5話 狼と犬 幕間

  季節は緩やかに秋に変わっていた。日差しは暑いものから穏やかなものになった。

 ワイルドハント社の本社ビル、その八階にラフな格好の男がやって来た。

 柄シャツに白いズボン、明らかに企業人カンパニーマンの服装ではない。


「ヘイズさんに呼ばれてきたんすけど……」


 八階のガラガラのデスクの中には二人しか居ない。先にヘイズが男がやってきたことに気づいた。


「おお!来たか!とりあえずこっち来い!」


 ヘイズは変身した姿だった。ヘイズは一番奥の席の前に立っている。


「エージェントチーフ・ヒュドラだ。を始末してもらいたい。これはお前を優秀な時間怪盗と見込んでの試験だ」


 一番奥に座る女はヒュドラと名乗った。ヒュドラはカーキ色のスーツを着て、黒髪を長く伸ばした女だった。ヒュドラとはもちろんコードネームであり、本名はノゾミという。


「コイツね。あとこれまでの功績の報奨な」


 ヘイズは乾マサトの顔写真とやや黒く濁った赤い眼鏡を渡す。


「これがターゲットっすか……わかったっす。頑張るっす」


 男は写真の裏に書かれた住所を読み、眼鏡を頭に掛けた。


「頑張るじゃなくて結果を出してこい。成功の暁には、オレの部下としていい思いをさせてやる」

「ハハッ!」


 ヘイズは笑った。エージェントになっても時間怪盗と大して仕事は変わらない。担当する複数の時間怪盗から時間を上納させ、それをに納める。上が代わり、他人を動かすことになる。面倒なだけだ。

 それでも他人を動かす立場に立ちたいと思うものはいくらでも時間怪盗には居た。そんな一山いくらの時間怪盗を今回当て馬にする。

 乾マサトを始末できれば良し。できなくても構わない。その程度の期待をかけていた。

 そしてヘイズの推測では

 の幹部にやる気が無くとも乾マサトは死ぬべきだとヘイズは考えている。乾マサトは天災であり、とヘイズ自身に不都合を撒き散らす。


「ところでなんでヘイズさんはずっと変身しているんですか?」

「社長から社内でも顔出しするなと言われているんだよ。街中でバッタリあったときに俺に気づかれちゃあ困るしな」


 男は、ヘイズが《組織》で機密に関わる立場だと感じ取った。


「頼んだぞ、ハウンドドッグ」


『適合値:72。結晶装甲、強化スーツ、装着のリクエストを実行します』


 男――ハウンドドッグ――は白いスーツの上に灰色の装甲を纏う戦士に変身した。顔を覆う仮面は犬を模している。


「何故装着した?」


 至って平常の態度でヒュドラは尋ねる。暴力がモノを言う世界では、怖気づけば舐められる。それをヒュドラはこれまでの経験から学習し、実行できていた。

 ヘイズはヒュドラとハウンドドッグの間に立つ。ヘイズは社長派であり、ヒュドラはマイスター派の二番手である。だが、この場でヒュドラが傷つけられた場合、ヘイズは社長に合わせる顔が無くなる。

 物理的に首が飛ぶ可能性も高い。


「新しい玩具おもちゃって、もらったら直ぐに開封したくなるじゃないっすか。そんなマジにならないで欲しいっすよ」


 ハウンドドッグは自分が冷やした場の雰囲気を温めようとおどける。


「なかなか面白いな。命を大事にするがいい」

「俺はつまんねえよ。二度とふざけた真似するな」


 ヒュドラとヘイズの感想は全く別だった。

 ヒュドラはハウンドドッグの評価を一山いくらの兵隊から、見込みがある程度まで評価を上げていた。

 ヘイズは無駄な緊張を強いられ、面白くなかった。派閥が違うとはいえ、ヒュドラはの幹部であり、大事ななのだから。

 ヘイズは仮面バトラーとして、を傷つける行為を絶対に許さない。それだけがヘイズに残った唯一の誇りだった。

 ウイヒメを人質にしたときも傷つけるつもりは毛頭なかった。


「すいません」


 ハウンドドッグは素直に謝り変身を解いた。



 



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