は頭を優しく撫でてくれた。


 撫でられるのって気持ち良いんだよね。この撫でられてる感触は飽きない。……あぁ、終わっちゃった。


 最後にぽんぽんと優しく叩かれると愁兄は微笑んだ。



「俺はこれから生徒会の仕事あるから、美夜は適当に過ごしてろよ。

 あぁ、そうだ。寝るなら屋上じゃなくて、3階のバルコニーにしろ。屋上はテラスになってるから、2年生で煩くなる」


「あれ? 今日って全学年くるの?」


「いや、1年と3年だけだ。

 2年生はギリギリで進学した生徒の補習みたいなもんだな。これ出席すると来年の進学に役に立つんだよ」



 へぇ。どう役に──って、決まってるか。


 きっと出席日数か単位のどっちらかだろう。


 私もきっと、来年はその一人になるんだろうな。


 名前を確認したあと、昇降口へ移動すると上履きに履き替えた。


 校内へ上がると私と愁兄はここで別れることになる。



「美夜は先に理事長に挨拶だったな」


「うん。入試でお世話になったからね」


「しっかりお礼しとけよ」


「分かってるよ」



 そう言って愁兄とは逆方向へ廊下を歩きだすと、私は理事長室に向かうために近くの階段を上がった。

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