第32話 ぴあの、目覚める
「ん……、ああ~、凄い寝ちゃった……」
いつの間にか眠っていたらしいぴあのはトキヤと暮らしている自分のアパートで目を覚ました。なんだか映画の様なスケールのでかい夢を見ていた気がする。
「あれ? 今何時? やば、バイト行かなきゃ……」
しばらくぼんやりしていたが、時計を見るといつも起きる時間よりもずいぶんゆっくり起きたようだったので慌てて枕元のスマホを拾い上げてスケジュールを確認する。どうやら今日は非番のようだった。
「なんだ、今日休みだった……、はあ。うーん。なんか得した気分になるな、こういう時って」
トキヤはいないようだ。夜勤に行ってまだ帰ってないんだっけ? 思い出せないな、まだ寝ぼけてるみたい、とメッセージアプリを立ち上げようとしたとき急に着信が入る。表示されている文字は『お母さん』だった。通話を始めると、明るく元気な声が聞こえてくる。
『もしもし、ぴあのちゃん?』
「お母さん! おはよう、どうしたの?」
『あのね、おばあちゃんの還暦もうすぐだからお祝いどうするか一緒に考えてよ』
「あ、おばあちゃんもうそんなだっけ。いいよ」
『聞いて~、お父さんったら適当に通販で何か選べっていうだけで見てもくれないの。まあもちろん物でもお祝いはするけど、ねえ、お母さん伴奏するからぴあのちゃん歌ってよ』
「ええ? おばあちゃん喜んでくれるかなあ……」
『喜ぶに決まってるじゃない! 孫が歌でお祝いしてくれるのよ!?』
「わかった。じゃあ何の曲にしようか……」
母と父は相変わらずらしい。ちょっと無関心なところがある父だが、特に喧嘩するでもなく仲良くしているようだ。還暦を迎えた祖母と三つ年上の祖父も元気にしているらしい。なんだか母とも久しぶりに話した気がして、ぴあのは少しの疲れと温かさを感じて通話を終え、もう一度スケジュールを見直した。
「今日アヤネと映画に行くんだった。もうチケット取ってたっけ」
電車に乗って待ち合わせに行くのでそろそろ動いた方がよさそうだと思ったぴあのは、支度をして家を出ることにした。長く伸ばした黒髪を綺麗に整え、買ったばかりのワンピースを着ると心がウキウキしてきた。
「すっごく楽しみにしてたんだよね~」
「私も映画館で映画見るの楽しみだったよ」
「あー、トキヤくんこういうの見たがらなそうだもんね」
「うん、トキヤは家で古い映画見るのが好きなんだよね」
「じゃー今日はわたしがぴあののこと独り占め!」
今日すっごいうまく髪の毛巻けて~、ぴあのに見せたくって~ってはしゃぐアヤネが可愛くてぴあのは嬉しかった。
(そうだ、アヤネと映画に行くって言ったら「いーじゃん、友達デート。めちゃくちゃおしゃれして行って来いよ。面白かったら見てもいいから感想教えろな」ってトキヤ言ってたんだ。おまえらほんとに仲いいよなって。そうだよ。アヤネは私のたった一人の親友……)
(ピアノちゃん)
(あれ……? なんだろう。親友……。アヤネの他にはいないよ?)
違和感を覚えながらもポップコーンと飲み物を買ってアヤネと並んで席に着く。暗くなった映画館のスクリーンは近日公開の映画の予告を何本か流した後、目当ての作品を映し始めた。壮大な音楽と共にキラキラと装飾された英語のタイトルが出て、リアルな質感のCGで作られたモンスターと、鎧で武装した者たちが戦っている。
(アヤネが誰だかって俳優のファンで、その人が主演だっていうファンタジー大作で……。あれがアヤネの推しかあ。私は……うーん。あの耳が尖ってる長髪の人がカッコイイかな……)
話題の映画だけあって見ごたえがあった。ぴあのはそこまでフィクションに夢中になるタイプではないが、非日常の冒険を臨場感のある音と映像で味わうのは楽しいと思った。
「よかった~、最高だった~」
「うん、楽しかったね~」
映画を見終わった後、ぴあのとアヤネは近くの喫茶店に入って感想を話していた。興奮気味のアヤネはあそこがよかったここがよかった、次回作が楽しみだと嬉しそうに話している。それを見ているぴあのまで嬉しくなり、別になんの記念日とかでもないけど気分がいいから夕ご飯はトキヤの好きなものにしようかな、などと考えていた。
(これを飲み終わったら二人のアパートに帰る。帰る?)
とても楽しい幸せな休日。なのにどこかに違和感がある。ぴあのはその違和感のざらざらとした舌触りを飲み物と一緒に飲み込み続けている。
(なんだろう。帰ったらいけないような気がするんだ……)
ストローに口をつけ、少しずつ中身を飲む。これ何の味? 私何を注文したんだっけ。
(これを飲み終わったら帰らなきゃいけない。でも帰ったらトキヤは帰りが遅いっていって私に……)
(俺を最悪にしないでくれ)
今の誰の声?
「……ヴォルナールさん……?」
「エ? ナニ? 誰ソレ」
「あれ?」
アヤネの声におかしいものを感じたぴあのは俯いていた顔を上げる。視線の先に座っていたのはアヤネではなく頭に花を咲かせた女の形の蔓のかたまり。そして自分が今ストローだと思って口に入れているのも何かの植物の蔓だった。
「ッハ……、アッ……!!!!!!!!!! オ゛ェッ!」
「起きた」
「起きたわ」
目を覚ますとそこは今まで居た喫茶店でも住んでいたアパートでもない知らない場所で、知らない女が二人覗き込んでいた。ぴあのの口にはさっきまで見ていた夢と同じく何かの蔓を切断した物が入っていて、彼女は嘔吐感にえずいてしまう。
「ぺっ、ぺっ、な、何? 何これ? どうして? ここどこ?」
「ああ、助けられたんだね。よかった」
「……! 誰ッ!?」
口の中に甘ったるい何かの味が残っていて、行儀が悪いのは承知でぴあのがそれを土に吐き捨てていると見知らぬ女たちの後ろから上半身裸の赤毛の男が現れた。ぴあのはその声に驚いて横たわっていた体を起こして中腰で後ずさる。そして自らの体を抱きしめた感触で自分も服を着ていないことにようやく気が付いて小さな叫び声をあげた。
「悪いが着ていた服を脱がせて体を調べさせてもらったよ」
「えッ!! やだッ!! なんでッ!!」
「ああ、大丈夫大丈夫。何もしてない。触ったのは彼女たちで僕は指一本触れてないから」
手を広げて丸腰であることをアピールする男の周りで女たちが顔を見合わせてからぴあのに向き直ると、うんうんと頷いて見せた。
「体、楽だろう? 花粉に埋もれてる君をここまで運んで応急処置をしただけだよ。びっくりしただろうけど危害を加えるつもりはないから落ち着いてくれる?」
「ま、まずはぱんつ返してください! 話はそれからですっ!!」
ぴあのが男を睨むと、男は女たちにぴあのの服はどうしたか聞く。どうやら女たちが洗濯したらしく、まだ濡れていて着られないとのことだった。代わりに体格が似ている女の服を借りて着ることができ、ぴあのはようやく落ち着いて話すことができるようになった。
そうすると、今いるところが迷路の中と違う景色なのがわかる。見上げても空が見えなくて薄暗く、大きなキノコがあちこちに生えていてそれが光っていた。その光に照らされた男の顔を、ぴあのは改めてよく見る。ヴォルナールとは違うタイプのハンサムで、黒目と白目が反転したような瞳に見覚えがあった。この間見せてもらった本当のパルマの目と同じだった。
「……えっと、まずは助けてくれてありがとう。それで本当に誰? その目、パルマさんと同じ……」
「パルマを知ってるの? あの子元気にしてた? パルマは僕の妹なんだ」
パルマの名を聞いて嬉しそうな顔をしたその男はクレデントと名乗った。
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