第6話 試験勉強

 巧とリオは、巧の家のテーブルでフローク語の読み書きを特訓していた。

何故、フローク語のフの字も知らない巧がリオに付き添っているかと言うと、ニージェスにもらった翻訳指輪がその理由だ。この村でフローク語の読み書きができるのは、村長のボージとその息子ジョセフだけだ。だが、村長のボージとその息子ジョセフにリオを教えている時間などなかった。


 だから、巧が付き合わされることになったのだった。

最初に巧は、リオに翻訳指輪を渡して、フローク語の読み書きを練習してもらうつもりだった。だが、実際に付けてもらった所、この指輪の機能に大きな欠陥があることが明らかになった。その欠陥とは、リオがこの指輪を身につけてもフローク語で書かれた文字が分かるようになる訳ではなかったのだ。この指輪はあくまでヤマト語とフローク語を相互に翻訳するだけの物であった。リオはヤマト語が分からないため、フローク語がヤマト語に翻訳されても意味が分からないのだ。


そのため、巧が書物の単語を音読し、リオがその単語の文字を覚えるといった手順を踏んだ。この方法だと、翻訳指輪は凄まじい効果を発揮した。なにせ、巧が翻訳指輪を付けてこの書物を読むと、日本語で書かれているように読めるのだ。そして、書かれている単語を日本語で発音すると、リオには完璧なフローク語で聞こえるのである。だから、巧は何も考えずに日本語の書物として音読すれば良かった。


「なんかズルい」

とリオが突然巧にそんな文句を言い始めた。リオからしたら、なんの努力もしていない巧が、フローク語の文章を読めることに納得がいかなかったのだ。


「仕方ないだろ。この指輪はそういう物だったんだから」

リオからそんな文句を言われてもどうしようもない巧であった。


「ズルいズルいズルいー」

とリオは駄々を捏ねている。


というか巧は、リオがそろそろ集中力が切れ始めてきたのだろうと思った。


「そろそろ、休憩するか」

と巧は言った。


「ダメよ。まだ頑張らないと」

とリオはそう言ってはいたが、飽きてきていることは明白だった。


「いや、あまり頑張り過ぎてもダメなんだ。適度に息抜きをした方が結果的に身に付くんだよ」

と巧は、現代人の常識を持ち出した。


「そうなんだ。分かったわ」

とリオは、少し気を張っていたことに気付いた。


そして、少し休憩を入れた後、フローク語の単語を書く練習を始めた。

この練習も翻訳指輪が効果を発揮した。リオが単語を間違えると、途端に翻訳されなくなるため、巧には間違いが直ぐに分かるのだ。それに、リオが書物の単語を書くと、これは何の単語と聞くため、巧はその単語を発音することで、読む練習にもなった。こうして、フローク語の読み書きは順調な滑り出しを見せた。



次に取り掛かったのは礼儀作法であった。最初にリオに礼儀作法をやってもらったのだが、酷いものだった。まず挨拶だが、手を上げて”おはよっ”である。

お礼も口だけで”ありがと!”であった。


「リオ、礼儀作法って知ってる?」

巧は、疑問に思ったことをリオにぶつけてみた。


「当たり前じゃない。常識よ常識」

とリオは自信満々だった。


「まさか、手を上げて”おはよっ”が礼儀作法とか言わないよな?」

と巧はまさかな~とでも言いたげにリオに聞いた。


するとリオは”ほえ?”と一瞬不思議な顔をした。

だが、直ぐに

「そうよ!」

と言った。


それを聞いた巧は、ズッコケた。

「それは、身近な人への礼儀で、偉い人とかに接する時に使う礼儀作法とは違うの」


「ええ~~。違うの?」

とリオは驚いていた。


それから巧は、挨拶、歩き方、お辞儀などの礼儀作法を知る限りリオに説明した。

そうしたら、リオは

「面倒くさい!」

と言い放った。


「仕方ないだろ。これを身に付けないと合格できないんだから」

と巧は言い、頑張って身に付けようと説得した。


食べ方ですら、作法があることを巧が言うと。リオは、うげっという顔をした。


「何で、巧はそれができるのよ?」

とリオは不思議がった。


「さあ? それは覚えていないんだよ」

と巧はとぼけた。

親からの躾と社会人になる時の訓練、それに社会人生活で身に付けたモノだ。それを説明した所で、理解してくれはすまい。それならば、記憶喪失と説明する方が話が早い。だが、この作法だって社会人としての礼儀作法でしかない、王宮とかの礼儀作法ならもっと厳しいだろう。そこが、巧の心配所だった。


何はともあれ、リオに礼儀作法というモノがあるということを認知させることができた。毎日訓練し、マジェスタ魔法学園での面接までに身に付けさせるしかない。巧がそう決意していると、リオが嫌な顔をして巧を睨んでいた。巧は仕方ないだろという顔をすると、リオはプイっとそっぽを向いた。礼儀作法、こちらは前途多難だった。


最後は算術を教えた。

1から100までの数を教えて、その足し算と引き算を教えた。これは意外なことに、リオは直ぐに理解し身に付けた。巧は気を良くして、掛け算と割り算を教えた。

これも直ぐに理解した。更に気を良くした巧は、分数、小数点を教えた。これもリオは理解した。更に更に気を良くした巧は、約数、倍数を教えた。リオは爆発した。


「何よそれ! なんなのよそれ!」

と怒り始めた。


流石にやり過ぎたかと巧は反省した。リオが直ぐにできるようになっていくのを見て、楽しくなってしまったのだ。だが、何故だかリオは算術に才能を発揮した。リオは算術が最も得意ということが分かった。


「明日からは、この3つを教えていくことになる」

と巧はリオに言った。


「だが、午後からにしてくれ。午前中は俺も自分の特訓がある」

巧は、ニージェスに旅をするなら1人でゴブリンは倒せるようにと言われたことを気にしていた。だから、最低でもゴブリンを1人で倒せるようにならなくてはと思っていたのだ。


「分かったわ。流石に1日中付き合わせるのも申し訳ないと思っていたのよ」

とリオは言った。

だが、巧は心の中で、ずっと付き合わせるつもりだったろとツッコミを入れた。その証拠にリオは朝起こしに来ては、一行に帰る様子を見せなかった。


「午前中もここで特訓して良い?」

とリオは巧に上目遣いでお願いをした。


「ああ、良いよ」

と巧は言ったが、何故リオがここに来たがるのか不思議に思った。だが巧には、リオがここに来たがる理由を思い付かなかった。

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