第28話 ぴあの、守る
「お前は安全なところに戻れ! 狭い迷路ならまだしも、お前の呪いがモンスターを惹きつけてることを忘れたか?」
「あっ、そ、そう言えばそうでした……!! で、でも私も手伝……!」
一緒に戦いに行こうとしたぴあのだったが、ヴォルナールに指摘されて気が付く。ついさっきまで膝枕で寝ていたというのに、戦いになると彼は切り替えが早い。しかし自分がモンスターを呼び寄せた以上自分も戦ったほうがいいのではないかと思ったぴあのは反論しようとする。その時、すぐそばを逃げ惑っていた小さなコボルトの子供が躓いて転んだ。
「キャン、キャン、キャウン!」
「あっ、大丈夫!?」
本当に小さな子供だったので心配になって助け起こしている間に、ヴォルナールたちは戦いに行ってしまった。仕方がないのでぴあのはその子の保護者が見つかるまで一緒にいようと子供の手を引いて集落の中心に向かった。
「にいちゃん!」
「チピ!」
集落の中心の井戸の近くの家のあたりから一回り大きなコボルトの男の子が駆け寄ってきた。チピと呼ばれた子の兄らしい。
「よかった、迷子になって転んじゃったみたいなの」
「ニンゲンの姉ちゃんありがとう! 危ないから子供はこの家に集めてあるんだ。姉ちゃんも入って」
迷路内で拾ったもので作った小屋はそこまで頑丈そうではなく、ぴあのは警戒を解かずに息を殺す。呪いがモンスターを惹きつけているなら、もしヴォルナールたちが討ち漏らした個体がいればやがてここにたどり着くだろう。囲まれたらたまったものではないが一匹ずつなら妖精剣もあるし、なんとかなる、と考えて彼女は出入口を注視した。外ではコボルトたちが犬そのものの鳴き声で吼えて威嚇する声がひっきりなしに聞こえている。
「!!!!!!」
その時、子供たちが天井を向いて一斉に吼えだし、ほどなく小屋の屋根がばりっと破れた。そこからあの厭らしい邪妖精が、逆さになって顔を出した。邪妖精はぴあのを見つけると、細かい歯の並んだ口を耳まで裂いてにたりと笑った。その笑顔を見て、ぴあのの背筋にぞぞぞと怖気が走り、彼女はとっさに闖入者を指さしてスラグを撃ち落としたのと同じ方法で迎撃した。
『とっ、飛べ水の矢よ、私の敵を穿ち洗い流せっ』
顔面に水流のビームを命中させられて吹っ飛んだ邪妖精のニタニタ笑いはとりあえず消えたが、穴を見つけたらしい後続の邪妖精が次々と覗き込み、他の部分にも穴をあけ始める。それを一匹ずつ対処するぴあのだが、吟遊魔法の弱点として発動の条件の音階を間違えてはいけないのと歌詞の文字数の分発動に時間がかかるというところがある。次第に間に合わなくなっていき、ついに中にまで侵入を許してしまった。遠くに聞こえていた邪妖精のバズバズとしたうるさい羽音が大きくなり、次々に入り込んでくるその姿は一見可愛らしく見える外見でもカバーできないほどに昆虫めいていて、生理的な嫌悪感を喚起させるものだった。
「みんなはオレが守る!!」
「あっ、駄目!」
その時、勇気を出したらしいチピの兄がぴあのの前に立ちはだかった。歯をむき出して噛みついてやろうとするのだが、縦横無尽に飛び回る邪妖精相手では分が悪い。屋根を切り取る鋭さを持つ爪が少年コボルトに迫るのを止めるため、ぴあのは歌いかけていた歌の内容を切り替えた。
『広がれ水の膜よ、敵の刃から私を守れっ』
飛び出した水は真っ直ぐ飛ぶのではなく、潰したホースから思い切り水を出した時のように膜になって眼前に広がる。ホバリングしていた邪妖精の羽をその水のバリアが切断し、その個体は回転しながら落ちた。
「後ろにいて!」
水の膜が消えたタイミングでチピの兄を引っ張り込み、ぴあのは次のバリアを張る。バリアが出ている時間は短いので、ぴあの一人なら妖精剣も併用してなんとか切り抜けられそうだが、子供たちを守りながらでは厳しい。追い詰められてじり貧だが、彼女は何度も同じ歌を歌って安全地帯を作ってしのいだ。
「広がれ水の、ん゛ッ、あッ!」
休まずに吟遊魔法を使って喉を湿らせる暇もなかったぴあのの歌が一瞬途切れる。その瞬間に目の前にいた邪妖精は、あのおぞましいにちゃりとした笑いを浮かべていた。それをまともに目にしたぴあのに下腹部にまた嫌な甘さのある感覚が起こり、集中が途切れる。それを見逃さない邪妖精が彼女に襲い掛かろうとしたその時。
バシュッ!!
天井の穴から、光の矢が飛び込んできて邪妖精を貫いた。
「ヴォルナールさん!!」
「待たせたな」
穴だらけの屋根からヴォルナールが飛び降りてきて着地した。
「もう外にいる奴らも全部倒した。よく頑張ったな。広い所に出よう」
へなへなと座り込んでしまったぴあのに、ヴォルナールが手を差し伸べてくれる。掴んだ手はやっぱり暖かくて、ぴあのは彼のことをどんどん好きになっていっていることをこの時自覚した。
「討ちもらしてごめんね、でも一人で戦えたんだ、すごいじゃん!」
「一人くらい残るべきだったかもしれないな、でも数がとにかくすごかったからオレらみんなでやらないともっと中に侵入してたと思うわ」
「アスティオさんとパルマさんも無事だったんですね。よかった……。あ、でもコボルトさんたちの集落が……」
「コボルトは生食が基本で煮炊きしないから、火が出なかったのはよかったけどちょっとここに住み続けるのは厳しいかもしれないねえ……」
コボルトの長とヴォルナールが今後のことを話し合う後ろでアスティオとパルマがぴあのを褒めてくれた。しかし集落の建物はあちこち壊れてしまっていて、怪我をしたものも多い。井戸の水で喉を湿らせたぴあのはさっきから彼らの傷を吟遊魔法で治療してやっていたし、致命傷を負っている者はいなかったのは不幸中の幸いだ。
「レリト様があなたたちに手を貸した集落に襲撃するようになったならわしらも人間の街に助けを求める頃合いかもしれぬなあ」
「今まで苗床状態の女たちを保護してくれていたからな。コボルトが友好種族だというのは竜骨街の人間たちには伝わっている。俺の名前を出せば悪いようにはされないはずだから、移住したらいい」
ヴォルナールはコボルトたちがモンスター扱いされて攻撃されないように、鞄から出した紙に一筆書いて長に渡してやった。
(コボルトさんたち、よくしてくれたのに棲家を追われることになっちゃって……なんだか申し訳ないな)
ぴあのは些細なトラブルをお前のせいだと詰られる経験を多くしてきていたので、コボルトたちにもそうやって責められるような錯覚がしてしまい気分が落ち込んで来た。しかしそんなぴあのに近づいてきたチピと兄がかけてくれた言葉は彼女が想像しているものとは違っていた。
「姉ちゃん、みんなのこと守ってくれてありがとうな」
「お姉ちゃんのおうた、すごいね! チピもおうたうまく歌えるかなあ!」
「チピはまだ遠吠えもうまくできないだろ、歌の前に遠吠えだよ」
「そんなことないもん! チピ遠吠えできるもん! きゅーん! きゅふーん!! きゅーん!!」
「ぷふっ! 上手だね!!」
一生懸命遠吠えをして見せるのだが、きゅんきゅん鳴きになっているチピが可愛らしくて、凹んでいたぴあのはつい噴き出してしまった。
「さて、先に進もう。コボルトたちがまた暮らせるようになるためにも俺たちは目的を遂行しなければならない。まだまだつきあってもらうぞ、ぴあの」
「はい。私、頑張ります」
コボルトの長がコボルトたちを集めて移住する段取りを話し合い始めたのを横目に、ヴォルナール一行は集落を後にした。
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