11話 蛇と蜘蛛 1/2
ウイヒメがお見合い(結婚できる年じゃないだろ)に行くことになり、俺は留守を預かることになった。
肩の傷は病院で一晩寝たら治っていた。ここまでくると無意識で時間逆行しているとしか考えられない。意識があるとつい時間を惜しんで使う踏ん切りがつかないが、意識の無いときにオートで戻しているのかもしれない。どうりで寝ても寝た気がしないわけだ。
時間逆行のコストには、戻す時間以上の時間を費やす必要があると考えられている。少し前の傷を治すだけでも戻す時間の二倍は最低でも掛かる。
昼飯は『XX《ダブルクロス》カフェ』で食べることになった。リコの希望で。俺は普段コンビニ弁当か中華料理屋か自炊で済ませている。
本当は一人ずつ飯食いに行くか誰か残って電話番した方がいいが、まあいいだろ。用事がある馴染みはだいたい俺かウイヒメの携帯電話にかけるし。
「あの店はカレーが美味いと言っていただろう?マサト」
リコは無駄に『XX《ダブルクロス》カフェ』のカレーに対する期待を高めていた。
「まあそうだが……お嬢様の口に合うかは知らんぞ」
リコは育ちが良いので、庶民の味をどう思うのかは知らん。店に入る。
「いらっしゃっせー」
聞き覚えのある声がする。
「なんで薄羽刑事が?」
聞き覚えのある声というか、そのまんま薄羽刑事がエプロンにハンチング帽子で店員として居た。
「本当は臨時休業にするつもりだったらしいが、店を開けておいてくれと言われてな」
薄羽刑事の言い方から推測すると、情報屋は今出掛けているらしい。
「警察が副業していいのか?」
「俺は金貰って店番しているわけじゃないので、問題ない……はずだ」
薄羽刑事も法律的にどうなのか自信が無いようだった。レイジが生きていた頃からの付き合いなので、首切られそうなことやらないで欲しいな。
「そうなのか。じゃあカレー二つとコーヒーを頼む」
リコはあまり興味がなさそうだった。薄羽刑事とは付き合い短いしな。
「承知しました」
普段は情報屋が勝手に料理やドリンク出してくるので注文するという行為が懐かしい。というか今リコに勝手に注文された。俺も注文したかった。
俺たちはテーブル席に座る。
「ピアノがある。弾きたい」
「薄羽のおっさんが飲み物持ってきたら触っていいか聞いてみろ」
リコはピアノ弾けるのかと疑問に思ったが、コイツなら弾けないけど弾きたいくらい言うだろうな。
カフェの奥、トイレから誰かが出てくる。
銀髪のインナーカラーに赤色が入った若い女だ。白いワイシャツにライトグレーのパンツという格好からデスクワーカーに見える。営業の外回りで休憩しにこのカフェに来たのだろうか?。
しかしあの顔は……あの顔は見覚えがある。頭が痛くなってきた。脳の中に鉄の棒を突き刺されかき回されるような痛みがする。
「カゲロウ、手洗いは冷水しか出ないのかしら?」
「仕様です。店側の手洗いの方には給湯器付いてないので……」
「改装するのはどうかしら?」
「
女はカウンター席に座る。
飲みかけのコーヒーと食べかけのクロックムッシュが見える。
「コーヒー二つです」
薄羽刑事がコーヒーを持ってくる。とりあえずコーヒーを飲んだら頭痛が落ち着くかもしれない。
「クロックムッシュもあるのか?」
「ございますよ」
「クロックムッシュ一つ頼む。あとピアノ弾いていいか?」
リコがカウンターの客のクロックムッシュを見て、クロックムッシュを追加する。カレーとパンを両方胃袋に入れられるのか?頭痛は変わらず、俺はこの調子でカレーを食べれるのか。
「クロックムッシュは承りました。ピアノは少々お待ち下さい」
薄羽刑事がカウンターの客に話を聞きに向かう。
「あちらのお嬢様がピアノ弾きたいそうで」
「リコがそうしたいならばいいんじゃないかしら?私たちしか今店内に居ないのだから」
今カウンターの客、リコの名前を知っている様子だったな。
「貴方は私を知っているのか?」
「……貴方は知らないでしょうけど、私は貴方を知っているわ」
そう言って客はリコに名刺を渡す。一瞬だけ表情に痛みのような感情が見えたな。
リコに忘れられていたことに思うところでもあるのか?
「ワイルドハント社専務取締役、乾ヒカリ。父上に連れられてパーティーに出たときに会ったか?私はこの通り良家の子女としては無作法な者であまりそのような場に出た覚えは無いが……」
乾ヒカリ?まてその名前は何処かで聞いたことがあるような。
名前と顔という別々の情報が脳内で繋がり、記憶の扉が開かれかかる。頭が割れるように痛い。頭を叩き割って知っていることを思い出そうとするような。
「別に構わないわよ。そんなことより貴方のピアノが聴きたいわ」
「感謝する」
リコがピアノを弾く。『ジムノペディ』だ。頭に取っ手が出来てそれが開かれるように。何かが記憶が見えた。リコのピアノはサマに成っていた。最初の不安を打ち消す程度には弾けている。あれはいつの日だったか、仕事を辞めてただ雨の音を聞いていた日々だったか。
『貴方の道行きを照らす光を、叶わぬ望みを叶える
この女、乾ヒカリと記憶を失う前に会っている。だが、ワイルドハント社という俺でも知っているような上場企業の役員が時間怪盗と関わっているわけがない。この記憶は別に重要な記憶じゃないな。
「カレー二人前です」
俺の意識が混濁しているとカレーがやって来た。
「マサト、顔色が悪いな。私のピアノは下手だったか?」
「違う。なんか急に頭が痛くなってきた」
リコが不安そうな顔をしていたので、お前のせいじゃないと言ってやる。
「ごちそうさま。機会があればまた会いましょう。今度は私が貴方たちにピアノの腕前を披露したいわ」
そう言ってヒカリは店を出ていった。首には赤いマフラーを巻いていた。
薄羽刑事は店の表まで出て、お見送りをした。
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