第9話 スキル発動

――それから4週間ほど経過(ガラル歴533年1月)


「新年おめでとう」

とリオが巧の家に入ってきて言った。その両手にはいつもとは違う燻製肉がぶら下がっていた。


「リオ、新年おめでとう。今年もよろしく」


「ささやかだけど、新年になったからお祝いをしようと思って」

とリオは燻製肉をお皿に盛り付け始めた。


「リオ、ありがとう」

巧はいつものように固いパンと野菜スープの準備を始めた。


料理が揃い2人で新年のお祝いを行った。巧は、リオが持ってきてくれた燻製肉にかぶり付いた。

「う、うまい」

久しぶりに食べる燻製にされたの肉のうま味に、巧は感動していた。


「気に入ってくれて良かった」

とリオも巧のリアクションに満足気味だ。こうして、2人はささやかだが新年のお祝いをして過ごした。


巧はこの1か月の間、元旦を除き毎日のようにゴブリンを倒しに出かけていた。アムの村近くの草原に居る限り、ゴブリン以外に魔物が出ることはなかった。複数現れることがあったが、その時はリゲルの助言に従って逃げるようにしていた。


「ほいっと」

と気の抜けた声がしたかと思ったら、ゴブリンが血を流し倒れていった。

「これで、今月25匹目だ」

巧は、ゴブリンの胸から小さな魔石を収集すると、早速査定に掛けた。


「査定結果は1万ポイントです」

と無機質な声がして査定結果が表示された。


「いつもの1万だな」

とOKの操作をして25回目となる1万ポイントを入手した巧が言った。


査定された1万ポイントが保有ポイントに加算され、その合計は25万ポイントとなっていた。

「お金の工面もできるようになってきたし、そろそろ大きな町に移動しても良いかな」

と巧は今後の方針を考えていた。


巧がアムの村に滞在し始めてそろそろ4か月となる。リオの勉強も行き詰まりを見せ始めてきたこともあり、そろそろ大きな町に行こうかと思っていた。


――その日の午後


リオといつものようにフローク語の勉強をしていた。


「リオ、付与術と魔法文字の方はどうだ?」

巧は自分が教えられない付与術、魔法文字の進展をリオに聞いた。


「何の進展もないわ」

当たり前でしょとでも言わんばかりの顔でそうリオは答えた。


「そうだろうな。だから、そろそろ大きな町に拠点を移そうと思っているんだ。

マジェスタ魔法学園に入るには魔法文字の習得と付与術をある程度マスターする必要があるだろう? そのためには大きな町に拠点を移して、これらを習得するヒントを見つけないといけない」


巧のその言葉を聞いたリオは目に輝きを宿らせていた。

「いつにする? 明日?」


「いやいや、旅の準備も必要だしどこに行くかも決めないといけないだろ?」


「近くの大きな町といったらカオンの町よ」


「この間言っていたカオンの町か?」


と巧がカオンの町のことを聞くと、リオは得意げにカオンの町のことを話し始めた。


「カオンの町はここから東に歩いて5日ほどの所にある城塞都市よ。

そこには大きな市場があって、書店もあって、大きなお城があるのよ。とっても白くて綺麗なお城が」

とリオは目をハートにしてうっとりしていた。それを見て、お姫様になる夢想でもしているのかと巧は思った。


「所で、何で巧は私に付き合ってくれるの?」

と今更ながらにリオは理由を聞いてきた。


「俺は、自分が何故ここに居るのかその理由を知りたい。それにはここを離れて情報を集める必要があるだろう? リオが村を出たいと言っていたので丁度良いと思ってさ」


「巧は記憶喪失だったよね。やっぱり自分が何者なのか知りたいんだね」

リオは納得したようだった。


「それはそうと。リオ、3日で出発の準備を整えてくれ。3日後カオンの町に行く」


「大変だ!! ヒュージベアが現れた」

と斥候のリードが村に飛び込んできた。ヒュージベアは体長2.5m、立つと5mになる熊型の魔物だ。それほど素早くはないが、力が強くその力は大木すらなぎ倒す。また、分厚く強固な毛皮は生半可な攻撃を寄せ付けない凶悪な魔物であった。


「なんだって? どこに居る?」

と村長のボージが聞いた。


「森の出口付近だ!」


「なっ! 近くじゃないか!」


「だから、女子供は避難準備を! 今はリゲル達が食い止めている」


「リゲル達はどうなってる?」


「食い止めるのがやっとだ。分厚い毛皮に阻まれて剣の攻撃が効かない」


「それは、まずいな」

ボージは考えて避難の指示を出し始めた。


「俺は、ベオークさんの所に行く。なにか助言をもらえれば倒せないにしても追い払うことができるかもしれねぇ」

とリードはとある場所に向かって走り出した。


その会話を聞いていた巧とリオは、リードに付いていった。何かの役に立てるかはわからなかったが、何もしないよりはマシと思ったからだ。


ドンドン

リードはとある家の扉を叩いた。

「ベオークさん! 開けてくれ。話がある」


暫くすると扉が開いた。そこには杖をつき、やっと扉までたどり着いたといった風のいかつい大男が居た。だがよく見ると、左足の膝より先が無かった。


「何の用だ?」

とベオークと呼ばれた男が言った。


「ヒュージベアが出た。すぐ近くだ」


はっと息を飲む音が聞こえた。だが、直ぐに冷静になったベオークは言った。

「だが、片足がない俺にはどうしようもないぞ」


すべてを諦めているような声だった。


「ベオークさんの経験から、ヒュージベアの弱点とか、追い返す手立てを知らないか?」

と一縷の望みを掛けてリードは聞いた。


「残念ながらないな。あの硬い毛皮をぶち抜く攻撃力がないとヤツには勝てん。しかも、ヤツは一度覚えた匂いを忘れない。倒さないとずっと追いかけてくるぞ」


それを聞いたリードは絶望の表情で言った。

「なぜこんな時に、こんなのが来るんだ! ベオークさんが左足を失わなかったら、リゲルにもっと時間があれば……」


「タラればを言っていても仕方がない。ここはもうダメだ。逃げる準備をしておけ」


「ベオークさんは?」


「この足では逃げられん。この村と共に散るのみだ」

ベオークは足のこともあり、逃げることを諦め、村人の盾になることを決意していた。


「その足を何とかすればヒュージベアを倒せるんですか?」

と巧は2人の会話に割り込んだ。


「お前は誰だ?」

とベオークは突然質問をしてきた巧を見て言った。


「僕はタクミと言います」


「この足を何とかできるのか? まさかパーフェクトヒールを使えるのか?」


「いえ、パーフェクトヒールとやらは使えませんが、その足を動かせるようにできるかもしれません」

と巧は何かを諦めたような顔をして言った。

「リオ、ごめん。村を救うために今まで集めた資金を使う。カオンの町へ行くのは延期だ」


「おい、タクミと言ったな。この足を使えるようにできるんだな?」


「はい。でもあなたがヒュージベアを倒せる実力がなければやる意味がありません。倒せますか?」


「この俺にそんな口を利くとはな。だが、必要な確認だ。この足を動かせるようにしてくれるならヒュージベアくらい簡単に倒してみせるさ」


「ベオークさんは王都騎士団の部隊長だったんだ。足が動けばヒュージベアくらいなら問題ないぜ」

とリードのお墨付きも加わった。


「分かりました、この村の命運をあなたに託します」

そう言うと巧は素早くネットショップスキル”テラ”を開いてスポーツ用義足を選択した。すると計測画面が出てきた。カメラの代わりに目で見て寸法を測定するらしい。巧は、ベオークの両足を多方面から目視した。ベオークらはその様子を奇妙な目で見ていた。一通り目視による測定を終わらせた巧は、テラが自動で計算を行ってくれるのを待った。1分ほど経過しただろうか、寸法の計算が終わったのかテラが商品を購入するか聞いて来た。その額は25万ポイント、巧の全財産であった。巧は、迷わずYesと選択し、商品を目の前に出現させた。ぽっと何もない空間にカンガルーの足に似た金属とカーボンでできた義足が出現した。


「「なっ!!」」

その突然の出現に巧を除く3人は驚いた。


巧は、早速義足を手に取るとベオークの足に取り付ける準備を始めた。


「ベオークさん、すみませんが椅子に座ってもらえませんか?」


「分かった」

ベオークは素直に巧の指示に従った。


「それは何だ?」

ベオークは奇妙な形をした足を見て言った。


「これは義足と言います。義足とは足を失った人が動けるようになるための仮の足のことです」


「だが、その足は動物のようだぞ?」


「これは運動用の義足です。早く動けるようこのような形になっています」


巧は、ベオークの質問に答えながら義足をベオークの左足に取り付けていった。

流石に測定しただけあり寸法はピッタリだった。全てを取り付け終わり、巧はベオークに義足の取り付けに違和感がないか確認した。


「取り付け具合はどうですか?」


「問題ないな。痛みなどもない」


「では、動いてみて下さい」


そう巧に促されて、ベオークは椅子から立ち上がった。ゆっくりと体重を義足に掛けてゆく。


「暫く忘れていた感覚だ。両足で立つというのは良い物だな」

ベオークは義足を取り付けている左足の感覚を確かめて言った。そして、歩き始めた。最初はゆっくりと、そして段々早くしていき、最後には扉を出て外で走り出した。


「確かに悪くない」


「良かった」


「まだこの足には慣れないが、早くリゲル達を助けに行かないとな」

と言うとベオークは森の入口へ向かって走り出した。


「お、俺も行く。は、早っ」

とリードが言った。見るとベオークはあっという間に村の外に出て行った。


「俺も」

巧はリードを追いかけた。


「私も」

リオも巧に続いた。


巧、リオ、リードの3人は森の入口が見える所までたどり着いた。その時、ぐぉぉぉおぉぉぉぉという咆哮とドスンという地響きが聞こえた。


「なっ、なんだ?」

と3人は大きな地響きに不安を抱いた。


そして、その後

「ベオークさんだ! ベオークさんがヒュージベアを倒したぞ!」

という声が聞こえた。


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