8話 企鵝と雨 2/2

「もう一枚撮っておこう。いや別アングルも撮っておきたい」

「リコ姉さん、いい加減帰りましょう」


 リコがせっかくなのでガラスドームの写真撮っておきたいとか言って写真をバシバシ撮っている。あとで写真見て描くらしい。

 急に俺とお嬢様方の間に氷の壁が出来た。


「時間怪盗!?」

「ウイヒメ、私の後ろに下がれ」


 リコがウイヒメを後ろに庇うが、氷の壁がリコとウイヒメを囲んでいく。

 そしてガラスドーム周辺に霧が立ち込める。

 二人の人影が近づいてくる。


「はじめまして?はじめましてじゃないか。エージェント・バード、ペンギン/フリーズフォームだ」


 白い強化スーツの上から黒色の半透明装甲。ミルクを混ぜたコーヒーのような白と黒の仮面のエージェントが現れた。目に二つの赤いレンズ。そして腰に付けた銀色に光る見慣れないバックルに赤いレンズが見える。新装備か。手には真っ青な手斧。これも見た覚えがない。


「チャオ。今日こそ決着をつけよう。テンペストには悪いが俺たちでお前の首級を挙げる」


 灰色の装甲、ヘイズもまた俺を囲むように現れる。いつものタイムナイフ二刀流だ。


「装着ッ!」

『適合値:100。結晶装甲、強化スーツ、装着のリクエストを実行します』


 俺はレンズを装着し、タイムスラッシャーを抜く。


「ペンギン泥棒ってのはそこの白黒仮面か?」


 切っ先を向けバードに尋ねる。


「バードっす。何時も使っているバードとフリーズが合わなかったのでペンギンをレンズに混ぜました」


 特に悪びれもせずにバードが自白する。 急に鳥肌が立った。勘が己に迫る危機を知らせてくる。

 瞬間、背部から衝撃を受ける。


「やあ。エージェントチーフ・ミラージュだよ。貴方に刺さっている槍は『竜牙ドラゴンファング』仲良くしてあげて」


 背中を蹴られてドラゴンファングが抜ける。倒れそうな身体を根性で直立させる。

 背中から結晶装甲で覆われていない部分を刺された。背後に目を向ける。

 竜を模した灰色の仮面を被り、灰色の結晶装甲と同じ色のマントを羽織ったエージェント――ミラージュ――が俺の血で塗れた槍を持ったままカーテシーをする。

 槍は骨を削り出したような乳白白の穂先だったが、俺の血で赤く濡れている。


「ヘイズくんがうるさいから渋々貴方を始末しに来たの。そのまま死んでくれるとヘイズくんが喜んでくれる。私はどうでもいいんだけど」


 ミラージュが槍を突き出す。バードは握り拳サイズの氷の塊を空中に生成し、飛ばしてくる。

 槍をタイムスラッシャーで弾き、氷の塊が全身にくまなく叩きつけられる。ヘイズを見失っていると飛び蹴りをもろに胴体で受ける。

 流石に倒れる。氷の塊は打撲程度だが槍で刺されたダメージに響く。呼吸するだけで痛い。飛び蹴りで肋骨が折れたか?

 だが、ここで俺が倒れたら誰がウイヒメやリコを守る?起き上がれこの身体。


『適合値:110、120、130、140、150。適合値の異常上昇を確認しました。直ちに装着を解除し、検査を受けてください』


 スーツが筋肉や神経に侵食する感覚を感じる。起き上がろうとする俺の意志がレンズをねじ伏せている。身体が熱く、喉が渇いていく。


「うわあ。実際に目の当たりにするとびっくりする……」


 ミラージュは他人事のような感想を口にしているが、攻める隙がない。呑気さとは裏腹に修羅場を潜ってきた経験を感じる。向こうから攻めて来ないなら無視したい。


「ミラージュさん、刺せ!バードは足元を固めろ!」

「うっす」


 ミラージュが慎重に距離を詰めてくる。ヘイズは分身を踏み台代わりにして高く飛び上がる。また飛び蹴りをしてくるのだろう。

 氷が地面を覆って俺の手足まで凍てつく。だからなんだ。待て。いいこと思いついた。

 手足に絡みつく氷を粉砕する。

 適合値の上昇と丸一日世界に置いていかれることを覚悟の時間加速で、バードに体当たりする。

 この体当たりを並の時間怪盗が食らえば内臓破裂くらいのダメージを受けるだろうよ。

 そして相手は倒れる。ヘイズの飛び蹴りも上手いこと回避できた。

 

「ベルト貰うぞ」


 バードのベルトを無理矢理剥ぎ取り、飛び退く。これで氷結能力は使えなくなるよな。

 そしてここからは賭けだ。俺の意志で道は開くという不思議な確信がある。


「シンクロ・ハーモナイザー:フリーズレンズ、装着ッ!!」

『DNA認証、管理者アドミニストレータ権限を確認。シンクロ・ハーモナイザーを起動。結晶装甲、強化スーツ、仮面を変換します』


 結晶装甲とスーツがいつものから変わった。地面を覆う氷が鏡のように俺の今の姿を移す。

 いつもの黒い強化スーツに赤いラインが走り、結晶装甲は真っ白に変わった。その上で装甲が増設されている。特に肩の装甲からはスパイクが生えている。

 仮面もまた変わり、『氷』という形で赤いレンズが埋め込まれている。これはレンズも変形しているな。

 剣を地面に突き刺す。


「逃げろバード!」


 ヘイズは剣術の心得があるようで、俺の構えから何をするつもりか勘づいたようだ。


「凍剣抜刀」


 地面を鞘にして抵抗を増やす。地面から剣を抜き、溜めた力でバードを斬る。多数の相手で一番最初に倒すべきは一番弱い相手だからだ。

 抜刀の刹那、タイムスラッシャーが氷の刃を纏い重く、そして長く伸びる。

 バードの右足つま先から左の首筋まで切り裂いた。


『ユーザーに致死的負傷を確認、ユーザーの時間を投棄し、停止措置を行います』


 半分に切れたままバードは固まった。時間投棄だ。時間を失った人間は生きても死んでもいない状態になる。通常なら死ぬほどの負傷でも時間が進まなければ死なない。


「とりあえず私がバードくんの時間を回収したけれど……」


 ミラージュのレンズにバードの時間が回収されている。


「クソッ!泥濘ぬかるみに自分から突っ込んだみたいじゃねえか!」


 ヘイズが突っ込んで来たので、タイムスラッシャーを振るう。結晶装甲や強化スーツを切り裂き肉を切った感触がある。

 適合値の向上と新しいレンズが合わさり豆腐を切るほどに軽く結晶装甲が切れる。


「帰るよヘイズくん」

「……クソ腹立たしいが、ミラージュさんに傷をつけるわけにもいかない。帰るか」


 バードの身体が二つに分かれないように二人で抱え、ミラージュとヘイズは霧の中に消えていった。

 相手が帰ったのを確認し、地面に頭から倒れ込む。アドレナリンが切れて痛みが戻ってくる。腹が熱い。

 冷たい雨が降ってくる。雨に濡れると何処か懐かしい気持ちになってくる。過去の記憶の無い俺が、何故雨を懐かしむのかと思いながら、意識が遠のいていった。




 





 



 


 

 


 





 







 

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