第23話 ぴあの、嗅がれる

 ドアが全て開ききるのを待たずにパルマとぴあのが先に通過する。ついて来ようとする蔓犬を隙間からパルマが炎で迎撃し、すぐにヴォルナールが扉を閉める。燃え盛る蔓犬がしゅるしゅるしゅうしゅうと鳴きながらドアに体当たりをするのを男性陣二人が抑えていると、やがて鳴き声もドアにぶつかる振動もなくなった。どうやら退治できたらしい。


「あんなモンスター前もいたか?」

「もしかしたらコボルトの女が苗床になったのかもしれんな」

「だから犬っぽい形? 嫌だねぇ」

「ひええ……」


 勇士たちの会話から察するに、蔓モンスターは苗床になった種族に沿った形で産まれてくるのだろう。ということはこの迷路に迷い込んだ時にぴあのを追い回して捕まえて来たモンスターは誰か人間の犠牲者が産んだものなのだ。そのおぞましさに、体の疼きを一時忘れて戦慄するぴあのだった。

 少し息を整えてから、一行は歩みを進めた。しばらくここまで来たようにモンスターを倒しながら進んでいるうちに、発情の呪いがかかっているぴあのとそれに当てられているヴォルナールの体の火照りもじわじわ進行し、四人のうち二人だけが額に汗していた。


「二人とも、水飲みな」

「うむ……」

「はーっ、ありがとうございます」

「ピアノちゃんいてくれるから水の残り気にせずに飲めるの助かるな」


 道の途中で休憩していると、進行方向から甘いいい匂いがしてきた。コボルトってひとたちの集落が近いのかな? とぴあのが思いつつ、先ほど決めた並び順で進んで行くと、通路の先が鮮やかなピンク色をしている場所に出た。


「うわぁ、綺麗……お花がいっぱい……それにとてもいい匂い……」


 近づいてみると、それは小さな花の絨毯だった。元居た世界の芝桜に似ていた。ぴあのはまだ、顔も覚えていない父親らしき男が家にいた頃にそんな花畑に連れて行ってもらったような記憶を思い出し、少し心が軽くなる。駆け寄ろうとするとヴォルナールに手を掴まれた。


「待てぴあの」

「ひゃんっ!」

「す、すまん」


 手を掴んだところからお互いの体にぞわぞわっと甘い痺れが走り、二人は慌てて手を離した。


「うわ、すっげーな。前この道こんなんじゃなかったよな」

「どんどんやらしい迷路になってってるね。ピアノちゃん、これ罠だよ。知らないのも無理はないけど……」

「わ、罠ですか?」


 罠、と言われてぴあのは眼前の花畑を眺める。何も言われなければそれは夢のような光景でしかなかった。


「……あれは迷い込んだ女を捕まえやすくする毒花だ。あれを踏むと花粉が舞い上がって、吸った奴の体を発情させて判断力を奪う」

「ひええ……なんか、この迷路そんなのばっかじゃないですか……?」

「なんでかね。レリトがモンスターを増やすことにばっかり執着してんだよ。とにかく苗床をいっぱい稼働させたいんだろう。あたしはこれ平気なんだけどね。どうする? 口抑えて息止めて走り抜ける?」

「お前はそれでいいだろうがそれで昔大変なことになった勇士たちがいただろう……」

「相手かまわず仲間同士で三日三晩アレしちまったやつらだろ? さすがにこれはオレも馬鹿になりそうだなあ……でもそれ以外に行きようなくねえ?」


 四人は目の前のピンク色の道の存在に途方に暮れてしまった。


「あの、パルマさんと私で火を出して焼くとか、私が水を撒いて花粉が舞い散らないようにするとかでなんとかならないでしょうか……」

「……発想は悪くない……が、火はだめだ。刺激すると余計に花粉が舞うし、花粉に引火したら俺たちに燃え移る」

「この道結構長いし、全部撒くほどの水を出す歌を歌うピアノちゃんがどれだけ花粉吸う羽目になるかというと……。待てよ」

「なんか思いついたの? アスティオ」

「つむじ風で吹き飛ばすのはどうだ? 花粉に耐性があるパルマが俺の剣で切り払って道を作って、その後をピアノちゃんのつむじ風で巻き上げてお空へって寸法でよ」

「ええ……やだなあ……」

「何かまずい理由があるんでしょうか……」

「だってあたしあの花粉吸うとすげーくしゃみと鼻水出るんだもん」

「……」

「……」

「……」


 数分後、そこには顔にハンカチを巻いて連続でくしゃみをしながら足元をバサバサ斬り払うパルマの姿があったのだった。


「ア゛ッチェ!! もー! 最悪!! ぐしゅッ、ぐしゅッ、マジレリト泣かす!! ぐしゅッ、一応真ん中に道作ったからつむじ風出して! ア゛ァッチェ!!」


 あまり聞きなれないくしゃみを連発するパルマの合図でぴあのがつむじ風を出して切り払われた道を走らせると、つむじ風は斬られた花弁と散った花粉を巻き上げてピンク色になりながら進んで行った。


「よし……ハンカチで鼻と口を押さえて駆け抜けるぞ……!」

「ひ、ひぁい!」


 ヴォルナールの合図で彼含む三人が剥げた花畑を走り抜ける。つむじ風があらかた持って行ったとはいえその道はむっとした危険で甘いにおいで溢れ、ぴあのは発情でどろどろになった意識を何度も持って行かれそうになる。しかしこんなところで倒れ込みでもしようものならおしまいなので、笑う膝を叱咤し、気をしっかり持って走り続けた。


「んおふ!! チンチン痛って! いてえいてえいてえ!!!」

「うるさい……! ふっ、ふっ、言うな!!」

「???」


 男性陣は男性陣で何か大変なことが体に起こっているらしく、ぴあのにはよくわからないが辛そうだった。そんな彼らの前を走っていたつむじ風はT字路に突き当たると、壁の蔦も一緒にべりべりと巻き上げながら空に登って行った。


「ぐしゅ……なんとかなったじゃん」

「はーッはーッ、な、なりました、けどぉ」

「やっばいこれ……パルマ、落ち着けるとこ着いたらその、いいか?」

「フーッ、ふッ、ふーッ……」

「はは……急いでコボルトの集落目指したほうがよさそうだね」


 パルマ以外の全員は思い通りにならない自身の身体の異変によって歩きにくそうにしながらまた先を急いだ。


「わほ、ニンゲン発見!! 一人はエルフ!」

「おほ、前も見たことあるぞ!」


 その後いくつかの曲がり角を曲がったところで、子供ほどの大きさの何者かにでくわした。彼らの発する言葉の意味が聞き取れたので、ぴあのにも彼らがモンスターではないことがうかがい知れた。


(あ……かわいい)


 そこに居たふたりは小さな二足歩行の体躯に、元居た世界の柴犬の様な顔が乗った見たことのない種族だった。


「あの……あれ、コボルト……さんたちですか?」


 ぴあのはもうふらふらになっていたが、パルマに尋ねると彼女はそうだよ、と答えてくれた。パルマの返答を聞いたら安心したのか力が抜け、ぴあのはへなへなとくずおれてしまう。


「そこのメス、大丈夫かい」

「め、メスって……はい、大丈夫……ですけど、力が……」

「さっき発情花粉の罠を抜けて来たんだよ。とりあえずあんたたちの集落に案内してくれないかい?」

「あー、ほんとだ! めちゃくちゃ発情してる匂いする!」

「ほんとだ!! くんかくんか! くんかくんか!」

「ひ、ひぃい……嗅がないでえ……」


 犬の挨拶よろしくコボルトたちはぴあのの尻を嗅ごうとするので、スカートがめくれないように必死で抑えるぴあのを、あまりしっかり見ないようにヴォルナールは必死で目を逸らしていた。


「いきなりですまない……。とりあえず、お前たちの集落で少し休ませてほしい」

「うわ! あんたもめっちゃオス臭いね!」

「ほんとだ! くんかくんか!」

「嗅ぐな……」


 そのまま二人のコボルトに案内され、一行はようやく彼らの集落にたどり着くことができたのだった。

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