12話 百足と黄金 アバンタイトル

 破嵐ウイヒメと草加タクミがトレーディングカードゲームを始めた頃、同じ料亭の別室に二人の男女がいた。

 ウイヒメたちがお見合いに使っている部屋と同じく、畳張りの部屋である。

 中肉中背で高級なスーツを着た男がいる。名前は破嵐レイイチ。破嵐財閥の現当主であり、リコの父親である。

 銀髪ショートボブの女がいる。インナーカラーには赤色が入っていた。白いワイシャツにグレーのパンツ。『組織』内ではマイスター・アイオーンというコードネームで呼ばれている。ワイルドハント社の専務取締役兼社長代行であり、また『組織』のNo.2であった。


「ご希望の品物よ」


 マイスターはからアタッシュケースを取り出し、テーブルの上に置く。

 企業の役員として最低限の社会的常識は持ち合わせているが、今回はとしての活動であるため、マイスターは改めて言葉を丁寧にする必要はないと思っていた。


「確認する」


 ビジネスマンとしては取り引き相手と会話する場合でも、敬語を使うことが通常だとレイイチは考えた。しかしとして今回の取り引きを行っている形式上、お互い常体で問題がないと考え直した。

 レイイチはアタッシュケースを開く。

 中には赤いレンズの眼鏡、同じく赤いレンズがバックルに嵌められたベルト、そして赤いレンズのモノクルがそれぞれ一つずつ入っていた。


説明は必要かしら?私はあまりセールストークが得意ではないのだけれど、技術者エンジニアとして説明することはできるわ」


 『組織』のタイムレンズ開発はマイスターが基本的に行っており、元々は技術部門の長であった。ワイルドハント社の社長が失踪するまでは。


「このレンズ一枚は頼んだ覚えがない」


 レイイチが頼んだのは『組織』の一般エージェントが使用する眼鏡とシンクロ・ハーモナイザーのみだ。


「それはサービスよ。これから私に都合良く踊ってもらうのだから、それなりに扱ってあげるわ」


 『組織』にタイムレンズという商品を依頼した時点で、上下関係が成立する。反社会的勢力との繋がりを暴露されて困るのはレイイチだけだ。

 マイスターは自身の正体が暴露されても秘密を知る人間をいくらでも口を閉ざせばいいと思っていた。


「それが取り引き相手に対する態度か?」


 レイイチは明らかに自分を下に見る態度に怒りを覚えた。彼は他人に見下されることに敏感だった。


「何が不満かしら?嫌ならいいのよ?殺すなり時間を奪うなりするから」


 マイスターは自らとレイイチの間に横たわる力関係を示した。半透明の手がレイイチの首筋を撫でる。少しでもマイスターがその気になれば、簡単にレイイチの首は折れる。


「……」


 レイイチは目の前の若い女が、他人の生死をどうとも思わない巨悪と知った。


「恐れなくていいわよ。貴方の望みは叶うし、私も無理なことをやれと言わないから」


 マイスターはしかし望めば叶うようなものを叶えるためにタイムレンズが必要かと思っていたが口には出さなかった。レイイチがタイムレンズの力を得るために払った代価を思えば黙って受け取った方が賢い。

 不可能を可能にする、にこそタイムレンズが存在する。

 

 



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