10話 人生と冒険

 現在の状況。二対一。俺が斬るべき敵&敵。

 全身の神経が相手の動きの全てを捉えようと張り詰めている。

 翼竜。これは一撃で斬り裂けるだろう。飛べないならばそれはまな板の鯉。

 マイスター。レンズ二枚ならば強化スーツの身体強化も時間加速の倍率も俺が上回る。

フリーズフォームになった俺はベルト分合わせて三枚のタイムレンズを使える。だが、何故かわからないが、今は剣が届く気がしない。俺がこの女に技量やで劣っているとでもいうのか?


「貴方のこれまでの冒険を語ってちょうだい」


 剣で己を語れってか?

 斬れるならばコイツを斬らねばならない。レイジの仇に関係があるから、また俺が俺自身を取り戻すために。それがどんなものでも失ったものを取り戻したいと思う。


「時間怪盗の元締めに語る物語はない」


 いや違う。レイジに拾われてからの物語しか俺にはなく、それを語ることが怖いだけだ。

 レイジに示された道を歩いているだけだと言われるのが。だが、この剣に恐れも迷いも乗せない。不純物だからな。


「ふふっ。貴方らしいわね。自分のことは話したがらない」


 微笑ましいものを、懐かしいものを見たように笑ったな。仮面の下の顔が見えなくてもマイスターお前からは喜色を感じる。相手は何故か俺に好意的だがそれが斬らない理由にはならない。

 自首して今までの罪を警察に洗いざらい吐けと言って聞く相手じゃないことは見れば分かる。


 マイスターが突きを放とうとしたと同時にタワマンの上から月の光をバックにストリングスが飛び降りてきた。

 地面に着地する前に翼竜の時間怪盗の首に弦を巻き付け、落下位置を修正する。

 翼竜は下敷きになった。


「ここは俺に任せてそいつを倒せ!」

 

 ストリングスの発言を聞き流し、マイスターの突きをタイムスラッシャーで受けて耐え忍ぶ。

 突きの一撃一撃は重くも軽くもない。絶妙に俺が耐えられる威力だ。だが、突きを受けると同時ジリジリと後ろに下がっていきストリングスや翼竜と距離が開いていく。


「私ばかりが攻めていてはつまらないでしょう?打ち込んで欲しいわ」


 マイスターが構えを解いて、ガラ空きの胴を晒す。ガラ空きの胴をタイムスラッシャーで斬れば人体は二つに分かれるだろう。

 だが斬れはしないと本能が訴える。


「辛抱が足りないんじゃないか?斬って欲しくて隙を晒すとは」


 先程、翼竜に飛ばそうとした斬撃が砕かれたが馬鹿の一つ覚えにこの技を出す。


「凍剣抜刀」


 地を引き裂き、氷の刃がマイスターに迫る。


『適合値を100から180に変更』


 マイスターの黒い髑髏の仮面に嵌まったレンズからシステム音声が聞こえる。

 マイスターの赤い結晶装甲が輝き、氷の刃に耐えた。適合値の修正で装甲の強度が向上したのだろう。

 もろに当ててこれでは手詰まりだな。


「辛抱が足りない?私が?」


『適合値を180から200に変更。適合値は危険値です。直ちに適合値を安全値まで下げてください』


 マイスターは俺と同じように任意で適合値を変更できるようだった。

 辛抱が足りないと言われたのがよほど頭にきたのかマイスターは見慣れぬ構えを取る。

 左手の人差し指と中指で切っ先を掴み、同じく右手の人差し指と中指が柄を握る。

 術理はなんとなく見える。俺が地面に剣を突き刺し、そこで力を溜めて振り上げるのと同じだ。

 それをマイスターは指の力で行おうとしている。


「私の年月を一撃に込める。これで割れたのなら貴方はそれまでの器。私のヒーローじゃないわ」


 お互いがお互いに踏み込む。俺は剣を鞘に納め、相手が伸ばした腕の下に潜り込むように飛び込む。俺の頭上を高速の斬撃が空気を削り進む。道には深い傷跡ができているだろうが振り向かない。振り向くほどの余裕がない。

 そして俺は鞘を握り、剣の柄頭で相手の脇腹をすくい上げるように突く。相手の身体が空中に浮く。

 衝撃を受け流すように突きの瞬間飛んだな。


「まだよ。まだ私は満足していない」


 そしてマイスターは空中に浮く。

 天高く掲げられた剣の刀身が何か透明度の高い手のようなものに握られている。

 ああ理解わかった。次はその透明な手を抵抗にして力を溜めて剣を振り下ろすんだな。

 俺もその一撃に攻撃を合わせる。意地の張り合いだ。お互いに正面から斬り合う。


黒い流星ブラック☆シューティングスター


 極彩色の剣が黒く染まり、透明な手を引き裂いて、俺へと落下する。


「居合、凍剣抜刀」


 これに俺は居合を当てる。鞘を抜く抵抗で、力を溜め、相手の剣を弾き飛ばす。地面より鞘の方が抵抗は少ない。だが狙いはつけやすいし、色々メリットがある。


『適合値:120、150、180、210。適合値の異常上昇を確認しました。適合値は危険値です。直ちに適合値を安全値まで下げてください』


俺のレンズから聞こえるシステム音声は無視する。

 黒い剣を弾いたが狙いと勢いを削るくらいしかできなかった。肩をガッツリ斬り裂かれた。しばらく右手は上がらないだろう。だが、マイスターの剣は奪えた。筋肉とスーツの伸縮で刃を固定する。

 そして鞘を抜き、居合の勢いを乗せて鞘を振る。鞘の周りに氷の刃を纏わせた。鞘はマイスターの右腕を斬り裂く。


「道の途中でここまでの剣を振えるとは……やはり貴方は私のヒーロー


 腕を斬られてもなお余裕がありそうな台詞を吐いている。大して俺はかなりキツい。右腕が上がらないからな。それにさっきの一撃でタイムスラッシャーが折れた。鞘を芯にして氷の剣を振り回すしかない。


「俺はお前のヒーローになったつもりはない。俺はウイヒメを守護おまもりする仮面バトラー……仮面バトラーレンズだ」


 記憶というこれまでの積み重ねすら失った俺にレイジは使命を与えてくれた。何も無くなった俺がまだ歩いていけるのはレイジのおかげだ。レイジの都合がいいように踊らされているのかもしれないが、特段の不満はない。

 俺はウイヒメのことを出来の良い妹のように思っている。


「リコは守護おまもりしないの?」


 マイスターは剣を諦め、手を離す。何故リコを知っている?それにリコがお嬢様であることも。何処かから情報が流れているのか。


『適合値を100に変更。平常値です』


 マイスターのレンズから聞こえるシステム音声は適合値の低下を知らせる。戦意が薄れているように感じる。


「する。俺は自分の手に届く範囲くらい守護まもってみせる」


 俺は仮面バトラーであるから、ウイヒメもリコも守護おまもりする。そして時間怪盗を倒せるのは俺とストリングスしか居ないから、時間怪盗を倒し市井しせいの人々を守護おまもりする。

 これも全部レイジが見せてくれたしるべに過ぎないが、それでも俺が歩き進む道だ。


「分かったわ。やはり貴方はヒーローになるしかないでしょう。私の……私たちのヒーローに」


 マイスターは一人で何か納得した雰囲気を出している。そのときストリングスが翼竜のレンズを砕いた音が深夜の街に響く。


「……お前も逃がさんぞ時間怪盗ッ!私には抵抗を打ち破る備えがある!」


 ストリングスはマイスターに啖呵を切るが、見るからにボロボロで余力があるように見えない。


「私はタイムレンズ職人マイスターよ。ところで貴方、安静にしていた方がいいわよ」


 マイスターは呆れたような声色で言った。たぶんこのまま逃げるんだろうな。


「まだだ!!」


 ストリングスにはまだ折れぬ戦意が感じられる。


『適合値:90、95、97、98。適合値の上昇を確認しました。直ちに装着を解除し、検査を受けてください』


 ストリングスの黒いレンズからシステム音声が聞こえる。

 また同時にストリングスのスーツ内から破裂音や鈍い音が聞こえる。人体が強化スーツに締め上げられて人体が壊れているんだろうな。


「ああああああああ!」


 ストリングスが弦をマイスターに巻きつけ、弦を巻き取りつつマイスターに飛び蹴りを食らわせようとする。

 飛び蹴りが直撃した。ストリングスは着地する。変身が溶け、草加が地面に倒れる。マイスターは平然としている。


「……その人、早く病院に連れていった方がいいわよ」


 そう言うとマイスターは消えていた。

 とりあえずまあ、救急車呼ばないといけないな。


 



 



 


 



 


 

 



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