6話 猟犬と仮面バトラー 2/2
ウイヒメは破嵐の屋敷を訪れていた。破嵐ムイチロウの才覚によりたった一代で破嵐は富豪となった。破嵐の屋敷はそのような成金とは思えないほど落ち着いた佇まいだった。ムイチロウは自身の富貴を誇示することに関心が無かった。
レイジはムイチロウの富への無頓着さを引き継いでいたが、レイイチは違った。
会社の規模を拡大し、破嵐の家名を高めることに執着があった。
「まだ早いとはいえ、見合い話をもって来た。会うだけ会え」
レイイチはウイヒメにそう言った。レイイチは壮年の男性である。高級な黄色いスーツを着て、筋肉質ではないが、太ってもいない体付きをしていた。つまりは中肉中背。
ウイヒメはレイイチの髪を見て、あからさまに黒く染めているなと思った。ムイチロウ曰く神経質、レイジ曰く気にしいである。レイイチのことをウイヒメは面倒だと思っていた。
「はい、伯父様」
面倒なので相手の神経を逆撫でしないように基本的には相手の意見を受け入れる。聞いた上で承服できないことは忘れる。
マサトを破嵐の屋敷に連れて来れないことは、ウイヒメの中で承服できないことであった。しかしマサトをいたずらに不快な目に遭わせるのも気が引けたので単身ウイヒメはやって来ていた。
「彼は金にもならぬ警察などという生き方をしているが、家柄が良い」
レイイチが見せてきた相手のプロフィールには草加タクミの名前があった。
カフェで茶をしばくのも飽きたので事務所に戻って夕飯の支度でもしようと思った。鶏もも肉解凍するか。
「嘘でしょ!?」
情報屋がカップを落とした。俺の記憶だと薄羽刑事に出していたカップだったと思う。
落としたカップではなく宙を目が走る。『千里眼』で何処か遠くを覗いて、何かを見たのだろう。
「何かあったのか?」
何かあったとき情報屋から仕事を振られるのはよくあることなので聞く。
「いやこれは私の方の問題だ。マサトくんは関係ない」
俺の伝票を会計すると情報屋は店先に出て、閉店の看板を出した。『千里眼』に集中するんだろう。
事務所まで道を歩くと前にも見た組織のエージェントともう一人知らん奴が居た。
「ヘイズだったか?」
灰色の装甲の奴に尋ねる。
「ああ……俺は今回見ているだけのつもりだったが、状況が変わった」
「ヒヒヒ!!俺っちにはよく分からないけどアンタ死んだぜ」
『適合値:72。結晶装甲、強化スーツ、装着のリクエストを実行します』
ヒヒヒ笑いの輩っぽい格好の奴が灰色で半透明の装甲に身を包む。仮面が犬っぽいな。俺の知らない仮面バトラーか。
「今日は俺とハウンドドッグ、二人掛かりでお前を始末する。この
ヘイズは真剣に俺の息の根を止めるつもりだということが仮面越しでも解る。
前に蟹料理屋で襲われたときは得物を持ってきていなかったが、今回は両手にタイムナイフを握っている。手数で攻めてくるタイプだ。
ハウンドドッグも手数や速度で攻めてくるだろう。俺の時間が尽きるまで戦えるか?
「人から時間を奪うお前らが言うのか?」
それにしてもこのときを過ぎれば誰も幸福になれないとはどういう意味だ?
「そう言うなよ。人には人の事情があるんだ。お前にお前の事情があるようにな」
ヘイズがナイフを持ったまま頬をかく。痛いところを突かれた自覚があるのだろう。
時間加速を感知する。俺はレンズを装着する。
『適合値:100。結晶装甲、強化スーツ、装着のリクエストを実行します』
ヘイズ、ハウンドドッグ共に十倍速。俺も十倍速に合わせる。
ハウンドドッグが地を這うように走り、俺の足に噛みつく。スーツの下まで歯が貫通した。肉が痛む。
ヘイズがナイフを逆手で持ち飛びかかって来る。
ハウンドドッグをヘイズに叩きつけるように蹴る。両者共に吹き飛ぶ。追撃と行きたいがヘイズが復帰する方が俺の動きより早い。
「多重陽炎分身」
ヘイズが手印を結ぶとヘイズが四体に増える。ハウンドドッグも直ぐに立ち上がる。
ダメージ覚悟でヘイズは無視する。ハウンドドッグを先に始末する。
覚悟を決める。この戦闘が終わったあと三時間ほど俺の時間が飛ぶことを。
「燕返し:
ハウンドドッグの面、胴、足を同時に切る。面は咄嗟に防がれたが、胴と足は切った。結晶装甲を切り裂き、スーツ下の肉を裂いた感触がある。
特に足を切れたのは幸運だ。足が遅くなるからな。
「ぐあああああああ!」
ハウンドドッグは地面に倒れる。直ぐにスーツが破損箇所を塞ぎ、止血をするとはいえダメージは消えない。
いやそんなことを気にしている暇はなかった。
ヘイズが文字通り四方から攻めてくる。
結晶装甲の間、スーツを的確に刺してくる。四体同時攻撃は捌けない。
捌けないが、相手の間合いはかなり狭い。また俺の適合値の関係で結晶装甲以外でもかなり耐えられ。
相手の攻撃に合わせて
分身は掻き消え、本体も切った手応えがある。
ここで一歩踏み込む。
ヘイズの手首を掴み締め上げ、タイムナイフを奪う。投げる。
「うあああああ」
ハウンドドッグの足に刺さった。これで向こうは考えなくていい。
俺も足は傷ついているが、歩けはする。戦闘続行可能だ。
ヘイズと俺は間合いを広げ、見合い状態になった。
「ハハハッ!いや笑っている場合じゃない。流石にこの流れは不味い。『ストリングス』も近づいている」
ヘイズはたぶんダメージがほぼない。まだまだ戦える。こっちは開幕足を負傷しているので相手が攻めて来ないと反撃できない。
ヘイズの腕に糸のようなものが絡みつく。ヘイズはそれを反射的に切る。
「時間怪盗、抵抗は無駄だ。私には抵抗を打ち破る備えがある」
ストリングスがやって来た。
「お前をここで始末できなくて残念だよ。ここで死ねなかったことをお前は絶対に後悔する。じゃあな」
ヘイズが背を向けて逃走を開始する。
「ヘイズさん!」
地面に倒れていたハウンドドッグがヘイズに助けを求める。
「ッ!今回だけだぞ!」
ヘイズがハウンドドッグを肩に担ぐ。ファイアーマンズキャリーと呼ばれる体勢だな。
俺はヘイズが逃げていく後ろ姿をただ眺めていた。足を最初にやられたのがここに来て響いている。
ストリングスがヘイズを追う。
「大人しく捕まれ!時間怪盗!」
ストリングスの弦がヘイズを襲う。だがナイフで切り払われる。なかなか詰めきれない。だがヘイズの動きにも焦りが見える。
「俺は仮面バトラーだと言っているだろう!クソ!荷物を捨てるか!?」
ヘイズは背負ったハウンドドッグを投げ出すか悩んでいる。
急に霧が周囲に漂ってきた。
「その必要はないよヘイズくん」
女の声がする。霧の中から人影が現れる。赤いレンズの輝き、マントを羽織ったシルエット。組織のエージェントチーフ級か。なんで俺はそんなことを知っている?
「ミラージュさん、済まん!」
ヘイズは霧の中に走り出し姿が消える。
「いいのよ。私は貴方を、貴方は私を。助け合うものでしょ?」
その背中を守るように影は我々の前に立つ。
「邪魔をするな!」
ストリングスが弦で相手を薙ぎ払おうとするが、あっさりと切り払われる。
「引け!ストリングス!」
俺がこう言って引くような男じゃないのは分かっているが、嫌な予感がする。
「邪魔は貴方」
影はぬるりと間合いを詰め、ストリングスを蹴り飛ばす。
吹き飛ばされたストリングスを俺が受け止める。
「じゃあ私はこれで」
影は霧と共に消えていった。
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