13話 カオンへの道中3

初日から人に襲われるなどの世間の厳しさを経験した巧とリオは、早々にこの野営場を出発することにした。

寝不足でもあり早く次の野営地点に行き、ゆっくり休みたかったのだ。


巧達が野営場の外に出ようとすると、あの商人の男が声を掛けてきた。


「タクミさんにリオさんでしたか?」

呼び止められた巧達は振り向いた。


「ああ、シルバーウルフの雇い主さん」


「私は、カオンの町で商人をしているガバーナと申します」


「俺は巧と言います」

「リオです」

それぞれ自己紹介をした所で、ガバーナが話をし始めた。


「タクミさん達はこれからどちらへ行くのですか?」


「はい、僕らはカオンの町へ行く予定です」


「おお、それは丁度良い。それならカオンの町までご一緒しませんか?」

と商人のガバーナはそう提案した。


「良いのですか? 俺たちはむしろ足手まといでは?」


「大丈夫ですよ。シルバーウルフさん達がいますから」


巧は、そこまでしてくれる商人に違和感を持った。

何かを狙っている? なんとなくそう感じた巧は商人の提案を断ろうとした。


「いえ、迷惑を掛ける訳にはいきませんよ」


「ガバーナの旦那、どうやら勘付かれたみたいですよ?」

とフィートが横やりを入れてきた。


「目的を言わなかったことが疑念を生ませてしまいましたかな?」

とガバーナは茶目っ気に言った。


「目的?」


「そうです。あなた達に近づいたのは目的があります。どうでしょう、取引といきませんか?

私はカオンの町までの護衛を提供しましょう。その代わり……」

ガバーナは取引を持ち掛けてきた。

そのガバーナの目的は、あのテントであった。


「テントですか?」


「はい、あのテントが欲しい。聞けば、あのテントは折りたためる上に軽いとか。

あれが有れば、夜も快適に寝れます。如何でしょう?」

ガバーナさんが、手をモミモミしながらにじり寄って来た。


「分かりました。それで手を打ちましょう」

と巧はあっさり持っていたテントをガバーナに手渡した。

あんな事があったので、テントよりも安全を重視したのだった。


「おお、ありがとうございます。取引成立ですな」

とガバーナは目的のモノを手に入れてホクホク顔だった。


ガバーナは、テントを馬車に仕舞うと馬車に乗り込んだ。

ガバーナの馬車は、馬2匹で引く中型の荷駄用馬車だ。

馬車の中には商品と思われる荷物で一杯だ。


シルバーウルフの面々はその馬車の周りを守るフォーメーションを取っていた。

巧とリオは邪魔にならないよう馬車の近くを歩くことにした。


その日は、魔物に襲われることはなく野営場所に到着した。

今いる辺りには野営場は無いとのことで、ここはただの広場だ。

そのため、今夜は魔物に襲われる可能性があるとのことだ。


「本当のお金持ちなら魔除けの魔道具を持ち歩くですがね」

ガバーナの財力はまだまだのようで、少し悔しさが滲んでいた。


「ですが、今日はこれがある!」

と言ってガバーナはテントを持ち上げた。


だが、設置の仕方が分からないらしく、テントと格闘していた。

その後、当然の帰結で巧が呼ばれ、テントの設置の仕方を教えることになった。


「なるほど。これは素晴らしい! とても機能的ですな」

とガバーナはキラキラと目を輝かせていた。


入っている棒と紐を使い器用に組み立てていく巧。

シルバーウルフの面々も興味津々に見ていた。


「1人でも組み立てられ、その作業は慣れれば大変でもない」

とフィートが何気なく言った。


そして、テントが完成した。

ガバーナは、早速テントの中に入った。


「これは素晴らしい! 快適そのもの!

巧さん、リオさん。ありがとうございます。とても感謝していま~す」

と上機嫌のガバーナだった。


「なあタクミ、あのテントどうやって入手したんだ?」

とフィートが巧に近寄ってきた。


巧はフィートにあのテントは自分で作ったことを話した。

念のため、巧は自分のスキルのことを隠したのだ。


「あのテントを俺たちにも売ってくれないか?」

とフィートが言った。


「フィートさん達もあのテントが欲しいんですか?」

と巧は不思議そうに聞いた。


「当たり前だろ! あんな軽量のテントなんて見たことないぞ!」

とフィートがさも当然というように言った。


巧は、この世界の常識に疎いため、このテントの価値があまり良く分かっていなかった。

巧の世界では至って普通のテントだし、この世界のテントよりは価値があるかな程度に思っていた。

だから、ガバーナとの取引にもあっさり承諾したのだ。

リオもこの世界の住人であるから巧よりは分かっていたが、村の外の常識には疎かった。


この世界のテントは羊毛が主流である。

羊毛であるから、高価でかつ重く持ち運びが大変であった。

そのため、馬車や手押し車または人数を掛けて持ち運ぶもので、ある程度のお金持ちでなければ所持することすら難しかった。

その様な事情であるため、1人で簡単に運べる軽量なテントは冒険者からすると喉から手が出るほど欲しい品物であった。


「分かりました。作ったらお渡ししましょう。それで支払いですが……」


巧がそう言うとフィートは少し心配そうな顔をした。

吹っ掛けられる可能性を考えたのだろう。


「カオンの町からパオリの町までの護衛でどうでしょう?」

巧は、暫くカオンの町で生活するつもりだ。

だが、試験の日前にはパオリに行かねばならない。

その時、2人で行くよりは護衛が居た方が確実と思ったのだ。


「このままパオリまで行くつもりなのか?」

とフィートが聞いた。


「いえ、暫くカオンの町で暮らし、6月初め頃パオリに行くつもりです」

巧は、何かあった場合はアムの村に戻れるよう念のためカオンで暫く暮らすつもりだった。


「もしかして魔法高等学校の試験を受けに行くのか?」

とフィートが推理を働かせた。

警戒の魔術やら映像の魔術を使用していたことから魔術師の卵であり、パオリにある魔法学校に入るために行くと推測したのだ。


「はい」


「なるほどな。それなら護衛の予約ということで承ろう」

フィートが巧が出した条件を承諾した。


「取引成立ですね」

と巧はフィートと握手をした。


その日の夜、巧とリオはテントにも泊まらない初めての野宿を経験した。


――次の日の朝


ぐっすり眠りスッキリした顔のガバーナと、疲れが取れていない顔の巧とリオを見比べてシルバーウルフの面々は口に笑いを浮かべていた。


「タクミ、野宿も慣れればちゃんと寝れるさ」

と気を使ってくれたのはシルバーウルフのサブリーダー、魔法戦士のベルだ。

リーダーのフィート曰く、シルバーウルフはベルが居るからBクラスになれたとのことだ。

冒険者はF~Aまでクラス分けされている。

初心者はFから始まり、冒険者の最高位はAとなっている。

Bといえば、最高ではないがかなりの実力者というクラスである。

Aの上にSというのがあるが、これは国を超え世界中が認めるスペシャルという扱いだ。


普通、あまり魔術師が冒険者になることはなく、魔術師がいるPTは羨ましがられるとのことだ。

ベルは変わり者で冒険者に憧れており、魔法戦士となることが夢だったのだとか。

やはり、魔術を使えるというのはこの世界では大変有利であるらしい。

特にベルは補助魔術が得意で、PTメンバーに補助魔術を掛けることでPTの力を何倍にも引き上げていた。

ちなみに、シルバーウルフの結成は、ベルとフィートがPTを組んだ所から始まったそうだ。


こうして、シルバーウルフに守られた一行は、たまにグラスウルフやゴブリンに遭遇する程度で順調に行程を消化していった。

この旅の間、巧とリオはガバーナ、シルバーウルフの面々と話しをしながら、この世界の常識や冒険者のことを学んでいった。


「この国はフロークと言うのですね。だからフローク語か」


「ああ、そうだ。エールス大陸の西の端にある」

とベルが説明してくれた。

流石に魔術師なだけあって知識が豊富であった。


「ちなみにガラル歴というのは?」

と巧は質問した。


「おいおい、そんなことも知らないのかよ」

と横やりを入れてきたのは、斥候のカイだ。


「タクミは記憶喪失なのよ」

とリオがすかさずフォローを入れた。


「タクミさんは、記憶喪失なのですか?」

と驚いたガバーナが言った。


「は、はい、実はそうなんです」

全く記憶喪失などなっていない巧が言った。


「記憶喪失にしては、受け答えがしっかりしているが……」

と不思議そうにフィートが言った。


「そ、そんなことより、ガラルですよ」

それ以上追及されるとボロがでそうなので、巧は話を逸らしにかかった。


「ああ、ガラル歴とは勇者ガラルが魔王を倒し、世界に平和をもたらした年を元年とした歴のことだ。

人類の発展はそこから始まったので、ガラルの偉業に敬意を表して制定されたと聞いている」


「勇者に魔王?」


「そうだ。ガラルが魔王を倒す前の世界は、魔物が跋扈する暗黒の世界だった! 人間は魔物の脅威に押され、細々と生きていた。

だが、勇者ガラルとその仲間たちがこの世界に現れ、魔王を退けた。そして、人間が平和に暮らせる世界へと導いたんだ!」

拳を握りしめ熱く語るベル。

ベルはこういう話が好きなんだとフィートは、苦笑していた。


「ですが、最近不穏な噂があります。魔王が復活しているという噂です。

魔物が活性化してきていることや、ヤマトが魔物の大群に襲われ滅亡したことがその証拠だと。

一部には、魔王が復活したのなら勇者も降臨しているのではないかと言っている者もいるようです。

その言葉を信じ、勇者探しに躍起になっている国もあるみたいです」

ガバーナが若干不安げな様子で現在の情勢ことを話してくれた。


そんな話しをしながら、巧達は3日間歩き続け、遂にカオンの町が見える所に到着した。

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