10話 出立
(ガラル歴533年2月)
村の中心に位置する広場に用意された焚火とそれを囲む焼肉の串。そして、その串をお預けされている犬のように狙っている者達がいた。そう、この村の悪ガキどもである。だが、それを上手く抑えている者がいる。村長ボージの妻、エレナだ。エレナは焼肉の周りに誰にも見えない境界線を引いていた。それを悪ガキ達が少しでも超えると、しっ責の声が放たれるのだ。その御し方は熟練の技だった。こうして、エレナは肉の生食という危険を防ぎながら焼肉を完成させていく。
ここ2年ほどアムの村では、新年の宴をしていなかった。それは、作物の出来が良くないということもあり、暮らすのが精一杯であるからだ。さらにベオークが左足を失って村の守りが薄くなり、狩りに出ていた者が、狩り出にくくなったことも影響している。こうした不幸が連続で発生した上に、村が巨大な熊に襲われるという最大級の不幸まで降って来た。エレナは、村が壊滅しそうな状況にさらされ絶望していた。しかし、突然ベオークが復帰するなど、一転して全てが良い方向に動き始めたのだ。エレナはそのことを不思議に思い、同時に神のお導きと神に感謝していた。
「肉が焼けたわ。食べて良いわよ」
とエレナは小さな猛獣達に許可を出した。
「「わ~~、やった~~」」
と焼肉をひったくって齧り付いた。
「「うま~~い」」
と喜ぶ子供たち。
そして、エレナは村人の協力を得て次々と焼肉を作っては提供していく。
一方、巧とリオはベオーク達と共にヒュージベア討伐の英雄として祭り上げられていた。どんどん提供されてくる焼肉に巧はもう限界となっていた。
「ほらほら、まだ食べれるだろう?」
とリゲルは勧めてくる。
「もうお腹一杯ですよ」
となんとか断る巧。
村の危機が去り、村一番の戦力が復帰したことで村人達はこの村の将来に希望を見出していた。だが、巧はここから離れなければならない。
――宴会の2日後
巧は、村長のボージの家を訪ねた。
「タクミか、何の用だ?」
とボージが巧の訪れた理由を聞いた。
「明日、この村を出て行くのでご挨拶とお世話になったお礼を渡しに来ました」
巧はそう言うと、ベオークが付けている義足と同じ物をテーブルの上に置いた。
「これは、ベオークの?」
「はい、そうです。ベオークさんの義足と同じ物です」
「どうしてこれを?」
「この村にはベオークさんが必要だということを、先日の件で痛感しました。この義足はいつかは壊れます。だから、これはその予備です」
昨日、巧はヒュージベアの魔石を査定した。その査定額は50万ポイントであった。そこから25万ポイントを使って、ベオーク用の義足をもう1つ購入した。サイズ測定は同じ物の再購入のため必要なかった。ベオークに直接渡そうとしても遠慮されることは目に見えていたので、こうしてボージに渡しに来たのだった。
「それは有難い。儂はお前を誤解していたのかもしれんな」
ボージは額を掻きながら申し訳なさそうに言った。ボージは巧を災いをもたらす可能性のある者として、遠ざけていたのだ。だが、巧は生きる屍と化していたベオークを復帰させ、活気ある村を取り戻す切っ掛けを作った。その上、村の今後を心配し義足の予備まで用意していた。それに気付いたボージは、自分の行動を恥じたのだ。
「ちょっと待っててくれ」
とボージは家の奥に引っ込み布製の巾着のような物と服を持ってきた。
「これは、旅の駄賃だ」
とボージは布の巾着を開いて見せた。そこには銅貨や銀貨が入っていた。
「明日、この村を出て行くのだろう? 旅には金が必要だ。これを持っていけ」
とボージは巧に金の入った巾着を手渡した。
「それと、外ではその服は目立ち過ぎる。これに着替えた方が良いぞ」
とボージは息子のお古だと言ってこの世界の服をくれた。
巧はボージにお礼を言い、村長の家を辞した。
――次の日の朝
朝日が昇る頃、巧は村の出入口でリオを待っていた。少し待つとリオが旅の恰好でやってきた。しかし、様子が少し変だ。
「リオ、どうかしたか?」
と巧はリオに聞いた。
「喧嘩したの」
「誰と? 両親か?」
「ううん。ベイルと。昨夜ベイルが訪ねてきて、行くなと言われたわ。
しかも、タクミって奴は怪しい、そんな奴と行くなんて馬鹿げているなんて言うの。
ベイルは事情を知らないからよ。って言ったら喧嘩になったの」
「ベイルはリオに村に残って欲しかったんだろう。だから止めたんだ」
「分かってる。でも、私は外の世界に行きたい、外の世界を見てみたいの」
「ああ、外の世界がどうなっているのか見に行こう」
滅亡が近いこの世界の状況をなんとかして知らねばならないと巧は感じていた。
巧はリオと共に東に向けて出発しようとした。
すると、
「タクミ、リオ」
と呼ぶ声がした。
巧とリオが声のした方へ顔を向けるとそこにはベオークとリゲルがやってきていた。
「間に合った。聞いたぞ。マジェスタ魔法学園に行くんだって?」
「はい、そうです」
「なら、これが必要だろう」
と言って、巧はリゲルからこの辺の大まかな地図を手渡された。
「村を東に行き街道を南下すると大きな街道に出る。それを東に進めばカオンの町だ。
1日20キーメルテ(キーメルテ=キロメートル)歩けば5日でカオンに着くはずだ
カオンからは王都パオリに行く馬車団が出ている。少し値は張るが、安全な上快適に行ける。
そして、マジェスタ魔法学園は王都パオリの北にある」
「リゲルさん、ありがとうございます」
「リオ、巧、儀式で得たスキルは使いこなしていけば派生したり成長したりする。授かって終わりじゃない。もし、誰も到達したことのないスキルまで成長させることができたら、レオードみたいな有名人になれるかもしれないぞ」
レオードとは現マジェスタ魔法学園の学園長である。魔術の大家であり、あらゆる魔道具を生み出している有名人でもある。
「ベオークさん。私、頑張ります」
とリオが気合の入った返事をした。
「タクミ、これを」
とベオークは1通の書状を巧に手渡した。
「これは?」
「俺が昔居た鋼鉄騎士団への手紙だ。困った事があったらそれを鋼鉄騎士団に渡せ。何かと便宜を図ってくれるはずだ」
「何から何までありがとうございます」
と巧はベオークにお礼を言った。
「達者でな」
「いつでも帰ってこい」
「「ベオークさん、リゲルさんもお元気で」」
「ベイルにも元気でねと言っておいてください」
とリオはリゲルにベイルへの言付けを託した。
「分かった」
こうして、巧とリオはアムの村を出発した。
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