第4話 リオ

リオは村から少し離れた丘で、両膝を抱え俯いていた。

「そう上手くは行かないものね」

リオは村から出て、大きな町に行きたいという希望があった。

だが、魔術師になる希望が潰えたことで、町に行く希望も潰えたと絶望していた。


「リオ」

ベイルがリオに近づき慰めようと声を掛けた。

「リオ、スキルのことは仕方がないさ。それに魔術師は魔物と戦わなくてはならない危険な仕事だよ」


「ベイル、それって魔術師にならなくて良かったとでも言いたいの?」

と怒りをはらんだ声にベイルは少し気後れしたが

「俺は、リオが魔術師にならなくて良かったと思ってる」

と自分の意思をキッパリと表明した。


キッとリオはベイルをにらみつけて

「1人にさせて!!」

とベイルを遠ざけた。


ベイルは今はリオをそっとしておこうと村へと帰っていった。


夕方になりリオは、ゆううつな気分で村に戻った。

しかし、自分の家に戻る気になれず、村の周りをフラフラしていた。

そこで、巧とニージェスが出発の準備をしている所に出くわした。

リオはとっさに物陰に隠れると、盗み見をしながら巧達を見ていた。


「どうして巧が師匠と一緒なの?」

どうやら巧はニージェスに一生懸命お願いをしているようだった。

「まさか、巧はニージェスと一緒に行こうとしているの?」

リオはニージェスと仲の良さそうな巧に嫉妬し、そのように思い込んだ。


ニージェスと巧は家に帰り最後の夕飯をすることにした。

リオも当然来るものと思って準備をしていたが、結局その日リオは来なかった。


――次の日の朝


ニージェスの出発の時が来た。

巧はニージェスの見送りに村の出入り口まで来ていた。


「結局、リオは来ぬか」

とニージェスは心なしか残念そうに言った。


「それだけショックだったんだろうな」

巧は、ニージェスを慕っていたリオの心をおもんばかった。


「それではな」

とニージェスは言い北へ向かって出発した。


巧は、手を振ってニージェスを見送った。

すると突然服の襟を掴まれ後ろに引き倒された。

「ぐへっ」

そこには、困惑した表情をしたリオがいた。

「あんた、師匠と一緒に行かないの?」

とリオは聞いた。


「俺が行っても足手まといだからね」

と巧は自虐を込めて言った。

巧は、魔物の跋扈する場所の危険性をニージェスに聞かされていた。

せめて、1人でゴブリン(緑の小男)くらい倒せないと旅は厳しいとの指摘を受けたのだった。


「じゃあ、何を師匠にお願いしていたのよ?」

とリオは聞いた。


「あの時の事を見ていたのか……。驚かすつもりだったが、見られていたのなら良いか」

と巧はサプライズすることを諦めたかのように言った。

「あれは、ニージェスにマジェスタ魔法学園への推薦状を書いてもらうよう頼んでいたんだよ」


「あんた、まさかマジェスタ魔法学園に裏口入学するために、師匠に推薦状を書いてもらった訳じゃないでしょうねぇ?」

とリオは言葉の節々に棘が混ざり始めた。表情も怒りモードだ。

マジェスタ魔法学園は巧達が居るフローク国が誇る最高の魔法学校である。

そこの卒業生はあらゆる分野で引っ張りだこだ。

そのため、裏口入学や不正入学が後を絶たず問題となっていた。

リオは、巧がニージェスにその片棒を担がせようとしているのだと思ったのだ。


「いやいや、俺じゃなくてリオのだよ」

巧は23にもなって、また学校に入りたいとは思ってもいなかった。

それに、マジェスタ魔法学園の正装も問題だった。

あのような恰好をさせる学校なら尚更嫌だった。


「へ? わ、私?」

リオは突然の提案に目を白黒させていた。


「私を裏口入学させるための推薦状??」

とリオは、訳の分からないことを口走った。


「いやいや、普通に入学するための推薦状!! だから向こうに行ったら実力を示さないといけないの!!」

ニージェスに聞いた所、付与術師はそこそこ貴重らしく、実力をある程度付けられれば入学は十分可能とのことだった。


「なんで私を?」

とリオは驚いた顔で巧に聞いた。


「付与術師は貴重だって聞いたからな。この村で付与術師をやるより、王都とかでやった方が世の中のためになる」


リオは巧の言葉を聞いて、嬉しくなった。

だが、リオは散々悪態をついていた相手にお礼を言うことが恥ずかしかったのか、小さな声でボソッとありがとうと言った。


「お礼ならニージェスに言ってくれ。まだ間に合うだろ?」

とリオのお礼を聞き逃さなかった巧は言った。


リオはハッと顔を上げ、小さくなっていくニージェスを走って追いかけた。

そして、顔が見える位置まで行き大声で

「師匠、ありがとう! 私、立派な付与術師になれるよう頑張る!」

と宣言した。


「ああ、次に会う時には一人前になっているのだぞ」

とニージェスは柄にも無く師匠面をして言った。


リオは満面の笑みでニージェスに手を振って見送った。


こうして、リオはニージェスに別れを告げることができ、心の重しも取れたのだった。



――少し遡って前日の夕方――――――――


巧は、ニージェスの出発の準備に付きまとっていた。


「ニージェス、マジェスタ魔法学園ってどういう所なんだ?」


「ふむ。異論も少々あるが、マジェスタ魔法学園はこの国最高の高等魔法学校だ」


「そこに入るにはどうすれば良い?」

と巧はニージェスにその術を聞いた。


「お主、マジェスタ魔法学園に入るつもりか?」

とニージェスは驚いた顔を巧に向けた。


「いやいや、俺じゃないよ。リオだ」


巧にそう言われて、ニージェスは少し考えた。

「付与術師は一般の魔術師よりも貴重な存在だ。そこそこの成績を納めれば入れると思うぞ。だが、試験を受けるには、推薦状が必要だ」


若き魔術師のエリートコースは高等魔法学校に入ることだ。

マジェスタ魔法学園も高等魔法学校のカテゴリーに入る。


この高等魔法学校の入学に年齢制限は無い。

優秀ならば、どの年齢でも入ることができた。

だが、優秀であることを証明する必要があった。

それを証明するイベントが毎年7月になると開催される入学試験である。


だが、マジェスタ魔法学園は更にもう1段階ハードルが高かった。

それが、ニージェスが言う推薦状である。


「ニージェス、頼む! リオのために推薦状を書いてくれないか?」

と巧はニージェスに頼み込んだ。


「ふむ。だが、なぜリオから邪険にされているお主が、それ程までにリオに良くするのだ?」

とニージェスは不思議がって巧に聞いた。


「自分の周りに居る人の不幸を見たくはないからかな」

と巧は漠然とした答えを言った。


「ふむ」

ニージェスは巧の言葉に考え込んだ。

ニージェスは受けた恩を返すという、礼儀の心得は持っていた。

だが、嫌な相手のために何かをすることなど考えたこともなかった。


「まだ、会って1日しか経っていないし、邪険にされているけど、リオは良い子だと思うよ。そんな子の希望が潰える所なんて俺は見たくないんだ」

そう、巧はリオが絶望的な顔をして走り去っていったことを鮮明に覚えていた。

知り合って間もなかったが、なんとかできないかなと巧は思った。

リオはニージェスと共に行きたいという希望を持っていた。

その理由は分からなかったが、その希望をその可能性を微かにでも良いから残してやりたかった。


そこで、ニージェスがマジェスタ魔法学園出身ということを、服装と肉体のアンバランスさと共に思い出した。

付与術師も魔法系統であることは間違い無い。

ならば、付与術師でもマジェスタ魔法学園に入れるのではないかと巧は思った。

マジェスタ魔法学園に入れば、高等な魔法技術が習得できる。

そうなれば、ニージェスと共に旅ができる可能性が出てくるのではないかと考えたのだ。


「分かった。俺もリオには世話になった。お礼になるかは分からぬが推薦状は書いておこう」


「ありがとう、ニージェス」


「だが、俺の推薦状に効果があるかは分からぬぞ?」


「何も無いよりは効果が有るだろう?」


「まあ、そうだな」

とニージェスは納得したのであった。

こうして、巧はマジェスタ魔法学園に入るための推薦状(効果は未知数)を手に入れた。

そして、出発の日の顛末を迎えることになる。


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