49話 奇病

巧は、グラッセの町に入ると、なんだか重苦しい雰囲気を感じた。


「何か暗いわねこの町」

とスージーも何かの異変を感じているようだ。


「以前よりも悪化していますね」

と調査隊の1人が言った。

その人が言うには、以前からこういう雰囲気だったが来る度に悪くなっていくということだった。


「まずは宿泊地のガルバン男爵家の屋敷に行きましょう」

と調査隊隊長が先導し進み始めた。


ガルバン男爵の屋敷に到着すると隊長が門番に話し掛けた。

門番は、急いで中に入っていく。

そして、少し経ってから紺色の髪をした壮年のイケメン貴族と、ドレスを纏ったシルバーブロンドの大変美しい女性が現れた。


「調査隊の皆さま、ようこそいらっしゃいました」

と男性が疲れきった様子で言った。


「ガルバン男爵様、今日からよろしくお願いします」


「何とか、何とか娘を助けて下さい」

と男爵の隣にいる女性が隊長に懇願した。


「イリーナ、その話は屋敷に入ってからにせよ。申し訳ありません、妻は焦っているのです」


「ご心中お察しします」


「では、屋敷にご案内しましょう」

とジョセフ・ガルバン男爵とその妻イリーナに連れられ調査隊の6人は屋敷の中に入って行く。


巧達6人は応接室に案内され、席に座った。


「それで、その後は如何でしょうか?」

と調査隊隊長が聞いた。


「それがセレーナの病状は悪化するばかりで、今では1日に1回ほんの少しの間、覚めるかどうかとなっています」

ガルバン男爵が苦悩を湛えた声を出した。


「日に日に悪化するしていくのを見てることしかできないなんて! いつか亡くなってしまうのではないかとそればかり考えてしまいます」

イリーナも日々悩んでおり、何とかしようという気力だけで生きているように見えた。


「分かりました。我々も何とか解決できるよう全力を尽くします」

と隊長が言った。

重苦しい雰囲気の中、巧が、

「セレーナさんは何時からその病気に掛かったのですか?」

という質問をした。


「そちらの方は? 調査隊っぽくありませんが」


「こちらは勇者候補のタクミ殿です」


「「勇者様?!」」

ガルバン男爵夫妻は驚いた声を出した。


「いえ、正確には勇者候補ですが」

と巧は小さな声で言った。

なんとなく正式な勇者じゃないことに申し訳ないような気分になったからだ。


するとイリーナは、巧に縋りつき

「勇者様、娘をセレーナを助けて下さい! お願いします!!」

と懇願して崩れ落ちた。


巧は、咄嗟にイリーナを抱きとめて椅子に横たえた。

すると男爵が人を呼び、イリーナを寝室へ運ぶよう手配した。

使用人たちがイリーナを運んでいく。


「勇者様のご質問ですが、確か半年前セレーナが15になったばかりの時です。突然眠いと言い出し眠り始めたのです。私もイリーナも疲れているのだろうと考え気にしていませんでした。しかし、その日から1日に1時間程しか起きていられなくなったのです。病気かと思い、医者や魔術師に見てもらたのですが、誰もが原因不明と言うのです」


「セレーナさんと同じ病を発症した人はいますか?」


「居ません。噂も聞いたことがありません」


「他に何か気付いたことはありませんか?」


「う~ん。特には……」


「分かりました。ありがとうございました。後1度セレーナさんを見せてもらえますか?」


ジョセフは頷き、巧達をセレーナの寝室に案内した。

そこは、女の子らしく可愛らしい装飾が施された部屋であった。

セレーナは、その部屋の壁側にある広いベッドで静かな寝息を立てていた。


巧は、目に入ったその光景を見て息を飲んだ。

透き通った真っ白な肌に、ライトブルーの細くサラサラで長い髪。

細い肩は華奢で15歳くらいの女の子にしては細身だ。

そこで、開いていた窓からふっと風が吹き、風が顔を隠していた前髪をそっと払いのけた。

巧は、思わずその光景に見とれた。

スッと通った鼻筋、長いまつ毛に大きな目、小さく赤い唇はまるでサクランボだ。

(ああ、なんて美しい)


だが、そこでメイベルの肘打ちが巧の脇腹にクリーンヒットした。

巧は、グッと呻き、ハッとした。惚けていた所から覚醒した巧は、本来の目的であるセレーナの状態を観察し始めた。

その呼吸は規則正しく安定しており、顔色もそれほど悪いようには見えなかった。

病気の線を疑ったが、外からは何かの病気と判断できる要素は無かった。


(しかし、とんでもない美少女だな。イリーナさんも美人だったがセレーナさんはそれに輪を掛けて美しい)

だが、すぐに見るのを止めお礼を言って退出した。


「それでは今晩はここでゆっくりおくつろぎ下さい」

と男爵は言い使用人を呼んだ。


「それでは明日」

各人が宛がわれた部屋に入っていき休むことになった。


「さて、どうするか……」

巧は、明日からの調査方針を考えていた。


――次の日


巧は、調査隊達と話し合い別行動をすることにした。

調査隊は、魔物や魔法の痕跡を探すとのことだ。

こういう奇妙な事件は、悪質な魔法を使用していたり、強い魔物の封印が解けかかったりすることが多いからだそうだ。


巧とスージー、メイベルは、町中に似たような病気に掛かっている人が居ないか聞き取りを行った。


「誰もいないか……。これは風邪やウィルスではないな」

気付くともう日が暮れかけていた。


「屋敷に戻ろう」

巧達はガルバン男爵の屋敷に戻った。

屋敷に戻ると調査隊の3人が待っているとのことで応接室に通された。

調査隊隊長が今日の成果を確認し合おうとのことで、巧は今日の調査内容を大まかに語った。


「その調査は、我々も前回行いました。ですが、特筆する点はありませんでしたよ」

と調査隊の1人が言う。


調査隊の方の報告を聞いたが、特に成果はないとのことだった。



――2日目


調査隊は昨日の続きを再開するとのことで、屋敷を早々と出て行った。


「今日はセレーナさんを診察した人達の所へ行こう」


巧達3人は、ジョセフにセレーナを診察した人物のことを聞くと、3人いることが判明、そしてそれぞれの居場所も聞くことができた。

巧達は早速その3人を訪問した。


2人は同じ場所に居た。

町に1つしかないこじんまりした病院である。

「特に異常は見られなかったね」

と若い医者が言った。


「儂も魔法で回復できないか試してみたが、何の効果もなかったな」

と中年の医者のおっさん。


最後の1人は、この町で唯一の薬屋を営んでいる老婆だった。

巧は、この奇病を調査するために来たことを説明した。

「ああ、男爵の依頼で来たんだね。私もセレーナ様の病状を見たよ。何か効く薬はないかと言われてね。私も幾つか処方してみたさ。もちろん全て効果はなかったけどね」

とその老婆は言った。


「何か気付いたことはありますか?」


「そうだね……。そういえば、なんとなく生気がないように思ったね」

とその老婆は言った。


「生気がないですか?」

と巧が聞くとその老婆は

「起きていてもボーっとしている上に、生気が感じられないんだよ。だから興奮する薬を入れた回復薬を出したんだ。効果は無かったようだけどね」


巧は、老婆にお礼を言って退出した。


「あの婆さんの言葉だけど、どう思う?」

と巧は、スージーとメイベルに聞いてみた。


「寝顔からだと分からないわね」

とスージー。


「私にも分からないわ」

とメイベルも判断しようがないという風だった。


「だけど、何もしないのでは原因は掴めないしな……」

と巧がどうするか悩み始めた。


そこでふと思いついたのだ。

巧は、早速テラで購入し出してみた。

それを見たスージーは、

「それリンゴ?」

と聞いた。


「ああ、リンゴだ」

そういえば、スージーとメイベルは知らないんだったな。


そう、巧は激ウマなリンゴで少しでも生きる気力を出してもらうことを考えたのだ。

そして、それを準備し、セレーナの部屋に赴いた。


ドアをノックするとメイドが顔を出した。

「何用でしょうか?」

と冷たい目で聞いて来た。


巧は、以前販売していた日本産リンゴを5つほど手に持ちながら

「これはとっても美味しく元気が出るリンゴです。セレーナさんに是非食べて頂ければと思いまして」

とそのまま生で召し上がって下さいと念を押し渡した。

メイドは、疑いながらもリンゴを受け取った。


そして、その日の夜。


メイドは、巧からもらったリンゴを疑いながら見ていた。

調査隊が贈り物をくれたことなど1度もなかったからだ。

今回は1人の若い男が来ている。メイドのアンジェラは、この贈り物がセレーナへ媚びを売るものと解釈した。

セレーナに求婚してきた男が、例外なく何度も贈り物をして気を引こうとしている所を見てきたアンジェラは、あの男もそうに違いないと思ったのだ。

だが、セレーナはこんな状態だ。

病気が治らなければ結婚などあり得ない。何せ起きている時間などほとんどないのだ。

こんな時まで媚びを売らなくて良いのにと、アンジェラは嘆息した。


少し時が経ち、アンジェラはこのリンゴをどうするか悩んでいた。

(捨てる? でも、赤いリンゴなんて珍しい物に違いないわ)

アンジェラは、巧が色々手を尽くして珍しいリンゴを手に入れたと考えていた。

それを全く食べもせず捨てるとなると、それはそれで気が引ける。


「そうだ。お嬢様に食べて頂くにしても毒見をしなくては」

アンジェラは、そう独り言を言うと、リンゴの皮を剥き8等分にカットした。

(赤いリンゴなんて本当に大丈夫かしら)

と恐る恐るカットしたリンゴを1口、口に入れた。


シャク

「!!」

口一杯に広がる甘い香りと味にアンジェラは思わずウットリした。


(なんて美味しいリンゴなの?! こんなの食べたことない!)

アンジェラは、あの調査隊の男の言っていた事は本当なのかもしれないと思った。

(元気が出るというのも本当かもしれない。あの男は信用できないけど、早く治って欲しいという思いは信じても良いかも)

そう思ったアンジェラは、カットしたリンゴを皿の上に置きベッドの横にあるサイドテーブルに置いた。


「ほんの少しでもお元気になって下さい、お嬢様」

と言い部屋を出た。

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