第29話 ぴあの、恋バナをする
「しかし随分蔓で道がふさがっちまってるなあ、回り道したら倍以上時間がかかるぞ」
太くて硬い植物の蔓を強化した剣で切り払おうと苦心するアスティオがぼやく。コボルトの集落を出てから彼は何度もその作業をしていた。枯れているならまだしも蔓は生きていて瑞々しいので、パルマとぴあのによる火の魔法による弱体化も気休めにしかならず、体力を無駄に使ってしまうのでヴォルナールがやめさせた。
「声がかすれている。コボルトの集落でも歌い続けていたようだったし、肝心な時に歌えなくなったらいけない。疲れたら言えよ。お前はもともと戦士でもなんでもないんだ。さて、どうだ? 疲れたか?」
ここしばらく行動を共にしてぴあのが泣き言を言わずに無理をする性質だということがわかり始めていたヴォルナールは、高い上背を傾けて視線を合わせてぴあのに尋ねた。美しい顔が眼前に近づいたせいで勝手に胸が高鳴ってしまうぴあのは、おずおずと遠慮がちに「つかれ……てはきてます」と答える。
「疲れてしまったなら仕方がない。休憩の頃合いだな。キャンプを張れる場所を探そう。いいな、アスティオ、パルマ」
「おう、オレもそろそろ手が痺れて来たぜ」
「確か近くに広場あったはずだよ」
前回魔王城までたどり着いたルートはメモしてあるらしく、今の所大きく迷うことなく進めていた。それを見ていたパルマによるとちょっと戻ったところに休めそうなスペースが確保できる区画があるとのことだった。倒したモンスターの死骸などを踏み越えながら一行は元来た道を戻る。しばらく歩いて、さっきは無視した横道を曲がるとやがて開けた場所に出た。そこは植物がはびこり荒れてはいたが、コボルトの集落にはなかった東屋やガーデンチェアがあり、ややまがまがしさのある意匠とはいえそこはかつては王城の庭だったのだという面影のある場所だった。
「おお、ここなら真ん中で火ィ焚けそうだな。もうひと頑張りするか!」
「あたしちょっと蜜取ってくる。ヴォルナールついてきてよ。ぴあのちゃん、ベンチに座ってなね」
「ありがとうございます!」
かつては誰かがここに座って庭を眺めたりしたのかもしれないが、ベンチには埃がたまって細い蔓が巻き付いている。ぴあのはハンカチを拡げて敷くと言葉に甘えて腰を下ろし、息をついた。アスティオが集めた枯草に火をつける。そうこうしているうちにパルマとヴォルナールも無事に戻って来て、何やら採集してきたもの携帯用の小鍋に入れて火にかけた。
「暗くなる前に落ち着けてよかったぜ。さ、ピアノちゃん先に飲みな。量がないから回し飲みになっちまうけど」
「いい匂い……これなんですか?」
「蜂モンスターが集めた奴だけど蜜を取ってきたんだ。乾かした柑橘とスパイスが入ってて喉にいいよ」
「ヴォルナールさん、パルマさん、わたしのために取って来てくれたんですか……? 嬉しい……」
「吟遊魔法使いがいるパーティにはこういうものが必須だからな……」
火傷しないように布でくるんだマグに入った沸かした蜜をヴォルナールに渡され、ぴあのは注意しながら口に運ぶ。熱そうなのでふーふーとしばらく噴いて覚ましたがやはりちょっとだけ舌を焼いた。
「ひゃひゅっ、はふ、ず、んく……。ふ、ほぉ……っ♡」
舌に触れた瞬間は熱さで味がわからなかったが、琥珀色にとろりと溜まったその蜜はとても甘く、疲れた身体と酷使した喉には快楽と言ってもいいほどの美味だった。
「はぁあぁ~ッ♡ おいひぃ……♡」
「いちいちいかがわしい声を出すな」
「次オレ! オレに飲ませて~!!」
「あんた一口がデカいんだから飲みすぎるでしょ、採って来たあたしらが先!」
「このあと見張りすんだから手間賃として多くくれよ~」
「私はもう充分なので、あとはみなさんで飲んでください」
頬を紅潮させてぷるぷると歓喜に震えながら全身で美味を表現するぴあのを見ていたアスティオとパルマはわれもわれもとそれを飲みたがった。冷静を装っているヴォルナールですら、ぴあのの様子を見て喉を鳴らしたほどだった。温かく甘いものをとってホッとしたぴあのはそんな仲間たちが楽しくて、くすくすと笑いだす。
「俺とアスティオで見張りをするからお前たちは眠っておけよ」
「アスティオ、しんどくなったらあたし代わるから起こしてね。ピアノちゃーん、おねーさんと寝ましょ!」
「は、はい……」
コボルトの集落でヴォルナールの精をいっぱい注いでもらったぴあのの喉の渇きと似て非なる苦しさはなりを潜めていて、今はただ疲れていた。なのに、なんとなく目が冴えてしまって眠れない。しかし横になって目を閉じているだけでも体を休められるとバイト漬けだった日々で知っているので、彼女は纏っている短いマントにくるまってパルマに寄り添って眠ろうとした。
「んー、ピアノちゃん眠れないの?」
「ん……、そうですね。なんか気持ちが高ぶってるのかも……」
「そっかー、じゃあ眠くなるまでお話ししよ。ピアノちゃん、辛くない? なんかピアノちゃんって頑張るからさあ。今まで戦ったことなんかなかっただろうに、開錠の歌が使えるからって戦いに駆り出されて……。早くこんなことしないでも済むようにしたいよね」
「そんな……。皆さんにはすごく良くしてもらってますので……私にできる事だったら是非お手伝いさせてほしいですし」
「ふーん。ねえ。ピアノちゃん、ヴォルナールに本格的に惚れたでしょ」
「へぇッ!? ななななんてっ!?」
「いや、わかりやすすぎ……。心配になるなぁ」
真っ赤になって狼狽えるぴあのを細目で見ながら、パルマは形のいい眉をカタっと下げて小さく笑った。
「ぱ、パルマさんはどうなんですか? 私ばっかり恥ずかしいのずるいですっ! あ、アスティオさんのどこが好きなの~? とか私だって聞いちゃいますよっ!!」
「アスティオの好きなとこ? 全部だけど」
「ぜ、全部?」
「そうだよ。あたしがアスティオに一目惚れしてそれで付き合ってるんだよ」
「そうなんだ……。どういうふうに知り合ったのか聞いてもいいですか?」
「ああうん。ここなら誰もいないしピアノちゃんになら言ってもいいかなあ。あたしね、魔族なの」
「わっ……!」
そう言ってばちりと大きく瞬きしたパルマの黒目と白目の色が突然反転し、それをいきなり見たぴあのは驚愕の声をあげた。
「ごめんごめん、びっくりしたね。やっぱり体の特徴が違うと怖がる人間もいるからさあ、普段はほら。これで元通り」
「あの、すみません。びっくりしちゃっただけで別に怖いとかじゃないんです……」
「うんうん、大丈夫大丈夫。えっとね。それでなんだっけ……。ああ、そうそう。あたしもコボルトたちみたいにこの迷宮に住んでたの。で、魔王を倒すために入って来たアスティオと会ってさ。ねえピアノちゃん運命って信じる?」
「運命ですか? あったら素敵だなあって思います」
「なんか見た瞬間にビビビってきちゃってさ。あー、あたし人間になろっと! って思っちゃってさ。気が付いたら求愛してたんだよ。やだー、急に恥ずかしくなってきた! あたしらしくない!」
会った時は運命かも、と思ったトキヤが最悪の不良物件だった苦い経験があるので、ぴあのはパルマの言う運命を否定も肯定もしなかった。でも、運命を口にして照れるパルマのことはとても可愛いと思った。
「ピアノちゃんとヴォルナールも会ったばっかだけどさあ。好きになっちゃったんなら付き合ってみて駄目ならやめればいいし、よければ付き合い続ければいいと思うよ」
「そうかな……。ヴォルナールさん、フィオナさんのことまだ想ってるっぽいし、そうなれるかわからないけど……」
「あたしは応援しちゃう。ピアノちゃんのこと」
「私も、アスティオさんとパルマさんが幸せに暮らして欲しいって思います」
「じゃ、今は良く寝てまた頑張ろう?」
「はい……ありがとうございます……」
廃墟の様な東屋の下で布団もないような夜だったが、かつての親友のアヤネよりもずっと自分を想ってくれる友達がそばに居ることが心強くて、安心したぴあのに急に忍び寄って来た眠気は彼女の瞼を優しく閉じてくれた。
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