第2話 アムの村

 アムの村は、村の周りを柵で囲った50人程の小さな村だった。

その小さな村の真ん中に、周りに比べて少し大きな家があった。


ニージェスはその一番大きな家に真っ直ぐ進んでいった。

「村長は居るか?」


「ニージェス様、如何しましたか?」

村長は40過ぎの少し小太りの男だった。

その服装は、ヨーロッパ中世の平民を彷彿させる。

村長はニージェスを見て、次に巧を見た。


「魔物を討伐している最中に記憶喪失の人間を見つけてな。放り出すのも可哀想なので連れてきた」

ニージェスは巧を自分の横に並ばせて紹介した。


「記憶喪失ですと? しかも、こんな辺境に来るとは」

驚く村長。この村は辺境の開拓村であるため、滅多に人が来ないのだ。


「こやつはヤマト人だ」


「なんと! ヤマトは滅亡したはずでは?」

更に驚く村長。だが、村長はヤマト人ならば、ヤマトを襲った魔物から逃げているのではないかと疑問を持った。

それなら、こんな辺境に居るのも理解できる。


「恐ろしい魔物から逃げておるのではありますまいな?」

と村長が怖い顔をして、巧を睨み付けた。

だが、巧は言葉が分からなかったので、何故睨み付けられているのかさっぱりだった。


「こやつは、フローク語が喋れぬ。そうだ、ちょっと待て」

ニージェスは肩に下げていた袋の中から指輪を取り出した。

そして、何やら呪文を唱えた。

「良し。これを付けよ」

とニージェスは指輪を巧に渡した。


巧は、指輪を右手に付けた。

すると何だか指輪から温かいものが流れてくるような感じがした。


「これで、フローク語が理解できるはずだ」


巧は、こんな指輪でそんなことができるなんて信じられなかった。


「魔法指輪にヤマト語<=>フローク語の翻訳魔法をエンチャントしたのですな」

村長はニージェスの魔法技術に感嘆していた。


「た、確かに理解できるぞ」

巧は今まで全く分からなかった村長の言葉が突然理解できるようになったことに驚いた。


「これで意思疎通ができますな」

と村長はやれやれといった表情で言った。


「儂はこの開拓村の村長、ボージだ」


「僕は巧です」


「タクミか。それで、何故ここに来た?」


「それが、知らない間に草原に居たのです」

巧は、家で寝ていたら、いつの間にか草原にいたなどという荒唐無稽な話をするつもりはなかった。

それこそ、俺はありのまま見たことを話すぜを地で行かねばならない。

夢を見ていて飛ばされたなどという話をしても、理解してはくれないだろう。


「本当か? 嘘を言っているのではあるまいな?」

ボージは疑いの目で見ていた。


「本当です。いつの間にか草原にいたので驚いているのです」

巧は弁明をした。


「村長よ。そやつに追跡の魔法は掛かっておらぬ。それに魔物と争った痕跡も無い。魔物の追跡はあるまい」

ニージェスはそう言って村長を安心させた。

村長のボージもニージェスが言うのなら間違いはないだろうと追及を止めた。


「それで、用件は何ですかな?」

とボージは本題に入った。


「そやつを暫くこの村に置いてくれまいか? 強そうには見えぬ上、魔法も見たことがないと言っておる。それでは、流石に一緒に連れては行けぬ」

ニージェスは、ボージにそうお願いをした。


「仕方がありませんな。しっかり働いてもらえれば、ここに置くことに問題はありませんぞ」

とボージは村に滞在することを認めてくれた。

村では人手が必要な作業が多いため、若い男は大歓迎なのであった。


ニージェスと巧は、村長の家を出てニージェスが暮らしているという家に来ていた。

その家は数人が暮らせそうな広さがあるログハウスのような家であった。

この村には宿泊施設がないため、こういったよそ者や行商人が来ても対応できるように空き家がいくつか存在しているとのことだ。

「ここは、行商人などが一時的に宿泊することができる家でな。俺は1月前からここを利用させてもらっておる」

とニージェスは家の扉を開け中に入っていった。

巧は、ニージェスがその家に居るということは、この村の住人ではないということなんだなと推測した。

すると、家の中には1人の少女が椅子に座っていた。


「師匠! やっと帰ってきた!」

と少女はニージェスに言った。


「リオか。だが、師匠は止めろと言ったはずだ。まだ弟子を取るつもりはない」


「もう初級魔法を教えてもらったんだし、弟子でも良いでしょ」

とリオと呼ばれた少女は活気な一面を見せ反論した。

リオは茜色のショートカットに、緑色のチュニックに短めのズボンという出で立ちであった。

年は15くらい。体形はスレンダーで、活発な雰囲気を持つ少女であった。


「だが、もうそろそろ出発しようと思っておるのだ」


「えっ? ちょっと待ってよ。覚醒の儀までは待ってくれるって言ってたじゃない。覚醒の儀で魔術スキルが出れば連れて行ってくれるって約束を忘れたの?」


「覚醒の儀?」

と巧は、思わず2人の会話に割って入った。


「誰よあんた?」

と唐突に割り込んだ巧をリオは睨み付けた。


「僕はタクミという」

巧は自己紹介をした。


「そやつが草原で魔物に襲われていたのでな。助けついでにこの村に案内したのだ」

ニージェスはタクミとの経緯をかいつまんでリオに説明した。


「記憶喪失のヤマト人なんて胡散臭いわね」

などとリオは、初対面の人間に失礼なことを言い放った。

どうもこの子はタクミのことを良く思っていないのかもしれない。


巧は、好きでそうなった訳ではないんだけどなと心の中で愚痴を言った。


「覚醒の儀だが、もう予定の日は過ぎておるのだろう? いつまでも待つ訳にもいかぬのでな」


「キーリン教の司祭の到着が遅れているの。でも、もうすぐ到着するはずよ」


「ならば、もう2、3日待とう。それで来なければ出発する」

とニージェスはそれで諦めろと言いたげに言った。


「ニージェスさんは何処へ行くつもりなんですか?」

巧は、出発するというニージェスに聞いてみた。


「魔法の修行で世界中を回っておるのだ。この村の北にユーリスという島がある。そこに渡ってみるつもりだ」

巧は、またもや混乱していた。魔法の修行って世界中を周って会得するものなのかと。

どちらかと言うと書物などを読んだり、マスタークラスの人間に師事するのが定番なのではないかと疑問に思った。

ニージェスが言っている様はどちらかというと剣の武者修行という感じであった。


「世界中を旅して、何かを会得できればと思っておる」

ニージェスはあてのない旅で何かを会得したいようだった。


「師匠は丁度1月前この村に来て、私に魔法の才能があることを見抜き、初級魔法を教えてくれたの」

とリオは希望を与えてくれた救世主のようにニージェスを見つめるのだった。


その後、3人で固いパンと味の無い野菜スープを食べながら他愛もない話をした。


「このパンは随分と固いですね」

と巧が感想を言うと、


文句を言うなら取り上げるわよとリオにパンを取り上げられそうになったので、

文句じゃなく感想だからとかわし、パンをリオの魔の手からからくも守りきった。


2人のやり取りを見ていたニージェスが

「お主の国では、パンを食べぬのか?」

と聞いてきた。

ニージェスも滅亡したというヤマトの食文化に興味があるのかもしれない。


「僕の国では、米が主な食べ物です。米以外にもパン、パスタ、ピザ、うどん、ラーメン、そばなどが食べられています」


「はぁ? あんたの所、そんなに色々な食べ物があるの? パン以外は見たことも聞いたこともないわ」


リオの言葉を聞いて、巧はこの辺りの食事事情はそんなに良くないのかと思った。

ニージェスもヤマトの食文化が聞けて満足したのかそれ以上質問をしなかった。


食事を終えた所で、夜も更けてきたのでリオは自分の家に帰り、ニージェスと巧はベッドに入った。

この家のベッドは木のフレームに藁を詰めた袋を置き、その上に羊毛のマットレスを敷いたものだった。

毛布などはなく服のまま寝転がって寝るようだ。

寝心地はまあまあと言ったところで、疲れていた巧はあっさりと夢の中に旅立っていった。


あっさり眠りについた巧を見て、ニージェスは

「まさかな」

と言って眠りについたのだった。


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