第20話 ぴあの、壁を抜ける
もともと自転車や徒歩で移動していたぴあのは戦士とまではいかないが、妖精剣の動きに振り回されすぎない程度には慣れた。
「では、明日からゆくぞ」
夕食の席でヴォルナールがそう宣言すると、パルマとアスティオが彼を見つめて頷く。ぴあのは暫く働きに来れないことを店主に伝えた。ぴあのが酒場で手伝いをしている間に新しく給仕の娘が一人雇われて仕事を教わっていたので、またおばちゃんがワンオペになることはないようだ。
不測の事態で戻ってくるときのことを考えて、ヴォルナールの部屋一つを残して四人分の荷物を集め、他のメンバーの部屋は引き払った。いつもいばらの迷路に行って帰ってくるたびにこうして、戻ってきたときに宿に十分な空きがない場合は別の宿に移るらしい。遠征の予定の期間分宿代を払っているヴォルナールの後ろでパルマがぴあのにそう教えてくれた。
「今回で終わらなかったら次からはヴォルナールとピアノちゃん一部屋でいいんじゃないの」
「ええ、ええ……。そんな……ヴォルナールさんにもプライバシーが……ああ、でも、お金の負担は減らせる……」
「馬鹿を言ってるんじゃない、ウマを借りて向かうぞ」
スラグを駆除した農地のすぐ近くでウマを貸しているというので、一行は竜骨街を出てまず農地に向かった。ウマ、と言われてぴあのは普通の馬を想像していたが、実際に出てきた動物は映画に出てくる恐竜のような爬虫類だったので驚いた。
「騎馬竜っていうんだよ。みんなウマって呼んでるけどね」
「本当の馬もいないことはないんだけど、この辺の馬は戦の時にみんなモンスターに食われちゃったからね。皮膚が硬くてタフで飼いならせる生き物ってことでこれを代わりにしてるんだ」
アスティオが説明しながらその生き物の顎を撫でると、ウルウルと気持ちよさそうにそれは唸っている。
いばらの迷路と農地を隔てている高壁までの間はちょっと距離がある。歩いて行けないことはないが、迷路の中では戦いながら長く歩くことになるので、体力を温存したい者にはウマはありがたい存在だった。ヴォルナールたちの様な勇士だけでなく浅い所で採集などをして生計を立てている人たちにも貸しウマは需要があり、農地の人たちの収入源の一つになっているらしい。
「ぴあの。乗馬の経験はあるか?」
「普通の馬も乗ったことないんですけど……ひえ……すごくトカゲ……」
「しかたがないな……俺の手に掴まれ」
「はい……? うわぁッ!」
蛇とかトカゲの類はあまり得意でないぴあのがまごまごしていると、先にウマに乗っていたヴォルナールがため息をつきながら手を差し伸べてくる。おずおずとそれを取ったぴあのの手をぐっと掴んで、彼は背後からすっぽり包むような位置に彼女を引っ張り上げてしまう。
「これで行く。いいな?」
「は、はわぁ……」
「あ~、それいいな~。あたしもアスティオと一緒に乗ればよかった~」
「パルマは蛇行しながらすごく飛ばすだろ……オレは酔いやすいんだよ……」
ヴォルナールの逞しい上半身の感触と暖かさを背中に感じ、ぴあのは胸がどきどきしてきてしまう。あの一夜からまだ発作は起きていなかった。だからきっとこの胸のドキドキはちょっと怖いウマに乗っているからだと彼女は自分に言い聞かせた。
「壁だ。ぴあの、降りれるか?」
「は、はい。よい……しょ。うわぁ……」
しばらく走った後ウマは止められ、ヴォルナールの後からずるずる滑り落ちるように降りるぴあの。ちょっと痛むお尻をさすりながら見上げた先に高い壁が聳え立っていた。
「はいお疲れ。おーい、ウマ引き取ってくれえ!」
壁には頑丈な扉が付いていて、衛兵の詰め所が併設されており、そこにウマを繋いで置くスペースがあった。迷路から戻って来た者がまた借りていくのだろう。アスティオが声をかけると気が付いた衛兵が走り寄って来た。
「勇士さま方! 迷路に行くのですね。それでは通行証を確認させてください」
討伐の勇士は確認することが多いようで、衛兵とヴォルナールが難しいやりとりをしている後ろで三人は雑談をしながら待った。
「ああやってちゃんと通行証確認してるのに、迷い込んじゃう奴も後絶たないんだよね」
「ピアノちゃん見つけたときもそういう子かと最初思ったよ。でも最初の鍵の内側にいたから違うなって」
「どういうことですか? そういえば鍵って二年前に一度全部開いたんじゃないんでしょうか」
よく考えてみれば一度魔王城まで行けたのに今は鍵が開かないから先に進めないというのは少し変な話だなと思っていたので、ぴあのはこの機会に尋ねてみた。そもそもなぜ植物に覆われた庭なのにそんなに鍵があるのかも不思議だった。
「ああ、えっとなあ。もともとはさ。あそこって魔族の王が住んでる王城だったんだよ。オレらが戦った魔王とは別人な。そいつはオレら……、まあ、人間って言っていいか。人間とは敵対しないでただあんまり干渉してこなければ自分らも事を荒立てないっていう方針の王だったんだ。魔族も全体的にそういう感じで、大人しいけど何してるかわかんない不気味な奴らって評価だったんだよ。人間からしたら」
「何もしてこなくても不気味だって思ったら攻撃してくるやつってのはどの時代にも種族にもいるもんでさ。そういうのが攻めてこないように魔族の王は自分らの街をまるごと迷路にして、あちこちに鍵を設置したんだよ。それをそのまま新しい魔王がダンジョンにしちゃったから、それがまだ生きてるんだ。一回開けたら戻る時には開いたままなんだけど、もう一度開けようとすると勝手に閉まっちゃう。そんな鍵をね。だからフィオナが開けてくれた鍵は今は全部閉まっちゃってるわけ。最初の鍵だけは手練れの冒険者とかだったらわりと簡単に開くから開けて入ってく人も結構いるんだけど、ピアノちゃんはそう言う感じじゃなかったから違うなってそういう話」
だから開錠の歌を使える自分が必要なのか……とぴあのは納得した。
「残りの鍵を開けられる奴が全然いないわけじゃないけど、結構戦いでいなくなっちゃったからね……。だからいけるとこまで行って、大変なことになってるのがいたら保護してを繰り返してて残党狩りが進んでなかったんだ。だからピアノちゃんが来てくれてオレら、心強いんだぜ」
「あ……はい、お役に立てるように頑張ります」
「待たせたな、行くぞ」
話を聞いていると許可が出たようなので、ヴォルナールに促されて扉に向かう。
「この扉をくぐったらもうモンスターが出るからな。気を抜くなよ。ぴあの」
「……はい」
ぴあのは、腰に佩いた妖精剣の柄をぐっと握りしめ、心の準備をした。
「皆さんが通ったらすぐ扉を閉めますので、素早く通ってください。開けます!」
ギギ……と重たい音を立てて鉄の扉が開く。隙間が空くのが見えた途端ヴォルナールたちは駆け出した。ぴあのもそれに続いて走る。2、3人通れる隙間ができたところで四人の体は扉を通り抜け、それを確認した衛兵により再び扉は閉められた。背後でズゥンと音がして、ここから先は安全じゃないんだという気持ちがぴあのの心に沸き起こる。
壁を抜けた向こうにはまた壁があった。いばらの迷路の外壁である。魔王城の庭は竜骨街からは良くわからなかったが城へ向かっていくにつれて少し小高くなっていて、その麓である外壁の中は壁と垣根でできた迷路になっているのがよく見えた。その頂上に魔王城はまがまがしく鎮座している。あそこにぴあのに掛けられた呪いの主であるレリトがいるのだ……。
「私……あんなところに落ちて来たんですね……」
「生きてて良かったな。来るぞ。構えろ」
ヴォルナールが言うが早いが、ぶぅんと耳障りな羽音のようなものが聞こえた。ぴあのが柄を握っていた妖精剣が勝手に鞘から抜ける。遠くから黒い何かがいくつも飛んでくるのが見えた。
「惑い蠅だ。さっさと片付けるぞ」
ヴォルナールが手のひらから出した光の矢を弓につがえて、黒いモンスターの一匹に向かって引き放ち、最初の戦いが始まった。
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