11話 蛇と蜘蛛 アバンタイトル

 草加タクミは瀕死の重体を負ったはずだった。

 しかし彼は映画館の座席に着き、映画を見ている。あの日、草加が片目を失ったときの出来事を。


 高層ビルの内部。砕けた噴水の上に、紫の強化スーツに黒の結晶装甲を纏った者が倒れている。ストリングスであった。片腕は折れ曲がっている。

 そこに一つの影がビルの吹き抜けを飛び降りてくる。

 緑色の結晶装甲を全身鎧のように覆う。掌や関節からわずかに見える強化スーツは黒色だった。頭部には黒いシルクハットを被り、黒い髑髏の仮面で顔は覆われていた。当然のように赤いレンズが仮面には嵌められている。

 また金色に輝く肩章から腕のラインに沿い、金属質の光沢を持つ金の蛇のようなものが四対伸びている。八本の蛇がそれぞれ四方を警戒していた。

 四方には時間を盗まれた警官たちや負傷した警官たちが横たわっている。その中の一人が草加だった。


オレの勝ちだ。ストリングス』


 黒い髑髏の仮面が、ストリングスの折れた腕を足で踏む。ストリングスは苦悶の声を上げず耐える。


『足を退けなさい。ヒュドラ』


 ストリングスからは女の声がした。周囲に伸ばされていたストリングスの弦が、警官たちから銃を拝借する。

 タイムレンズ所持者の所持する道具は同じ時間加速が適応される。

 弦で掴まれた銃はストリングスやヒュドラと同じ時間で動作し、同じ加速率の銃弾が飛ぶ。

 ストリングスが操る四本の弦が掴んだ拳銃が、ヒュドラを囲むように銃撃を加える。

 ヒュドラは微動だにせず銃撃を耐える。銃弾はヒュドラの結晶装甲を貫けない。


『これで終わりか?』

『まだよ』


 ストリングスの握っていたタイムナイフがヒュドラの脛を斬る。

 咄嗟にヒュドラは飛び退いたが、脛の結晶装甲は斬り裂かれ、人体の肉や骨も切断された。直ぐにスーツが伸縮し、傷口を外側から塞ぐ。

 ストリングスは身を起こす。片腕は折れていたが戦意は未だ高い。


天叢雲剣スカイブレイカー


 ヒュドラが天に腕を伸ばすと、虹の七色を全て混ぜ合わせたような色、つまりは黒色に輝く両刃の長剣が現れた。

 対して、ストリングスは弦で掴んでいた拳銃を投げ捨て代わりに周囲に落ちていたタイムナイフを拾う。

 ヒュドラが天叢雲剣スカイブレイカーを振るよりも早く、ストリングスの弦は四本のタイムナイフをヒュドラの背に突き刺した。

 しかしヒュドラは止まらない。

 天叢雲剣スカイブレイカーはストリングスの左肩から入り、右の腰まで斬り裂いた。袈裟切りである。


『ストリングス、お前はなかなか手強かった。最後に言い残すことはあるか?』

『貴方がレイジやウイヒメに会ったなら、私のことは気にするなと言っておいてくれる?』

『承知した』


『ユーザーに致死的負傷を確認、ユーザーの時間を投棄し、停止措置を行います』


 ストリングスの装着は解除され、あとには時間を失い、生きても死んでもいない状態になった女が残された。


 気がつくと草加の隣には男が座っていた。濃紺のジャケットに金色の輪袈裟を掛けている。男は言う。


「かつてのストリングスを見て、何か感じるものはないかね?」

「自分自身の不甲斐なさ、弱さ、卑しさ。私はあのとき自分自身がヒュドラに目も向けられなかったことに安堵した。だから私は死ぬまで戦い、ヒュドラを斬る」


 草加は決意を新たにする。目を背けていた自分の弱さ、情けなさを克服し戦って死ぬことを。


「そのためにお主は何をしなければならないと思う?」

「私は……」


 そして草加は病室で目覚めた。

 草加は自身のベッドの傍らに置かれた黒いサングラス型のタイムレンズをかけ、こう言った。


「時間逆行」


 草加は自分自身の時間を消費し、すぐにでも戦えるように身体を治すことを決めた。タイムレンズの時間逆行機能は戻す時間よりも多くの時間を消費する。


「今すぐにでも退院し、ヒュドラを斬る」


 退院し、職場へと向かう草加に連絡が入る。

 草加の祖父からだ。


「いい加減に見合いしろと言うのかクソジジイ」







 


 



 



 

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