56話 聖女降臨

ここ5日間で、ジョセフ率いるガルバン男爵軍は、2つの山賊、1つの盗賊を討伐した。

そのやり方は、山賊砦を制圧したやり方と同じである。

ただし、今回は夜中に移動し、警戒が行き届いていない状態で襲撃した。

そのため、あっさりと制圧することができたのである。

これは、巧の入れ知恵であった。


その結果、ジョセフの名声が高まってきていた。

今まで山賊や盗賊に困窮していた村々は、ジョセフが治安維持の仕事を放棄していると悪態を付いていた。

だが、山賊らを討伐し始めると、機が熟すのを待っていただけだったのかと手のひらを返し称賛し始めたのだ。

そして、ガルバン男爵軍は、大規模な山賊討伐でも誰一人怪我をしなかっただとか、賊を1人にも逃さなかったなどという良い噂が広まりつつあった。その結果、ガルバン男爵軍は精鋭中の精鋭だという噂されるようになっていた。

実は、この噂を広めろと入れ知恵したのも巧である。


そして、この噂が広まったおかげで、中規模以下の山賊は目立った活動を自粛し始める。

目立ってしまうと、ジョセフが討伐しに来る恐れがあるからであった。

そして、商人達から借りた借金も、討伐時に得た金で返すことができたため、商人達も無理難題を言えなくなっていく。


こうして、領内の治安が回復し始めた。


「最近、旦那様の顔色が良くなりましたね」


「そうですね。ご懸念されていた山賊や盗賊を討伐し、治安が良くなったことが良い影響を与えているのでしょう」

などと、ガルバン男爵屋敷内でも噂され、明るい兆しが見え始めた。


セレーナの部屋


「セレーナ、また旦那様が賊を討伐しましたよ」

イリーナは、最近のジョセフの活躍で、諸々の問題が解決し始め気分が明るくなっていた。

そして、それをセレーナに聞かせることが多くなっていたのだ。

セレーナもその話を聞いて、気分が明るくなっていた。


コンコン


「私だ」


アンジェラは、訪ねてきたのがジョセフだと分かると部屋の扉を開けた。

すると部屋の中にジョセフが入って来た。


「セレーナ、イリーナ、領内の大きな賊の討伐が完了したぞ。これで、領内の治安は当面大丈夫だろう。その上、商人達からの借金も返済し終えそうだ。もう心配は要らない」


「私も、お父様のご活躍を沢山聞いています。本当に良かった」

セレーナは、明るい笑顔で答えた。


「うむ。これも全て勇者殿のおかげだ」

とジョセフは、巧とのことを詳細に語った。


「勇者様……ありがとうございます。お父様、勇者様ってどんな方なのですか?」

とセレーナが思わず呟く。


「おっ、丁度あそこにいるのが勇者様だ」

とジョセフは、窓から庭で訓練している黒のTシャツ姿の男を指さした。


セレーナは、アンジェラの肩を借りながらヨタヨタ歩き、窓の外に居る巧を見た。

「あれが勇者様……」

(私の病気の原因に気付いて治してくれた人……)

セレーナは、暫くの間、ボーっと巧の姿を眺めていた。

それからセレーナは、日に日に起きていられる時間が伸びていく。


しかし、5日後の夜、事件は起きる。


「賊だ!! 捕まえろ!」

警備兵が叫んだ。


「大変だ!! 旦那様が賊にやられた!」

屋敷が騒然となった。


それを聞いた巧達3人が、部屋から出てきて書斎に急行する。

すると、近くの部屋から窓が割れる音が聞こえた。


「スージー、メイベル。2人は書斎へ向かってくれ! 俺は、賊を追いかける!」


「分かったわ」

と応じるスージー


「大丈夫なの?」

と心配するメイベル


「ああ、身体強化も使えるようになったし、防刃服もあるし大丈夫」

と巧は返答し、音がした部屋に飛び込んでゆく。


部屋に入った巧は、周囲を見渡す。

すると庭を走っていく人影が見えた。


「待て!」

巧は、身体強化を発動し窓から庭へと飛び出した。

影は、屋敷の外壁を登り、外へと向かっていく。

巧も、同じように外壁を登り、外へ出る。

だが、そこに人影は無かった。


「あれ? 居ない」

だが、嫌な予感がして、巧はそこを跳んで離れた。


ガイン


「避けましたか、流石はラオールを倒した男」


「お、お前は……」


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スージーとメイベルが書斎に到着すると、辺りは血だらけになっていた。

その中心で、ジョセフが息を切らせながら横たわっている。


ジョセフは、右腕が肩から無くなっており、腹からも血が流れていた。

どう考えても致命傷だ。


それでもジョセフは、生きていた。

「い、イリーナとセレーナをここへ呼んでくれ」


「はい。只今」

メイドの1人が、急いで2人の部屋へ駆けていく。


スージーは、ジョセフの状態を見た。

(これは、私の手に負えない)と直感した。


だが、それでもやらない訳にはいかない。

「治療します」

スージーは、ジョセフの横にしゃがんでヒールの魔法を掛けた。

だが、初級魔法であるヒールでは、大きな傷に対して回復に時間が掛かりすぎる。

それに、ヒールは傷を治すだけで、流れた血は元に戻らないのだ。

であるから、ヒールでは大きな傷は治せないという認識であった。


(ダメ、間に合わない)

どんどん顔色が悪くなっていくジョセフにスージーは絶望の色を濃くした。


と、そこにセレーナとイリーナがやってきた。

「旦那様!!」

ジョセフに静かに抱きつくイリーナ。


瀕死状態のジョセフを見て茫然とするセレーナ。


「い、イリーナ、この後は任せたぞ」

涙を流すイリーナは、もうダメだと悟ったのか涙ながらに大きく頷いた。


「セレーナ、済まない。もうお前を守ってやれそうもない」

とジョセフは弱々しく言った。


それを聞いてセレーナは涙を流す。

「お父様、そんな……」


それからジョセフの容態が急速に悪くなっていく。


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巧は、賊の顔を見た。

「お前は、あの時のヘビ男」


それを聞いたヘビ男は、

「ムラーナと申します。お見知りおきを」

と言いニヤッと三日月状に笑った。


「なぜこんなことをする?」


「我が主がお望みでしたのでね」


「ジョセフさんを殺しても何にも……。ま、まさか!」

巧は、調査隊の3人に領主の娘を何とかして手に入れたいと思ったら、どのような手段があるかを聞いたことがあった。

その時、調査隊の隊長が話してくれたとある一例を思い出したのだ。

それは、貴族の領主が戦争などで亡くなり、かつ男子の相続人がいない場合、近隣の領主がその領地に養子を出したり、未亡人、もしくは娘と婚姻して土地を接収できるルールが存在するという話だった。

「それを利用すれば、入手することは可能でしょう。しかし、それを暗殺してまで行ったりすれば、それはもう人間ではありません悪魔です」

と隊長は言っていた。


それを思い出した巧は、この策の主犯が何となく分かった。

接収の仕組みを知っている人間で、かつあそこにあの砦を作れる人間。

さらに、セレーナを欲しいと言った人間である。


そして、最も疑わしい人物の名前を思いつき

「クロン男爵か」

とカマを掛けてみた。


その名を巧が言った瞬間、ムラーナの殺気が膨れ上がった。


「貴男には死んでもらわねばなりませんね」


唐突に、ムラーナから突きが放たれる。


「くおっ」

巧は、その突きを咄嗟に躱す。


こうして、巧対へび男の戦いが始まった。


ビュン

巧が剣を振るう。


「フフフ。当たりませんねぇ」

へび男は、余裕を感じさせる声をだした。


「今度はこちらから。行きますよ~」

へび男は、蛇のようにくねりながら素早い突きを繰り出してくる。

それを、巧は紙一重で躱していく。


(何かがおかしい)

巧は、自分の剣が全く当たらないことに疑問を感じていた。

身体強化を得て自身のスピードは段違いに上がったはずだ。

それなのに、相手の剣にすら当てられず、毎回何もない空間を斬っている。


(どうなっている?)

巧は、敵の術に掛かっているのか? と疑心暗鬼になりながらも戦いを継続していく。



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