48話 依頼

――次の日


巧は、背負い袋を4つ持って近衛騎士団の本部へ向かった。

昨日足りなかった分を納品しに来たのだ。

応接室に通され、暫く待っていると副団長のリックウェルがやってきた。

護衛のスージーとメイベルを部屋から下がらせ、リックウェルは話し始めた。


「タクミ殿、ご苦労様です」


「こちらで1000個納品完了となります」

と巧は4つの背負い袋をリックウェルに渡した。


「確認しました。こちらは代金です」

とリックウェルは金貨60枚が入った袋を持ち上げた。

巧が、その袋を受け取り懐に仕舞っていると、


「タクミ殿、スラム街で起きた透明人間による誘拐事件を解決したのは貴殿という話を聞きましたが?」


「あっ、はい。正確には解決の糸口を見つけたという感じですが」


「もしかして、そのために透明になっている者を発見できる眼鏡を開発したのですか?」


「良くご存知ですね」


「やはりそうでしたか」

リックウェルが少し考えていた。


「実は……」

リックウェルが、このことは他言無用ということで話し始めた。


「数日前、王宮内で悪魔が発見されました」


「!!」

巧は、驚いた。


「レオード殿があの魔力を見ることのできる眼鏡を掛けて、王宮内を徘徊している時に発見したのです」


「徘徊ですか? 何のために?」


「王宮にいる人物の魔力の形状や大きさ、更にスキルを見ていたようです」


「スキルですか? そんな機能は無かったはずですが……」


「そうなんですか? ふむ。恐らく、レオード殿が自分の物にだけ付けたのでしょう。本人は、その眼鏡を付けて人のスキルを見るのが楽しくて徘徊していたと証言しています」


「あの人は……」

巧は、夢中になると他の事が見えなくなる癖のあるレオードに呆れていた。


「先日、そのレオード殿が、突然奇妙な物を見つけたと私に報告してきたのです」


「まさか、全身が魔力に覆われている人間ですか?」


「いえ、少し違っていまして、全身を魔力で覆った角のある悪魔でした」

とリックウェルはまるで見たことがあるように言った。

そして、そのまま話を続ける。


「あの日、レオード殿が、焦りながらこの近衛騎士団に来ましてね。私に悪魔が居るから来てくれと言ったのです」

そこで巧は理解した。リックウェルはあの眼鏡を掛けて悪魔を実際に見たのだと。


「そこで、魔法剣を用意しその場に行ったのです。すると、レオード殿が指さした人物は、驚いたことに王宮に良く来る商人でした。

悪魔なんて居ないじゃありませんかとレオード殿に言ったところ、彼はこの眼鏡を掛けて見てくれと言ったのです。その眼鏡を掛けて、その商人を見ると、驚いたことに魔力に覆われた悪魔の姿が見えた上に、スキルに変身能力があったのです」


「まさか、人間に化けていたのですか?」


「はい。人間に化けた悪魔だったのです」


「それで、その悪魔はどうなったんですか?」


「私が斬りました。王宮内ですし、王や貴族を危険に晒す訳にはいきませんから」

リックウェルは、騎士団内でも1,2位を争う腕利きだ。

それを知っていたレオードは、リックウェルに応援を頼んだのだろう。


「無事に悪魔を倒せたのですね。良かった。でもそんな話を何故私に?」


「はい。タクミ殿のその知恵を拝借したく思いまして」


リックウェルは、ガルバン男爵の娘が奇病に侵されているという話をし始めた。

半年くらい前から、その娘は寝たきりになっているらしい。

その原因を解明し、解決してくれないかとの依頼だった。


リックウェルの話では、今回で騎士団の調査隊の派遣は3度目だそうだ。

だが、過去2回実施した調査でも、全く原因をつかむことができずにいるという。

3度目の調査依頼を承諾したは良いが、このままでは原因を掴める可能性は限りなく低い。

そこで、透明人間事件を解決した巧なら解決の糸口を掴んでくれるかもしれないと思い、調査に同行してくれないかとお願いしたとのことだった。


巧は、この依頼を受けることを最初は渋ったが、リックウェルの懇願に折れ承諾した。

金貨60枚をポーンと払ってくれる客の依頼を無下にできなかったのだ。

リックウェルは、明後日朝に出発する3名の調査隊に同行して欲しいと言い、部屋に呼び戻したスージーとメイベルにも調査に同行するようにと命じた。

調査期間は14日間の予定らしい。


さて、1日で準備して出発しなくてはならない。

とは言え、皮鎧に魔法剣、背負い袋に着替えくらいしか持ち物はない。

食べ物は、テラで出せば良いと持って行かないことにした。

リオに2週間くらい騎士団の依頼で、他の町に行くことを説明し、出発の準備を整えた。


――出発日の朝


調査隊の3人と合流した巧達は、馬で行くと言われた。

6人分の馬が用意され、連れて来られていた。

だが、当然巧は馬なんかに乗ったことがない。

車や電車という交通機関が発達した現代に生きてきた巧に、馬などというブルジョアな生き物に縁などあろうはずがない。


「すみません、馬に乗ったことがありません」

と巧が正直に言うとすかさずメイベルが

「後ろに乗る?」

とニヤけた顔で言った。


「い、いや」

巧は直感した、これは罠だ。メイベルによる巧妙なる罠だ。

乗ったが最後、後ろから羽交い締めにされたとか胸を触られたとか脅され続けるに違いない。


「タクミ、メイベルは馬の扱いも上手だから心配しないで大丈夫よ」

とスージーが呑気なこと言う。

(だから、そういう問題じゃないんだって!)

という巧の心の声は当然の如く無視された。


「勇者候補殿、歩いて行くには遠い上に時間が掛かり過ぎますので、誰かの後ろにお乗り下さい」

と調査隊の隊長が、そう言った。

隊長の話を聞くと、訓練を積んだ馬に速度強化とスタミナ強化の補助魔法を掛け、通常の数倍の速度で向かうらしい。

そのスピードは、身体強化を持つ人間ですら付いていけないとのことだ。


仕方なしに巧は、メイベルに引っ付く感じで後ろに乗った。

「んっ。そこはダメ」

とメイベルが巧だけに聞こえるよう小声で言った。

早速、罠を繰り出してきたのだ。

すかさず巧は、メイベルから離れる。

すると

「タクミ、メイベルから離れると危ないわよ」

とスージーが注意を促した。


巧は思った。

これは究極の選択だと。

メイベルのイタズラに耐えるべきか、落ちる危険を冒しながらも体を離して行くべきか。

「ほら、タクミ。ちゃんとくっつきなさい」

というスージーの言葉に、巧は仕方なしにメイベルに引っ付いた。


「それでは出発する」

全員が馬に乗ったことを確認した隊長が出発の号令を発した。


順調に進んで行く一行。

だが、巧はメイベルの時折発せられる艶めかしい声に悩まされていた。


10時間後、1日目の行程を終わらせた一行は野営ため停止した。

ここは、魔除けの祭壇がある野営場ではなくただの広場である。

「ここで野営する」


「はぁ~~。疲れた」

精神的にドッと疲れが出た巧は、馬を降り地面にドカッと座った。


「タクミ、酔わなかったでしょう?」

と突然メイベルが意味不明なことを言った。


「どういうこと?」

と巧が質問をすると、メイベルが

「リオが、タクミは乗り物酔いがしやすいって言ってたわ。だから、気を紛らわせるような言葉を掛けていたのよ」

と言った。


巧は、ハッとした。そして、罠を仕掛けたなどと人を疑う己の思考を恥じた。

メイベルは自分のことを気にして酔わないように対処してくれていたのだ。


「メイベル、ありが……」

とお礼を言いかけて、見上げた先にあるメイベルの顔を見て言葉が止まった。

メイベルの顔は、何かを企んでいるような悪い顔だったのだ。


「ねえねえスージー聞いて? 巧ったら移動中、私の胸とかを……」

メイベルがスージーにあることないことを話そうとしていた。


「待て待て待て! やってないから! 何もしていないから!」


「タクミ、動きが取れない女の人にイタズラするなんてダメよ」

とスージーが巧を注意した。


「濡れ衣だ~~」

巧の弁明が空に木霊した。


――次の日の朝


テントでゆっくり休みを取った6人は馬に跨り出発した。

この日、巧はスージー後ろに乗せてもらった。

メイベルが昨日被害を受けたと主張したからだ。


「スージー、気を付けて」

心配そうな顔をして忠告するメイベル。


それを見た巧は、絶対にするものかと心に誓った。

冤罪を晴らすにはそれしかないと思ったのだ。


10時間以上の行程を走破し、目的地のグラッセの町にたどり着いた。

「ふ~、やっと着いた」

と巧は言った。


「スージー、どうだった?」

とメイベルが聞いてきた。

その意味は当然、イタズラされたかどうかだ。


「大丈夫よ。何もされなかったわ」

とスージーが言った。


巧は、(どうだ! これが真実だ!)とこれで冤罪が解けるとばかりに安心していた。

するとメイベルが、

「タクミったら私だけにしたいのね」

と言い出した。


「は?」

巧は、絶句した。


「まさか巧……」

スージーが怪しんだ。


「ちょっと待って……」

と巧は弁明をしようとした。

だが、どうやって弁明しようかと考えながらメイベルを見た。

するとメイベルはクスっと妖艶な笑みを浮かべた。

巧はその顔にドキッとして弁明をすることを忘れてしまった。


すっかりメイベルの罠に嵌った巧だが、その罠は思ったよりも巧妙だったようだ。

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