第30話 ぴあの、レリトを思う

 それから一行は迷路の中で出くわすモンスターを倒しながら進み続けた。ぴあのの呪いに反応して発情しながら目の色を変えて襲い掛かってくる動物モンスターや、連れ去って苗床にしようとする植物モンスター、何を考えているのかわからない虫系モンスターなどがうようよしている狭い通路で、彼らは協力しながら歩を進める。


「ぴあの。まだ行けそうか? 体は?」

「はあっ、はあっ、すいません、そろそろ苦しいです」


 雄に反応するぴあのの呪いはそんな場合でなくてもぴあのの体と思考を蝕む。彼女の匂いを嗅ぎつけるとモンスターが高揚するので定期的に処置する必要があった。


「じゃあまたオレたち見張ってるからそこの行き止まりでな」

「気にしなくていいからねピアノちゃん。トイレ休憩みたいなもんだから」


 もう何度目かのやりとりになるのでアスティオとパルマはなんでもないように見張りに立ってくれる。ヴォルナールとぴあのは彼らに礼を言って危険の少なそうな区画に二人で移動した。

 コボルトの集落で泊まらせてもらった時のようにお互い満足するまで体を重ね合ったりしている余裕はない。なるべく早く済むようにヴォルナールとぴあので話し合って、ぴあのが初めてヴォルナールの宿の扉を叩いた時にそうしたように口から摂取することにしたのだ。

 呪いに乾いたぴあのにとってヴォルナールの精はいつでも甘く美味しい。


「楽になったか?」

「あ、えっ、ひゃい……ありがとうございます……」


 とろんとした目で飲み込んだぴあのは一拍おいてから正気に戻る。そうすると彼女に襲ってくるのは猛烈な恥ずかしさであり、後始末を済ませて物陰から出てくるぴあのの顔はいつも赤かった。


「済んだね、行こうか」

「結構集まってきたからこのあたりもうあんまりモンスターいないかもな」


 二人の秘め事の匂いに惹かれて来たのか、見張ってくれていたアスティオとパルマの足元にはモンスターの死骸が小山になっていた。そんなに匂いさせてたかな……とマントの襟をくんくんと嗅いでみるぴあのを見て、早く全部済ませてお風呂入りたいね、とパルマが笑った。

 身体を繋げる補給と比べると口からの摂取は腹持ちが悪いのでなんどか定期的にこういった休憩をとる必要があって、ヴォルナールとぴあのの二人きりの時間は進むたびに蓄積されて行き、お互いにとっての相手の存在感はその度に増していく。口に出して相手が好きだと言ったりすることはなかったが、三つ目の鍵を開けるころになると二人の関係はもう利害だけではないと自分たちも認めざるを得ないほど濃くなってきていた。

 三つ目の鍵を開けて扉を抜けた先にはラミア族の集落があった。上半身が人間らしく、下半身が蛇の彼らの姿は蛇などが苦手なぴあのにとって少し恐ろしかったが、コボルトと同じで友好的で優しい人たちだった。ラミア族は一行を快く迎え入れてくれようとしてくれていたが、自分たちに協力するとレリトの邪妖精軍の襲撃を受ける可能性があると言ってヴォルナールたちのほうから寝る場所などの提示を断らなければいけなかった。ラミア族の長はすぐにそれを理解して、この先の探索に必要な食料の援助だけをしてくれることになった。


「コボルトたちが先に迷路を出ているはずだから後続の魔族を受け入れやすいタイミングのはずだ。もしこの食料の援助をしただけでも襲撃などあるようだったら人間の街に向かって欲しい」

「そうですな。そうなったとしたらレリト様はもうそこまで何もわからなくなってしまっているということなのでしょうか……おいたわしい……。先の魔王様が顕在のころは我らラミア族にもそれは優しく微笑んでくださったものなのですが……。悲しいことです。この書簡が役に立つときが来ないことを願いますよ……」


 ぴあのは、ヴォルナールたちの話すレリト像とラミア族の長の言葉から受ける彼女のイメージが乖離していることが気になった。なのでその晩、また広いところにキャンプを張って眠る時にパルマに尋ねてみた。


「あの……私、そういえばレリトさんのことって全然知らないんですけど、ラミア族の人たちの口ぶりだとそんなに悪い人じゃない感じですよね。でも魔王の下で悪いことして、フィオナさんのこともその……。一体どうしちゃったんでしょうか……」

「うーん。そうだね。あたしも今でも信じられないよ。レリトはね。もともとはお姫様だったんだよ。あたしも子供のころよく遊んだ。幼馴染みだった。あたしよりも兄貴のほうがレリトとは仲良かったんだけど」

「お兄さんがいるんですか? パルマさん」

「うん。この迷路のどっかにまだいると思うよ。レリトが後から来た魔王の愛人になった時ふらっとどっかに行っちゃってそれから会ってないんだけど……」

「そうなんですね……」

「でもさ、今となっちゃもうただの敵! あんたのその呪いだってかけたレリトをなんとかしないと解けないし、もしアスティオが殺されたりしたら幼馴染みでもあたしはレリトを許さないと思う。ぴあのちゃんも自分の呪いを解くことを考えなね。あたしもう寝る。おやすみ」


 パルマは早口で話を切り上げると目を閉じて、もう何も話さなかった。ぴあのはもうかなり近くまで見えてきている魔王城がぼんやりと浮かび上がる夜空を見上げ、一人でモンスターを造り続けている会ったこともないレリトのことを思いながら眠りについた。

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