第27話 ぴあの、膝枕する

「えっと、そうですねえ……改めてそう言われると迷っちゃうな……」

「なんだ、ないのか。それなら話は終わりだぞ」

「えっ! 待ってください! えっと、えっと、あ! ヴォルナールって、とっても素敵な名前ですね! 何か意味のある言葉なんでしょうか!」


 失礼にならない質問を考えていたらそう言って話を切り上げかけられ、ぴあのは慌ててそんなことを尋ねた。


「考えてそれか? どうしてそんなことを知りたがるんだ……」

「いえ……、ヴォルナールさんのことはその、なんでも知りたいんですけど……、体を預けてる相手ですし……、仲良くできたほうが嬉しいし……」

「そういうお前の名前は何か意味があるのか? 最中に変な名前だが大事な名前だと言っていたな? 俺にはそんなに変な名前だとは思えんがな」


 もじもじするぴあのを見て、ヴォルナールはちょっとだけ笑ってからかうように聞き返す。


「私の名前……、ピアノは楽器の名前です。あとは小さい音、みたいな意味もありますけど」

「……別に変な名前じゃないじゃないか。まあお前の声は良く響くし、楽器の名前の方にしておけよ。それならいい名前だ」


 つっけんどんな口調で愛想もないが、ヴォルナールは柔らかい声でぴあのの名前をそう評してくれる。祖父やトキヤなど、特に男性に名前を馬鹿にされることが多かった彼女は、好意を抱き始めている目の前の男が自分の名前についてそう言ってくれたのがとても嬉しく感じた。


「俺の名前、ヴォルナールというのは故郷の森でよく見る動物の名前だ。銀色の毛とふさふさのしっぽが特徴のありふれた小さな肉食獣だ。俺がまだ母親の胎の中にいたころ、母親が寝ていた家の屋根の上でそいつが高く鳴いた時があってな。その時に俺の名前はヴォルナールになった」


 なんか可愛いですね、とぴあのが言うと、ヴォルナールは「ハ」と短く笑う。


「俺を捕まえて可愛いなんて言うのはフィオナとお前くらいのものだ」

「フィオナさんのことも知りたいです……。どんなふうに出会ったんですか?」


 ヴォルナールの心の中にまだいるであろうフィオナのことを聞くのは入り込みすぎかと思ったが、ヴォルナールは嫌がらなかった。彼は、自分がなぜ勇士として戦っているのかから話し始めた。

 彼の話によると、エルフは通常誰であっても魔力を豊富に持っていて、人間たちの操る魔法とは違う、精霊と話すことで発動する精霊魔法を使えるものであるという。しかしヴォルナールは精霊の言葉を聞き取ることができないらしい。その代わり、人間の魔力持ちのように手から光の矢を出すことができた。そのせいで他のエルフから常に小馬鹿にされがちで、肩身の狭い思いをしながら少年期を過ごしたという。大人になっても精霊の言葉はわからなかったが、彼はエルフの長い生のなかで孤独ともうまく友達になることができたし、毎日畑仕事をして、持って生まれた光の矢を使って狩りをし、他のエルフ達が奏でている音楽がどこかから漏れ聞こえてくるおこぼれを聞きながら眠るだけで満足していたという。

 そんな生活を長く続けていたある日、魔王の侵攻が始まった。初めエルフたちは、自分たちよりも下位の種族の戦になど興味はないと言わんばかりに静観を決め込んでいた。人間にも魔族にも肩入れはしないという姿勢を崩さずにいたのだが、エルフの居住区である森と魔族の領地の間にある人間の領地で人間たちが魔族をせき止めていてくれているという状態でその態度は上位種としてあまりにケチ臭くはないのか? と当時勇者として戦いを始めていた男がエルフの長を煽った。初めはなんと失礼な人間だと思ったエルフの長だったが、次第に「言われてみればそうだな」と思い直したらしい。里からエルフを一人勇士として派遣することにしたという。


「それが俺だ。人間と同じような魔法を使う俺は人間と戦うのがお誂え向きだろうと言われたな」

「そうだったんですね」

「まあ戦いが激化してからはそんなことも言っていられず結局エルフたちも精霊魔法で戦ったんだがな……。まあそんな中で俺は人間の街で遊ぶことを覚えて、娼館でフィオナと会ったんだ。喉に鈴があるのに誰にもそれを教えられずに娼婦をやっているから、魔力があるってことを教えて一緒に戦ってもらうようになった」

「それで……夫婦になったんですね」

「眠る前にフィオナが歌ってくれる子守唄が俺は好きだった。楽しく奏でられる音楽を遠くで聞くことしか知らない俺のためにあいつは子守唄を歌ってくれたんだ。それまで俺は寂しいなんて思ったことはなかったのに、あいつが死んでから俺はずっと寂しい。あの歌声を二度と聞けないんだと思うと、このあとも長く続いていくエルフの命すら呪わしく思った。だからいばらの迷路のなかでお前の悲鳴を聞いた時、その声があまりにフィオナに似ていたから……俺は気が気じゃなかった」


 そう言って口を閉じたヴォルナールは傷ついた顔をしていた。ぴあのはどうしたら彼の心が楽になるのか考えたが、すぐにはわからなかった。だから、自分にできそうなことを考えた。


「子守歌なら、私にも歌えます」

「……お前……、死んだ女の代わりにされるようなものだぞそれは。それでお前は嬉しいのか?」

「私とフィオナさん、そんなに似てますか?」

「全然似ていない。フィオナはお前みたいなビビりじゃなかったし、髪は金髪で青い目だったし、手足もお前より長かった」


 はっきり言うなあ……と嘆息しながらぴあのはそのまま、私の歌は好きですか? とヴォルナールに尋ねた。それに対して彼は、お前の歌が好きだ。初めて聞いた時からずっと好きだ。と答えた。なら今はそれでいいですよ、と言うぴあのは優しく微笑んでいた。


「子守歌なら全然歌ってあげます。なんなら膝枕とかもできちゃう」

「そこまで頼んでないぞ。調子に乗るんじゃない」

「眠れないんでしょう? いっぱい寝て明日からまた頑張りましょうよ」


 そう言ってぴあのが自分の腿をぽんぽんと軽くたたいて見せると、ヴォルナールはもごもごとなにやら口の中で言い訳めいたことを呟いた後、彼女の膝にごろんと頭を預けた。


「ヴォルナールさんって、やっぱり可愛いです」

「うるさい、早く歌え」


 また例の頭痛を我慢するような顔で目を固くつぶったヴォルナールはそれきり黙ってしまったので、ぴあのはうるさすぎない声量で子守唄を歌ってやった。焚火の火がぱちぱちと小さな音を立てる中、ぴあのの透き通った綺麗な声が子守歌を奏でる。ヴォルナールにとっては聞きなれない異国の歌だったがその旋律はとても優しく、一度知ってしまったらもう無視できない孤独を覚えて冷え固まった彼の心をじんわりと溶かしていくような温かさで癒してくれた。

 子守歌は短いのでなんどか繰り返して歌いながら、ヴォルナールのふわふわした銀髪を撫でていたぴあの自身も眠気を覚え、いつのまにかうとうとと船を漕いでしまう。既に眠りに落ちていたヴォルナールに折り重なるように、そのままぴあのは深い眠りに落ちて行った。

 それからどれくらい経っただろうか。彼らの心地よい眠りを妨げたのは、コボルトたちが吼え騒ぐ声だった。


「敵襲だ!! 邪妖精が何匹も攻めてきてるぞ!!」

「!!!」

「ひゃう!!!」


 コボルトの一人が叫んだ声に反応して飛び起きたヴォルナールに跳ね飛ばされて、すやすや寝ていたぴあのは後ろにころんと転げた。近くの小屋から飛び出してきたアスティオとパルマもすでに臨戦態勢だった。


「ここにいるのがレリトに知られたんだ。とにかく迎撃するぞ!」


 ヴォルナールの一声にうなずくと、一行は集落の出入り口の方に走った。

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