12話 百足と黄金 2/2 

 ウイヒメと草加の二人が料亭を出たのは夕方だった。冬は日が暮れるのが早く、日は西に沈みかけていた。


「今日は付き合ってくれてありがとうございます」


 ウイヒメが頭を下げる。自分の遊びに付き合わせてしまったと今更ながら恥ずかしくなってきていた。


「構わん。私も渋々見合いに来たのだが、カードゲームは楽しかった。次は勝つ」


 草加は弱い自分から変わろうと焦っていたが、ウイヒメとカードゲームを行うことで視野が広がった。

 強くなるには身体能力フィジカル技量テクニックだけでなく、戦略タクティクスや事前準備が必要と分かった。

 ウイヒメの用意したスターターデッキで戦えば、当然持ち込んだウイヒメの方がルールやカードに詳しいため、勝ち目は薄い。事前準備の段階で負けていたのだ。

 つまり草加が強くなるためにはもっと自分が使用するタイムレンズというものを知らなければならない。時間怪盗とは何なのか?あの白い仮面バトラーは何者か?

 先ずは公安の監視対象である破嵐ムイチロウにタイムレンズを調べさせなければならない。

 ウイヒメの祖父であるムイチロウはタイムレンズに近しい性質を持つ時間硝子を発明した技術者だ。

 警察の持つ破壊されたタイムレンズから何か分かるかもしれない。今こそ危険を承知でタイムレンズを知るときだ。


 料亭の向かいの建物を飛び越えて、青い仮面バトラーが現れた。シャチを思わせる頭部、白いスーツの上に青い結晶装甲が装着されている。エージェント・テンペストである。手には極彩色に輝く槍があった。


「実戦試験といこうか」

「突然現れ何を言うか時間怪盗!我に備えあり!」

『適合値:87。結晶装甲、強化スーツ、装着のリクエストを実行します』


 草加はウイヒメを守るように前に出て、紫色のスーツに黒い結晶装甲のストリングスに変身した。


 テンペストの腹部にはが嵌まったベルトがある。今まではそんなベルトは巻いていなかった。


「第三の眼を移植した我が力」

『適合値を72から110に変更。適合値は危険値です』


 テンペストが槍を突き出す。風が槍に纏わりつき、穂先を延長しストリングスを削った。

 ストリングスは料亭の入り口を突き破り、店内に吹き飛ぶ。


「草加さん!」


 ウイヒメがテンペストに背を向けストリングスの下に走る。テンペストはそれをそのまま見送る。

 たまたま草加の姿を見かけたので襲いかかっただけであり、ストリングスを殺すつもりは毛頭ない。


「これで私も嵐の王の指先程度には近づいたか……」


 ワイルドハント社を中核とする『組織』が結成されたとき、ワイルドハント社の社長――嵐の王――が行く手を阻む者を斬り捨てるために使用した何枚かのタイムレンズの一つが現在エージェント・テンペストの使うレンズであった。

 社長より下賜されたテンペストのレンズは誇りである。それに見合う強さをやっとテンペストは手に入れた。


「まだだ!時間怪盗ッ!」


 ストリングスは受けたダメージを時間逆行で巻き戻し立ち上がった。数秒巻き戻すだけでもストリングスの適合値では数分時間を失い停止することになる。だがそれは今じゃない。

 そしてストリングスの目的は時間稼ぎだった。テンペスト相手に粘ることで、ウイヒメに呼んでもらった乾マサトが到着する時間を稼ぐ。

 今のストリングスではまだテンペストを倒すことはできない。


「嵐の刃」


 テンペストが槍を振り回すと、それに合わせて風で出来た不可視の刃がストリングスを引き裂く。

 今まではテンペストの適合値が低く不可能だったことが可能になっている。


「フハハハハ!……ではさらばだ」


 テンペストは槍を天に掲げ、暴風雨を呼び出し姿を消した。今日はマイスターを車で迎えることが仕事だからだ。

 また強くなったとはいえ、テンペスト単独では乾マサトの相手は厳しい。

 後には満身創痍の草加タクミとウイヒメが残された。




 場面は移る。テンペストは変身を解除し、近くに止めた車を料亭の路肩に寄せる。

 

「お疲れ様です」

「ご苦労」


 テンペストが後部座席の扉を開き、マイスターを迎える。


「どうでしたか?」

「別にどうということはないわ。石動イスルギの喫茶店で休憩していたら、リコたちの元気な姿も見れたし、レイイチも納得してくれたし」


 マイスターはテンペストが乾マサトに敵意を燃やしていることを考慮し、リコたちという表現を使った。配下のことは内心どうでもいいと思っていても目の前にいるなら気を遣う心がマイスターにもあった。


サカキ


 マイスターが『組織』の人間はコードネームで呼び合うと決めたが、マイスターはしばしばそれを忘れ本名で呼ぶときがある。


「なんでしょうか?」

「レイイチがムイチロウ暗殺するとき、貴方に手伝ってもらうかもしれないからいつでも動けるようにしておいて」

「承知しました」


 テンペストは敬愛するマイスターに仕事を任され、声色に喜びが現れていた。


「そうね……船が沈められた件からけっこう時間も経ったしノゾミも貴方を許してくれるでしょ。貴方をチーフに戻すようにノゾミと相談するわ」


 ノゾミ――エージェントチーフ・ヒュドラ――はテンペストからチーフの地位を剥奪するようにマイスターに進言した。後に仮面バトラーレンズを名乗ることになるエージェント・レッドの裏切りの責任を負わせるために。

 社長が不在の現在では、マイスターが実質的な最高権力者であったが、ヒュドラの進言はほとんど通されていた。

 ワイルドハント社の経営や『組織』の運営はマイスターよりもヒュドラの方が得意としていたからだ。


 一台の車がマイスターたちの乗る車を横切った。

 赤いセダンタイプの車だった。運転席には黒髪を長く伸ばし赤い色眼鏡をかけた青年が乗っている。乾マサトであった。

 

「相変わらずかっこいいわね。私のヒーローは」


 今は遠く離れていてもいつか道は交わるとマイスターは信じていた。無意識に窓を開け、マイスターは外に手を伸ばす。何も掴むことはない。

 いつか乾マサトが自分の手を取ってくれるとマイスターは信じていた。信じても現実になるとは限らないが。

 




 









 




 


 


 


 

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