39話 孤児院
突然スージーが、明日から数日間居なくなると言い出した。
何でも、王宮で褒賞式があるとのことだ。
この前の悪魔退治で、街に被害が出る前に倒したことが評価されたらしい。
本来ならメイベルと巧も参加するはずだったが、悪魔が出たとは大っぴらにはできないため小規模での開催となり、リーダーのスージーのみの参加となったのだ。
明日は、おめかしのための準備。明後日に王宮で褒賞式となっていた。
そして3日後は、実家でお祝いとのことだった。
――次の日――
「それじゃあ、メイベルよろしくね」
スージーはそう言って実家へ帰って行った。
「メイベルは、行かなくて良いのか?」
と巧は聞いた。
「あんな面倒な事なんてごめんだわ」
とメイベルは素っ気ない。
なんだかんだ言って、メイベルは貴族っぽくない。
それに比べスージーは貴族の気配がする。
出自は聞いていないが、巧は2人の出自は異なると推測していた。
だが、その素性を知る事件が起きる。
それは昼過ぎのことだった。
金髪青目をした歳は12くらいのボロボロの服を着た少年が店に入ってきた。
「姉御はどこだ?」
とその少年が言った。
「姉御?」
巧は全く当てが思いつかず思わず聞き返した。
「あっ、やべっ。メイベルだ」
とその少年は、急いでいたのか思わずいつもの呼び名を言ってしまったように聞こえた。
「メイベルで良いのか? なら呼んでこよう」
巧は、工房の扉を開けメイベルを呼んだ。
メイベルは、少年が来たということに少し驚いたようだったが、直ぐに店の方に来た。
そして、その少年を見て言った。
「ニーヨ?! どうしたの?」
「不味い事が起きた」
そして、チラチラと巧の方を見ては言って良いものか思案しているようだった。
「大丈夫よ。この人は信用できるから」
とメイベルが言った。
「拠点が乗っ取られた。そこに居た全員が捕まってる」
「何だって?! オードは?! キキも居たんじゃないのかい?」
メイベルは、少し取り乱しているようだ。
「オードさんは留守。キキさんは、戦ったけど負けた」
「キキが負けた? そんなに強いのかい?」
「強いというか、体が消えるんだ。姿が捉えられずキキさんは負けてしまったんだ」
「分かったよ。だけど……」
メイベルは巧の事を気にしていた。
巧は、メイベルの言いたいことを即座に理解した。
「メイベル、分かってる。護衛が離れる訳にもいかないだろうし、俺も行こう」
と巧は言った。
「姉御、こいつは?」
「ああ、そいつはタクミと言って勇者候補者様だ」
「えっ?! 勇者様?」
「いや、勇者候補の1人だね。それにあまり強くない」
「強くないのに勇者候補になれるもんなの?」
「色々なタイプがいるんだろうさ」
メイベルとその少年のやり取りは、巧の心をえぐっていた。
強くないのに勇者候補なんてみたいなやり取りであったからだ。
巧がいじけているとメイベルが巧の肩に手を乗せ
「大丈夫、タクミにも良い所があるはずさ」
と何の慰めにもならないフォローをした。
巧は店を閉めCloseの看板を立てかけて、メイベルとニーヨに続く。
メイベル達は、西へと向かっていく。
たどり着いたのは、パオリの西南地域にあるスラム街だった。
そこは、家が密集して道が複雑に入り組んだ巨大な迷宮のような所だった。
初見なら間違いなく迷子になるだろう。
そして、その迷子を狩る者達がいる。
ここのスラム街に住むならず者たちだ。
そのため、パオリの人々はここを蟻地獄と呼んでいた。
「ようこそ。蟻地獄へ」
とニーヨは巧に言った。
「蟻地獄?」
「知らないのか? ここスラムは蟻地獄と呼ばれているんだ」
「その理由は?」
「奥へ入って迷ったら、ここの住人に襲われる。だからさ」
とニーヨは言った。
「恐ろしい所だな」
「だから気を付けろ。俺たちに遅れるなよ?」
「分かった」
巧は神妙に頷いた。
巧は、歩いていると時折視線を感じた。
これは監視されているなと思った。
顔を知られているメイベルとニーヨから離れたら、この監視している連中が襲ってくるのだろう。
巧は、敵地に居るものと気を引き締めた。
入り組んだ道をくねくね歩くと、通常の家より少し大きな家が見えてきた。
すると、メイベルとニーヨはサッと体を隠した。
巧もすぐさま、体を隠す。
「あそこだ。俺たちの孤児院だ」
それを聞いた巧は、驚いてメイベルを見た。
「聞いた通りだ。孤児なんだよ私は」
メイベルは少し苦い顔をして言った。
巧は、なるほど、通りで貴族っぽさを感じなかった訳だと思った。
「それで良く騎士になれたな。それの方が凄いぞ」
と巧は言った。
「運が良かっただけさ。引き取ってくれた人が貴族だったんだ」
とメイベルが言った。
それを聞いた巧は、なるほどと思った。
メイベルは容姿が良く、機転も効くし要領が良い。
引き取り手が現れる可能性は高い。
暫く孤児院を監視していたが、孤児院は無音だった。
まるで無人のようだ。
「ここに居ても仕方がない。中に入るよ」
とメイベルが言った。
巧とニーヨは頷き覚悟を決めた。
3人が孤児院の入り口に差し掛かった。
すると、メイベルが
「避けろ!!」
と言った。
ニーヨと巧は、サッと孤児院から離れる方向にバックステップをした。
メイベルも横っ飛びで攻撃を避けたようだ。
「ほう。良く避けたな」
孤児院の入り口付近から声がしたと思ったら、姿が次第に現れ始めた。
そこには、白いシャツに茶色のズボン、金髪に青目をした170cmくらいの男が立っていた。
「お前、何者だ!! キキさんはどうした?!」
とニーヨが叫んだ。
「私はジャミル。あの魔術師のことか? それなら縛って部屋に閉じ込めてある」
「他の子達はどうした?」
とメイベルが犬歯を剝き出しにして言った。
「奴隷として売り飛ばす準備をしている所だ。こんな所に居る孤児なんて居なくなった所で誰も気にせんからなぁ」
とジャミルは言った。
その言葉に激昂したメイベルは、剣を抜きジャミルに迫る。
しかし、それを見たジャミルはすぐさま自分の姿を消した。
すっかり姿が見えなくなったジャミル。
それをやたらめったらに剣を振り回すメイベル。
だが、どれも当たっていないようだ。
すると、剣を振ったような音がした。
咄嗟に避けるメイベル。
「ほう。なかなか避けるのが上手いな」
とジャミルの声がする。
「気配が曖昧で捉え辛い」
メイベルが相手の気配を捉えるのに苦戦しているようだ。
そういうスキルなのかもしれない。
暫くの攻防の後、ジャミルが
「そろそろ遊びは終わりとするか」
と言うと今まで感じられたプレッシャーが消えた。
「気配が消えた……」
メイベルは呆然として言った。
メイベルは曖昧ではあるがジャミルの気配を頼りに戦いをしていた。
だが、その気配が完全に絶たれたのだ。
巧は、それを聞いて何とかしないと頭を回転させた。
そして、1つの案を思い付くと、急いでテラの中を探った。
巧は、目当ての物を見つけるとそれを出して、使用できる状態にした。
そして、ニーヨに出した物のうち1つを渡し、使い方を教える。
メイベルは、音がしたと思ったらそこに向かって剣を振るう。
だが、当たる気配はない。
すると、メイベルの居る位置から左に1メルト離れた所からジャリという音がした。
メイベルは、捉えたと思って剣を思いっきり振った。
だが、そこには何もなかった。
「残念だったな。こっちが正解だ」
とメイベルの右側から声がした。
そして、メイベルの右太ももから血が噴き出した。
「くぅ」
メイベルは、足を抑えてうずくまる。
「メイベルとやらが最強だと聞いていたが大したことはなかったな」
とメイベルの近くで声がした。
「今だ!!」
と巧は、テラで出した熊撃退用強力スプレーを噴射した。
そのスプレーは9mの範囲まで届く強力な物だ。
戦いの範囲外に居た巧だが、9mの効果範囲を持つそのスプレーなら問題なく届く。
巧は、ジャミルがスプレーの範囲内に居ると確信できるまで待っていたのだ。
「ぐおおぉおおお!!」
ジャミルは、苦しんでいた。
だが、同時にメイベルも苦しんでいた。
「何これ?! 目が痛い!!」
熊撃退スプレーの影響が少なくなった所を見計らって巧が
「ニーヨ、行くぞ」
と声を掛けた。
巧とニーヨは、もう1つのスプレーを持って、メイベルの所に走っていく。
それに気付いたジャミルは移動を試みた。
危機を感じたのだろう。
だが、ジャミルは目があまり見えていない。
そのため、うまく動けないでいた。
それに、くしゃみや鼻水、涙が出ていて、それがジャミルの居場所を明らかにしていた。
巧とニーヨは2人で同時に声のする所へ、今度は白のラッカースプレーを広範囲に振りまいた。
すると、透明だった場所に不自然な白い人型が現れた。
その白い人型は、逃げるように移動している。
それを見た2人は、その不自然な白い人型を追いかけて、背中にスプレーを掛けまくった。
そして、完全に人間の後ろ姿だけが現れた。
巧は剣を抜いて構えた。
ジャミルは、スプレーの影響が少なくなってきて、何とか目が見えるようになってきていた。
そして、いつものように剣を握りしめ、巧の背後に周ろうとした。
まだ自分の姿が見えていないと確信しているかのようだ。
巧は、ジャミルが目の前の自分と正対せず、横を通り抜けようとする行動を見て、まだ自分の背中が真っ白になっていることに気づいていないと悟った。
そして、そのことを逆手に取ることに決めた。
「そこに居るんだろう? 覚悟しろ!!」
と巧は、何にも無い所を睨みつけ叫んだ。
その光景は、外から見たらなにかのコントをやっているように見えただろう。
実際にニーヨは、横にジャミルが居るのに巧は何やってんだ? と不思議に思っていた。
巧は、突然何もない空間に切りつけた。
当然、何の手応えもない。
そして、巧はジャミルに背を向けて、
「分かってる、お前はそこに居る!!」
とまたもや何もない空間に向かって叫んだ。
突然背中を向けられ、絶好のチャンスが訪れたジャミルは、巧に近づき剣を頭上に構えた。
そして、
「残念だ……」
といつものセリフを言おうとした。
しかし、ジャミルはそのセリフを言い終えられなかった。
巧が咄嗟に反転しジャミルの脇腹を切り裂いたからだ。
「ぐうぅぅ」
脇腹を押さえうずくまるジャミル。
「何故、俺の居場所が分かったぁ?」
ジャミルは、叫んだ。
「お前、今真っ白だぞ」
と巧は答えた。
そこで、ジャミルは、漸く自分の背中が真っ白に染められていることに気づいた。
「何だこれは?!」
ジャミルは、目が見えてなかったため自分に掛けられた白いスプレーの事が分かっていなかった。
当然この世界には無く、何をやっているのかもその音からでは判断できなかったのだ。
巧は、ジャミルの首に剣を当て質問した。
「お前は何者だ? 何が目的だ?」
「……」
無言を貫くジャミル。
そこで、巧は熊撃退スプレーを取り出した。
「これは、あの時苦しんだヤツだ」
巧は、そのスプレーの不気味さを強調した。
「!!」
ジャミルはあの時の苦しみを思い出し身震いした。
「さあ言え、言わないと……」
と巧が言い終わる前に、どこからともなく矢が飛んできてジャミルの肩に刺さった。
「ぐう。ぐっ、ぐがぁぁぁ」
突然苦しみだすジャミル。
そして、口から泡を吹かせ始めた。
それが少し続くとやがてジャミルは動かなくなった。
「誰が?」
巧は、矢が飛んできた方向に目をやった。
だが、そこには何も存在していなかった。
「毒矢。口封じね」
メイベルもスプレーの影響が抜けたのか、しゃべれるようになっていた。
だが、足を怪我しており、満足に動けないでいた。
「回復ポーション、薬草なんかは?」
と巧は聞いてみたが、メイベルは首を振った。
「それより早く孤児院を助けに行かないと」
メイベルは、足の傷を簡易的に手当てをして、足を引きずりながら孤児院に向かって行く。
早く行きたくて仕方がないようだった。
巧は、それを見てメイベルに肩を貸した。
「悪いわね」
「大したことじゃないさ」
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