7話 お嬢様と企鵝 2/2

 

「ここがウイヒメの家か。手狭だな」

「屋敷と比べれば何処もそうじゃないですかリコ姉さん」


 リコは当然のように破嵐探偵事務所に入ってきた。家財道具が揃うまでこっちに住むらしい。


「入居祝いとして料理を振る舞おう!」


 リコは自信満々だったがもうこの時点で嫌な予感がする。というか自分で自分を祝おうとしている。

 

「包丁を逆手で持つ奴、俺初めて見たよ」

「案ずるな」

「案ずるな、じゃねえよ。俺は心配しているんだって」


 包丁の構え方に隙が見えないが、食材は襲って来ないって。


「もしもこの魚が生きていた場合、一か八かで襲いかかってくるだろう。それに即座に反撃するにはこの構えが最善だ」

「言っておくが、店売りの魚は死んでいるからな」


 リコがすごいズレたことを言い出すので、俺もよくわからないツッコミをせざるを得ない。


「すごい嫌な予感がするからマサト監視していて」

「おう」


 このあと生魚を調理しようとしていたので、なんとか軌道変更させてすき焼きで納得してもらった。

 とにかく包丁を握らないでくれ。怖いから。


「すき焼きは素材の味が出るな」


 リコは満足してくれた。和牛を買っておいて良かった。


「割り下で甘くなるからそうとも限らないと思うけど」

「本人が納得しているんだからいいだろ」

「朝まで議論する必要があるとは思わないかウイヒメよ」


 すき焼きについてウイヒメが疑念を呈し、リコがそれに反発していたが、俺は別にどっちでもいいので流した。

 こうして新しい同居人が増えた。




 草加タクミが終電を降り、帰路を歩いている。

 周囲の喧騒は薄れ、人気はほとんど無い。


「下手くそな尾行だ」


 草加タクミは突然後ろを振り返り言った。


「バレたか」


 灰色の男が電柱の影からぬるりと現れる。エージェント・ヘイズだ。

 ヘイズはタイムナイフを構えている。


「いやなに、先々のことを考えて舞台から降りてもらおうかと思ってな。『黙示録』に記述も無い端役だが」


 ヘイズは三人で乾マサトを囲んで始末する前に、草加タクミを先に排除しようという目論見があった。


「時間怪盗、抵抗は無駄だ。私には抵抗を打ち破る備えがある」


 草加タクミはいつもの口上を述べ、ストリングスに変身した


『適合値:87。結晶装甲、強化スーツ、装着のリクエストを実行します』


 システム音声が夜の住宅地に響く。


「……俺は仮面バトラーだ」


 ヘイズは時間を十倍に加速する。強化スーツによる身体強化を合わせれば弾丸に近い速度で動き回ることができる。

 だが、それはストリングスも同じだ。


「仮面バトラー?その名を名乗るならば、貴様はお嬢様を守護おまもりする使命を果たしているとでも言うのか!?」


 ストリングスはヘイズに仮面バトラーたる資格を問いかけながら、弦で編まれた網を投げた。網はヘイズをすり抜けた。ヘイズの持つレンズの機能を使った分身だったのだ。


「そうだ。少なくとも……俺はそうだ」


 タイムナイフがストリングスの背中を貫き、腹部から刃先が飛び出た。ヘイズは直ぐにタイムナイフを抜く。


「お前はどうだ?仮面バトラーなのか?それともか弱き刑事に過ぎないのか?」


 ストリングスは道路に倒れた。スーツが自動的に傷口を締め付け止血する。ここで気を失えば装着が解除され、止血機能が停止する。ストリングスは根性で意識を繋いでいた。


「じゃあなストリングス。生きていたらまた舞台の上で会おう。『この世は舞台、人はみな役者』」


 ヘイズはストリングスにトドメを刺さずに去った。端役を相手にしている時間が惜しい。









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