特別編 サンズシアター
冷たい雨風に叩きつけられた俺が目にしたネオンの看板には『サンズシアター』と書いてある。六文銭はあるだろうかと財布を探る。まあいい。館内に入ろう。
雨に濡れるのは懐かしいが、冷たいからな。
洋風で華美な内装にいくつか映画のポスターが貼ってある。最近の映画館はチケットの販売機から買うところも多いがここは有人らしい。
「いらっしゃっせー、嵐の旅人よ」
映画館の店員らしき壮年の男は濃紺のジャケットに金色の輪袈裟を掛けていた。仏教徒じゃねえだろ。
男の顔はギリシャやイタリアの彫刻のように彫りが深く、重ねてきた歳月が皺として顔に刻んであった。髪の色は抜け、白一色となっている。
「……『重い雨』を大人一枚」
上映中の作品で見たいものがあった。見なければならないと本能が訴えるものが。
「それはまだダメだ。嘆きはまだ忘却の領域にあるべきだ。それよりもお主の旅路を振り返ろうではないか」
拒否され、『仮面バトラーレンズ』のチケットを渡される。
服が雨で濡れ、重くなった身体を再び進める。風や雨を浴びなければ体温が戻ってくる。
両開きのドアがいくつも並ぶ道を歩く。
『重い雨』のポスターが見える。帰るべき家が描いてある。俺には妹が居た。そのはずだ。俺の帰宅を待っているはず。何故俺は断定ができない。何故こんな大事なことを忘れているんだ。冷たい水の中に入り、帰らなければならない。
俺以外の誰が妹に傘を差してやれるんだ?
「旅人よ、お主は帰れない」
男は俺の腕を掴む。
「離せ。何様のつもりだ」
「
男は長々と偉そうな講釈を垂れた。
しかし俺の何処が旅人であるのか。俺は一歩も進んではいない。道はまだ続いているというのに。道の先に何が待っているんだ?
「というわけで儂と『仮面バトラーレンズ』としてのお主の活躍を振り返っていこう」
男の腕力に袖を牽引され、上映中の客席に放り込まれる。肉体が備える筋肉の量で負けた。
客席はがら空き。俺と男しかいない。
スクリーンにはバイクと融合した時間怪盗と戦う俺が見える。
画面の中の俺は黒いシルクハットを被り、赤いレンズのはめられたガスマスクを白く塗ったような仮面を付け、黒い強化スーツと赤い結晶装甲を纏っている。
その辺の時間怪盗は強化スーツと融合した概念や物を纏い、結晶装甲は装着していないので、俺のレンズの方が上位モデルと考えられる。
「これはレイジが倒れた後、お主が一人で倒した二人目の時間怪盗だったか」
一人目は校長だったが、別に思い出さなくていいか。
「ああ。父親のバイクを盗んだり時間怪盗になっていたな。戦闘慣れはしてなかったのでそこまで苦戦しなかった」
逃げられそうになったがなんとか追いついて倒せた。
「親が生きているなら和解も決別もできる。アイツは更生できるさ」
スクリーンに映る場面が変わる。
白くてくねくねした奴の近くで俺と青い結晶装甲の奴――テンペスト――が戦っている。
「かつてお主はタイムレンズを保有する反社会的組織の一員レッドだった」
「らしいな」
昔の俺を知っていて俺を憎む男、テンペスト。強い敵愾心を感じる。昔の俺はコイツによほど憎まれることをしたように感じる。
そういえば情報屋はなんでくねくねを視界に入れてしまったんだ?
またスクリーンに映る場面が変わる。
「更なる敵が現れたな」
灰色の結晶装甲を纏った男、ヘイズ。
コイツは話をする余地があるように思っていたが、向こうの事情が変わり、テンペスト同様に強行な姿勢を見せるようになった。いやどっちにしろ刑務所送りにするか倒すかのどちらかだから構わんか。
「タイムレンズを保有する組織はどうやら俺を始末したいみたいだな。まあ俺は裏切り者だろうし当然か」
「本当にそうなのか?」
またスクリーンに映る場面が変わる。
これはつい先ほどのような気がする。
灰色の結晶装甲を纏ったヘイズと白い強化スーツに黒い結晶装甲を纏った男バードがスクリーンに映る。
『バードっす。何時も使っているバードとフリーズが合わなかったのでペンギンをレンズに混ぜました』
バードの奴、流れるように葛西臨海水族園のペンギン盗んだの自供していたな。
『やあ。エージェントチーフ・ミラージュだよ。貴方に刺さっている槍は『
ヘイズと似たような配色で仮面が竜を模し、貝殻の形をした
「俺はこのミラージュとかいう女に刺されたはずだが?」
「ここでは肉体の影響は受けない。よって肉体に刻まれた傷の痛みもないのだ」
男が解説してくれる。
スクリーンでは俺がバードの腰からベルトを奪い取り装着する。
『シンクロ・ハーモナイザー:フリーズレンズ、装着ッ!!』
『DNA認証、
スクリーンに映る俺の姿が変わる。頭部に被った黒いシルクハットは白く変わり、赤い装甲は白く変わり肩周りには
フリーズレンズは周囲の物を冷やしたり凍結させたりできる。
「組織の中にはお主の旅路を見守る者もいるようだ。でなければお主はあのベルトを
記憶の扉に隙間が開き少しだけ過去のことが思い出せるが、そんな相手は思い浮かばない。マイスターは何を考えているか分からないし。
マイスターの眼差しは俺を通して別の誰かを見ているようだった。それが誰なのか、何故その目で見てきたのかは分からない。
「だからなんだ。どうせ悪の組織の一員だろ。法に基づき裁きを受けろ」
「お主もそうではないのか?」
「そうだ。俺は許されているのではなく、野放しになっている」
『凍剣抜刀』
画面の中の俺はバードを斬り上げる。
俺を殺しに来たんだから死ぬこともあるだろう。時間投棄で死を先延ばしにしたはずだからまだ生きているだろうが、死んだら死んだなあと思う。
見るものは見たのでスクリーンの映像は途絶える。
「ウイヒメを
俺に帰る場所はないが、やり遂げなければならないレイジとの約束がある。そしてリコとかいう天然ボケ女にツッコミをしなきゃならないと思っている。あの綺麗な人格には不思議と惹かれるものがある。
「眠りから覚めれば、旅を続けることができる」
「もっと分かりやすく説明できないのか?爺」
「爺ではない。儂はアケローン。女神ステュクスに仕える者だ」
男はアケローンを名乗った。
「名乗るのが遅れたな。俺は乾マサト、仮面バトラーレンズだ。今はな」
上映が終わり、明るくなった館内で俺はアケローンをよく観察する。ジャケットの懐の膨らみは仮面だな。この男は仮面バトラーだ。
狭義の仮面バトラーはタイムレンズを二枚以上使った装着機構を使う者だ。俺以外だとテンペストやヘイズ、あとバードやミラージュが該当する。
ミラージュは俺より上位モデルのタイムレンズを使っているな。
逆に草加タクミが装着するストリングスは、タイムレンズ一枚分なので仮面バトラーではないと考えられている。それに
そして広義の仮面バトラーは仮面を被り、お嬢様を守護する者。つまりこの男アケローンは広義の仮面バトラーと言えるだろう。
「いつかお主が己の真実の名を思い出し、正道を歩めることを願い、此処で見守ろう」
「だからどうやって帰るんだよ」
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