第33話 ぴあの、話を聞く

「パルマさんのお兄さん……。パルマさんからずっと行方不明だって聞いてましたけど……」

「ああ、うん。その通りだ。なんだか、いろんなことが嫌になってしまってね。ずっと地下にもぐっているんだよ」

「地下? ここ、地下なんですか?」

「そうさ。ここは魔王城の敷地の地下だ」


 ぴあのはクレデントにそう言われて、あらためてキョロキョロと周りを見回した。確かに空が見えないのも、地下なのであれば当然だった。


「僕はね。女を苗床に作り替える植物の地下茎を育てているんだ。自分の精気を注ぎ込んでね」

「えっ、どうしてそんなことを? それに、精気を注ぎ込むって?」

「パルマから聞いてないかな。僕は淫魔だ。生き物から精気を吸い取ったり、逆に注ぎ込んで与えたりできるんだよ」


 クレデントが淫魔だということはパルマもそうなのだろう、淫魔という種族についてはあまりピンとこないぴあのだったが、欲情を誘う花粉やぴあのの呪いの影響が、ヴォルナールと比べてアスティオにあまり効いていなかったことに思い当たり、淫魔であるパルマがアスティオにあらかじめ何かをしていたのかもしれないと考えた。


「それでどうして育てているかと言うとね、その地下茎を苗床になった女が食べ続けると少しずつ呪いが抜けるんだよ。だから僕は苗床に堕ちきってただモンスターを産むだけの存在として動かなくなってた彼女たちをひっぺがして、ここに連れてきて地下茎を食べさせているんだ。君の口にもさっきまで入ってただろ? あれだよ。それのせいで今は淫紋、大人しいんじゃないかな」

「え……あ、応急処置って、そういうことですか……」


 ぴあのは女たちから借りて纏っている簡素な貫頭衣のようなものの上から下腹をそっと撫でる。確かに今はとても体が楽だった。


「みんな元気になってきていて、まだ後遺症があるけどね。それもなくなったら街に帰そうと思ってるんだけど……」

「えっ、クレデント様と離れるの私たちいやですわ」

「君、夫がいたんじゃなかったっけ?」

「一旦苗床になった女を受け入れてくれる男ばかりじゃないですわ。あの人、浮気してたし戻るのいやですわ」

「うーん、君はまだ後遺症が酷いからもうちょっと良くなってからそういうことは考えようね……」


 困ったように笑うクレデントに纏わりつく女たちは、苗床として何匹もモンスターを産まされていたとは思えないほどみんな元気だった。


「あの、ということはその地下茎があればレリト……さんを倒さなくても、男の人から精を貰わなくても苗床の呪いは解けるってことですか……?」

「そうなるね。まあ、僕が精を注いで育ててる地下茎だから男から精を貰ってないって言われるとちょっと違うかもしれないけど」


 ぴあのは、一瞬だけ「なら自分が危険な思いをして男に精をねだりながらレリトを倒しに行かなくてもよいのではないか」と思ってしまう。しかし、もうヴォルナールと体を繋げることはぴあのにとって呪いを抑えること以外に大きな意味を持ってしまっているし、彼の任務の手伝いをして、役に立ちたいと思ってしまっているので、その考えを遠くへ追いやった。


「ええっと、君の名前は……」

「ぴあのです」

「ピアノさんね。君はもしかして開錠の魔法が使える人かな?」

「え、どうしてわかるんですか?」

「引きずり込まれて苗床になったとかでなく、着衣のまま自分でここまでこれる女にはそうそうお目にかかれないからだよ。途中の鍵を開けて来たんだと思ってね。ってことは君は勇士かい?」

「あ、私は勇士ではないです。でも開錠の魔法が使えるから勇士の人たちのお手伝いをするためについて来てました。パルマさんもその中にいます」

「なるほど……。君たちはモンスターが増えるのを止めたいんだよね。レリトがモンスターを増やすことを止めようとしないから、苗床モンスターを根絶させたいなら彼女を叩くしかないね。だけどね、根絶してしまうと地下茎を使った治療を使えなくなってしまうんだな。それは僕としても困ってしまう。魔王城の鍵、開かなかっただろう? 彼女を倒そうとするのをやめてもらえないだろうか……」

「ええっ?」


 自分を助けてくれて、レリトのたくらみを邪魔するような人にそんなことを言われるとは思っておらずぴあのは驚いた。


「そもそも、君たち人間はレリトを殺したら呪いが解けるって思っているようだけど、彼女を殺したからって解ける保証なんてないよ」

「嘘……、私、レリトさんを倒したら呪いが解けるからそれまで頑張れって言われてここまできたのに……、勇士の人たちが嘘をついてるって言うんですか……?」


 レリトを倒せば冒険が終わると信じていたぴあのは、クレデントからもたらされたその情報に心の支えが一つ音を立てて崩れたような気持になった。


「そうじゃない。単に、かけた奴を殺したら呪いが解けるというのが人間たちが信じている迷信なんだ。どんなにしっかりした者でも頑なに迷信を信じているということはあるだろう?」

「で、でも勇士の中にはエルフの人もいます。エルフの人はそういうのに詳しいのでは……」

「エルフなんて人間以上に迷信深くて頭が固いよ。実際僕はかけた奴が死んだのに生き続けている呪いを知っている。それが魔王城の入り口の鍵にかかっている呪いだ」

「鍵に……、呪いが?」

「そうだ。だから君が今まで迷路の中の鍵を開けて来た方法ではあそこは開かない」

「そんな……」


 次々と崩される前提を告げられ、ぴあのは戸惑う。目の前の淫魔の言っていることが全部正しいと信じ込むのも危ないのかもしれないが、レリトを倒せば呪いが解けるという話の真偽を確認していないと言えばそうだ。


「だからできれば殺して欲しくないけど、レリトが今までやってきたことを考えると殺されても文句は言えないとも思っているんだ……僕は……」


 ぴあのはパルマからレリトとクレデントが幼馴染みだと教えてもらったことを思い出した。そして、レリトのこと伏し目がちに話す彼の表情から、確証は持てないがふたりはただの幼なじみではないのではないかと思った。


「あの……レリトさんってどういう人なんでしょうか。私、ただ恐ろしい人って印象でしか彼女のことを知りません。パルマさんから幼馴染みだって聞いたけど……」

「うん。ねえ、君たちちょっと席を外してくれないかな。夜に食べるものを作ってくれないか。僕はピアノさんと話すから。いいかな」


 レリトの話をする自分を見られたくないのか、クレデントは女たちを今いる区画から退出させた。


「さて、レリトの話だったね。彼女は元々は先代の魔王の娘……、お姫様だったんだ」


 柔らかいキノコの上に腰かけて、ぴあのはクレデントの昔話に耳を傾ける。彼が話すところによると、かつてレリトとクレデントは幼いころからの恋仲だった。先代魔王は家柄や単純な腕っぷしの強さではなく、魔族の政を治める能力があり愛情深いものを娘の夫にしたいと思っており、クレデントがその候補だった。レリトの夫ということはそれはそのまま次の魔王だということと、レリト自身もとても魅力的だったのでクレデント以外にも彼女に求婚している男は大勢いて、先代魔王を殺して魔王になった男もそのうちの一人だった。


「ある日僕は何者かに襲撃を受けて大怪我をしてしまって、生死の境をさまよったんだ。どれくらい意識を失っていたのか……。目覚めた時にはもうすべて遅かった。あいつ……、セブレイスって名前だった。僕がレリトに会いに行った時、彼女はセブレイスに抱かれて、すっかりあいつの虜になっていたんだ」

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