18話 冒険者ギルド
――数日が経過した
商売は順調だった。
美味しいと噂を聞きつけた大口の客が大量に購入していったからだ。
だが、勉強は順調ではなかった。
魔法語と付与術の勉強をしようと思っても、書店にある本は高価だ。
今手元にあるお金はおよそ小金貨1枚で、金貨1枚という額は逆さまになっても出せない。
仕方がないので、フローク語、算術、礼儀作法を勉強するしかなかった。
また、毎日の夕飯とリンゴ代でスキルのポイントが0になってしまった。
これでは、生活費も夕食も出せない。
巧は、ゼロになったポイントを回復させるため、町の外に出て魔物狩りをすることにした。
だが、巧はこの町近郊の魔物に関する情報を知らない。
情報収集を怠ったがために死ぬのは嫌だったので、ブルートにそういう情報を知らないかと聞いてみた。
するとブルートは、ぶっきらぼうに冒険者ギルドで買えと言った。
そこで巧は、その助言(?)に従って冒険者ギルドに出向いてその情報を買うことにしたのだ。
「ちょっと冒険者ギルドに行ってくる」
と巧は勉強しているリオにそう言って宿を出発した。
ブルートに聞いた道を歩いていくと冒険者ギルドの看板が見えた。
その建物は茶色の3階建ての建物だった。
門は開け放たれており、幾人もの冒険者らしき人が出入りしている。
「ここだな」
巧が冒険者ギルドに入ると、そこにはカウンターが4つと大きな広間に人がごった返していた。
壁には、大量の依頼の紙が貼ってあり、このギルドの盛況さを感じさせた。
今は忙しい時間帯なのか、4つのカウンターの前は全て行列ができており職員がせわしなく対応している。
「訪問時間を間違えたかな」
ギルド慣れしていない巧は、もっと人の少ない時間帯でゆっくり説明を聞きたかったのだ。
仕方がないので、もう少し空くのを待つことにした。
巧は、ふと壁に貼ってある資料を見た。
そこには、冒険者のランクに関することが書いてあった。
- 魔物のランクは魔物の脅威度を表す
Fランクはゴブリン、グラスウルフなどの脅威の少ない魔物
Eランクは軍隊アリなどの中脅威な魔物
……
Aランクはマンティコア、ドラゴンなどの大きな町を壊滅させる危険性がある魔物
Sランクは1体で国を壊滅させる危険性がある魔物
- 冒険者のランクは、魔物の脅威に対抗するにはどのくらいの力が必要かを明らかにするために開発された指標である
- 冒険者のPTランクは同じランクの魔物に対抗できる力がある
- 冒険者の単独ランクは一つ下のランクの魔物に対抗できる力がある
- 以上の指標を参考にして無理をせず命を大切にしてほしい
つまり、AランクのPTであればAランクの魔物に対抗でき、Aランクの冒険者であればBランクの魔物に対抗できるということだ。
それ以上のランクを相手にするのは止めておいた方が良いということなのだろう。
「グラスウルフもFなのか。こりゃランクを上げるのは大変だぞ」
と巧は感想を漏らした。
巧がその張り紙を凝視していると、突然後ろから肩を叩かれた。
巧が振り向くとそこには、あの緑色の髪の女性と最初にリンゴを買ってくれた3人組が居た。
「こんな所に居た」
と緑色の髪の女性が言った。
「ああ、あのリンゴを大量に買ってくれた人」
「昨日市場に居なかったわね? 探したのよ?」
「大量に買われたので在庫が切れてしまったんです」
とあの後大口客が来訪し、リンゴを大量に買っていったことを話した。
「そんなに買っていったのね」
と緑色の髪の女性が残念そうに言った。
「あなた、名前は?」
「巧と言います」
「珍しい名前ね。私はレイナ。A級PTウィンドストームの魔術師よ」
レイナは自分の名前を名乗り、そしてPTの仲間を紹介した。
「後、フローラという聖職者がいるわ」
聞くところによるとフローラは用事で教会に行っているらしい。
ウィンドストームの面々は、新たな依頼を探しに冒険者ギルドに来たとのことだった。
「所で、タクミはここで何をしてるの?」
「あのリンゴを作るには魔石が必要なんですよ」
スキルで出すとは言えないため、作ると意訳した。
「もう手持ちの魔石も無くなってしまったので、魔石を集めに行こうかと思いまして。このギルドには、周辺の魔物の情報を買いに来たのです」
巧は、冒険者ギルドに来た理由を語った。
「そうなのね……」
と少し考えてレイナは
「それ(狩り)に協力させてくれない?」
と言い出した。
「それは申し訳ないですよ」
と巧は遠慮した。
巧からしたら、リンゴの購入費用の調達を手伝ってもらうことになる訳で、
他人に買ってもらった物を売って利益を得る行為となってしまう。
それに巧の良心が咎めたのだ。
更に、凄腕とされるA級PTにゴブリン程度の狩りを手伝ってもらうのも申し訳ないと思っていた。
だが、レイナはあなたの為じゃなく、私の為よと言って譲らなかった。
更に、他に美味しいフルーツはないのと聞くレイナに、巧は今の季節ならイチゴがありますよと答えた。
レイナはイチゴを食べたことがあるのか、少ししかめっ面をした。
だがリンゴのことを思い出したのか興味を示し始めた。
「そのイチゴは美味しいの? 酸っぱくて苦いとかないわよね?」
と巧に確認を入れた。
巧は、リンゴ並みに甘くて酸味とのバランスが最高だと回答した。
「興味あるわね。今回の狩りで得る魔石で作ることはできるかしら?」
巧は、できますよと言いイチゴをレイナに届けることを約束した。
レイナはその回答に満足し、やる気を漲らせた。
巧は、以上の経緯から協力してくれるというレイナの提案を承諾した。
こうして、巧はウィンドストームの面々と魔物の狩りに出かけることになった。
レイナがどのくらいの大きさの魔石が必要なのかを聞いてきたので、小さな物で十分と答えた。
レイナは任せてと言って、南門から出て森へと歩き出した。
ウィンドストームの4人と巧は、鬱蒼と茂る森へと入っていった。
何も知らない巧は、不気味だが町の近くにある森だし大した敵は居ないだろうと高を括っていた。
ウィンドストームの4人はどんどん森を進んで行き、大きな岩のある所で停止した。
そして、岩の陰に隠れていた扉を開け、その中に入っていった。
そこは魔法陣が地面に描かれた転移の部屋であった。
「転移するわ」
とレイナは、魔法陣の上に乗るよう巧に指示した。
巧はちょっと嫌な予感がしたが、指示に従った。
全員が魔法陣の上に乗ると、レイナは術式を起動させた。
軽くめまいがした後、似てはいるが若干異なる部屋に居ることに気付いた。
「転移完了。ここは南方の草原よ」
レイナはそう言って扉を開け放った。
眼下には、広大な草原が地平線の向こうまで広がっていた。
この転移室は、カモフラージュされて草原の小さな丘の上にあるようだ。
「今回の討伐対象は軍隊アリ。大量の魔石を集めるにはおあつらえ向きでしょ?」
とレイナはのたまった。
「え”っ? 軍隊アリ?」
軍隊アリと言えば、巧の居た世界でもヤバい昆虫だ。
さっき見た張り紙には、単体でEクラス、集団となればCクラス、女王アリがいたらBクラスの魔物と書いてあった。
当然、名前の感じからすると大量に出てくるはずである。
巧は、まだ集団と戦ったことのない素人に毛が生えたくらいの腕前だ。
実際の所、冒険者単独ランクで言えばFかEだろう。
そんなニュービーに軍隊アリと戦えとは無茶にも程がある。
「さあ、大量に魔石をゲットするわよ」
とレイナが意気揚々と言った。
「ちょっ、待っ」
と言う巧を尻目にウィンドストームの面々は、丘を下り軍隊アリの集団に突撃していった。
ふとギギィという音が横からした。そして、そちらに顔を向けると1匹の軍隊アリが向かってきていた。巧の周りには誰もいない。
「くっ」
巧は、仕方なく軍隊アリと戦い始めた。
「久しぶりに全力で戦えるぜ!」
とラディックが楽し気に言い放ち、早速大技を繰り出していた。
「私はあっちをやるわ」
とレイナは右の方へ杖を向け、何やら長い呪文を唱え始めた。
空気が震え、地面の石が浮き上がる。
「ウィンドストーム!!」
巨大な竜巻が3本現れ魔物の群れを突っ切っていった。
風の刃で切り裂かれ、粉々になっていく軍隊アリ。
「何んだあれ?! 巨大な竜巻が出てきた!」
巧は軍隊アリの噛みつきを剣で受け止めながら驚愕の声を上げた。
そして、レイナは次の呪文のための魔力を練り始め、呪文を発動させた。
「ブリザードストーム!」
周辺の気温が急激に下がりダイヤモンドダストが出現し始めた。
そして、ブリザードが広範囲に吹き荒れる。
ブリザードを受けた軍隊アリは氷の彫刻となって生命活動を停止した。
レイナはあっという間に、50匹を超える軍隊アリを葬った。
一方、ラディックは剣を水平に構え体を捻って、神経を集中させた。
そして
「ウルトラソニックブレード!」
という声と共に剣を横に薙いだ。
その技はソニックブレードの巨大版だった。
10メルテはある巨大な風の刃が軍隊アリに襲い掛かる。
その巨大な風の刃が通り過ぎると、その通り道にいた全ての軍隊アリは体を切り裂かれ粉々になっていた。
残りの2人も凄まじい勢いで軍隊アリを倒していく。
「これがA級PTの力か」
巧は、その凄まじさに震撼していた。
そして、いつの間にかこの一帯の魔物は全て消え去っていた。
だが巧は、まだ1匹の軍隊アリに苦戦している。
ウィンドストームの面々が戻ってきた。
「いや~、久しぶりに楽しかったぜ」
ラディックは楽しそうに言った。
「でもこの杖、威力は大きいけど魔力の消費が激しいわ」
とレイナは問題点を出した。
「そうか。そうなると魔力管理が難しくなるな」
リーダーのラディックは戦術を考えながら言った。
「あれ? 巧も戦ってたのか?」
まるで予想外というようにラディックが言う。
「見てないで助けて下さいよ」
軍隊アリと6回目となる力比べを行っていた巧が懇願した。
するとシールがその場からかき消えた。
一瞬の間に軍隊アリの背中に現れると剣を首の節に突き入れた。
ギッ
という音がして軍隊アリの動きが止まる。
「助かりました」
お礼を言う巧に頷くシール。
なし崩し的に始まった軍隊アリの殲滅だが、終わってみれば、巧が入る余地は髪の毛の先程すらなかった。
レイナが言った協力するというのは、魔石を集めることで巧の狩りの手伝いではなかったのだ。
ウィンドストームの今日のミッションは、冒険者ギルドで適当な依頼を受けて、新しく得た武具の問題点を洗い出すことだった。
そこに、巧が現れたのだった。
「まあ、戦術は追々考えることにして、さっさと魔石を集めて帰ろう」
とラディックが言った。
巧は、広範囲に横たわる100以上の魔物の残骸を見て、これ全部を解体するのかと膨大な作業を想像しゾッとした。
だが、ウィンドストームの面々は動きを見せる素振りを見せない。
巧は、どうするつもりだろうと不思議がった。
するとレイナが、転移部屋のある丘の上に立ち、
「ファイアーストーム」
と呪文を唱えた。
すると、巧達の居る山を避けて、広範囲に炎が現れ軍隊アリの体を燃やしていった。
10分ほどすると、すっかり軍隊アリの姿は消え失せ、地面にキラキラ光る石だけが残されていた。
それを見たレイナは次に普通の雨を降らせ石を洗い流した。
「良いわよ」
とレイナが言い、ウィンドストームの面々は地面にある魔石の回収を始めた。
「凄いな。完全に魔術を使いこなしてる」
と巧は感動した。
だが、巧は何故最初からファイアーストームを使わないのかとレイナに聞いた。
すると、レイナが火の付いた魔物が逃げ出して、広範囲を焼け野原にしたからだと教えてくれた。
それ以来、倒してから火をつけるようになったのだとか。
回収した魔石を数えると、2~3シーメルテほどの魔石が116個であった。
レイナはその全ての魔石を巧に渡そうとした。
「はい。これでイチゴを作ってちょうだい」
「いやいや、こんなに貰えないですよ」
1匹も倒していない巧は、116個もの魔石をもらうなんて申し訳ないと思った。
「遠慮しないで受け取りなさい。あのリンゴとイチゴを作るには大量の魔石が必要なのでしょう?
私たちだと、こんな小さな魔石は売るしか使い道がないの。
売って小銭を稼ぐくらいならタクミに使ってもらった方が有意義なのよ」
「そうですか。それなら有難く受け取ります。このお礼はリンゴとイチゴで返します」
「それで良いわ」
こうして、巧は大量の魔石をゲットしたのであった。
夕方になって帰宅した巧は、心配そうにしていたリオに謝り、ことの次第を話した。
「それで広大な草原に連れていかれて軍隊アリを討伐していたの?」
「そうなんだよ。訳も分からず連れていかれてさ。でも討伐した魔石を全部くれたんだぜ」
「気前が良い人達ね」
そして、あの大量の魔石は全て査定しポイントに変えた。
その額、253万ポイントである。
これで狩りに行く必要が無くなった巧は、リンゴの販売を再開した。
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