第19話 ぴあの、剣を手にする
事を終えたら急速に耐えがたい眠気が襲ってきて、ぴあのはそのまま眠りに落ちてしまった。目を覚ますと窓の外は朝になっており、身体は長くて優美なエルフの両腕に抱きすくめられて動けなかった。
「ひ、ひえ……」
昨日苦しめられていた渇望は嘘のように引いていて、たくさん食べて早く寝た次の日の朝のように体調がいい。いいのだが、ヴォルナールに抱きしめられて動けないこの状態をどうしたらいいのかわからない。
「ヴォ、ヴォルナールさぁん……」
よく眠っているのを起こしたら怒られるかとも思いしばらく悩んで、ぴあのはヴォルナールの固い太股を掌で軽くぺちぺちと叩いて起床を促した。
「ん……。あ……?」
「お、起こしてすみません……その……腕、離してください……」
「ア!?」
「ひえ、すみませんっ」
「……ああ、そうか。そうだったな……」
起きてすぐはぼんやりしているタイプのようで、ヴォルナールは己がぴあののことをぬいぐるみのように抱いている事実を認識すると唸るような疑問の声を出した。ぴいぴいと謝るぴあのの声を聞いているうちに昨日のことを思い出したらしく、拘束していた腕に力を緩めて体を離す。改めてずっと抱きしめられていたことが恥ずかしくてたまらないぴあのは肩まで真っ赤にしている。
「……もう苦しいのは治ったのか」
「は。はい……おかげさまで……ありがとうございます……」
「なら自分の部屋に戻れ、湯浴みでもしろ……」
窓から射す朝日が眩しいのかヴォルナールは腕で目の前を隠すとそのままごろりと背中を向けた。真夜中遅くまで繋がり合っていたから眠いのだろう。
(出かけるときは言えって言ってたのにな……朝弱いのかな?)
ぴあのはゆうべ脱いだ服を纏いなおして彼の部屋を出た。失礼しましたと言って残したが、小さないびきがもう聞こえてきて、返事はなかった。
「ありゃ、ヴォルナールの部屋から出て来た。ってことは、アレした?」
「ぱぱぱパルマさんッ! あわっ! そんな! やっ、その! ……えーと……はい……」
部屋を出てすぐにパルマに出くわし、何をしていたのか尋ねられてしまった。ぴあのは真っ赤なままあうあうと言葉を選ぶが、その反応がそのまま答えだということに気付いて恥ずかしそうに肯定した。
「ちゃんと処置してんだあいつ……まあ一安心だけど……。体大丈夫?」
「あの、パルマさん。えっとですね。こっちの世界って、妊娠しなくなる薬とかそういうのって、あります……? おなかに赤ちゃんいる状態で戦ったり、その、できないと思うので……」
浴場に湯浴みに行くところだったというので一緒に連れて行ってもらう道すがら、ぴあのは気になっていることを尋ねた。今はおそらく大丈夫な期間だったはずだが、そういうことまで気が回らないほど余裕なく求めてしまったことに今更ながらに不安になって来たのだ。
「あるよ。娼婦とかみんな飲んでる。あー、そうだよね。まあ、エルフって長命種だからあんまり妊娠させる力強くないし大丈夫だとは思うけど心配だよね。そこまで気が回ってなかったわ。ごめんね。あとで魔女のところに買いに行こう」
「すみません……」
「ピアノちゃん、お礼の代わりに謝るのやめな? ありがとうでいいんだよこういうのは」
「すみ……ありがとうございます……」
「よしよし。んで、ヴォルナールどうだった? すごかった?」
「え、ええ~!! や、やです……聞かないで……ッ」
「あははは!」
からかわれつつ湯浴みを済ますとぴあのは魔女の所に案内され、何かの根を干したという薬を手に入れた。煮出して飲むらしい。
「レリトを倒したらその呪いも解けるはずだから。それまでの辛抱だからね。頑張ろうね」
「はい……ありがとうございます。にがい……ひえ……」
その場で一つ煮だしてもらって飲み、宿屋に戻ってくると廊下でヴォルナールとアスティオが話していた。
「どこに行っていた? 出かける前に俺に言えと言っていただろう」
「すみません……」
「女の子放っておいてぐーすか寝てた奴が何言ってんだ、あたしがお湯とか魔女のとことかに連れてってたの!」
やいやいと言い合うパルマとヴォルナールを置いて、アスティオがぴあのに話しかけてくる。
「ピアノちゃん、女の子でも振りやすい小剣あげるからオレと練習しようか」
「あ、うわあ……ありがとうございます」
ニコニコしながらアスティオが差し出して来たそれは細い作りの剣だった。
「あ、それ前迷路の中で見つけた……。確かにそれなら戦ったことない子でも使えそう」
「何か特別なものなんですか?」
「ドワーフに鑑定してもらったけど、なんかの妖精剣だって言ってたな。ある程度の危険に勝手に反応して切り払ってくれるんだ。さすがに圧倒的な力で来られたらへし折れるだろうが、魔法と併用して使うならいいんじゃないかな。これをピアノちゃんに渡すかどうか今ヴォルナールと話してたんだよ」
「ああ……そっか。フィオナにあげる予定だったっけね、それ」
フィオナの名前がパルマの口から出て、ぴあのはヴォルナールの顔を見上げた。その視線に気づいた彼はそっと顔を逸らす。
「……生きてる奴が持っていなければ意味がない。気にするな。足手まといにならないかどうかだけ気にしていろ」
そう言って、ヴォルナールは自分の部屋に戻って行ってしまった。
「あいつなんだかんだ意識してんだ。可愛いとこあんだよねー」
「え? なに? どういうこと?」
「あそこに花が咲きそうってこと」
「あー? んー……」
アスティオはヴォルナールとぴあのの間に起こっている関係の変化をまだ確信してはいなかったが、パルマには二人の間に漂っている体を繋げた者どうしの距離感のようなものがよく見えている。
「ええと。ありがとうございます!!」
そして、階段を登っていくヴォルナールの背に礼を言うぴあのは昨日までよりも生命力に溢れ、肌も瑞々しく美しくなっていた。
「じゃあ剣の練習しようか」
そう言って3人はまた宿の裏手に回る。
手に入れたばかりの剣の柄は初めて握るのにぴあのの手によく馴染んだ。
「そいつ、女の子が好きらしくてよ。俺が握ると嫌がってなんかベタベタした汁みたいなの出すんだよな……」
「何それ。生きてんの? それ」
「いろんな武器があるんですね……」
妖精剣、と言われたそれは鞘から抜いてみると半透明の羽のような刀身をしていてとても美しい。ヴォルナールがフィオナにあげたがったのもよくわかると思うと同時に、ぴあのの胸がちくりと痛む。
(なんだろ、今の痛いの。まさか嫉妬? だめだよ。ヴォルナールさんは私が不幸で可哀想で残党狩りに使えるから気が狂わないように抱いてくれただけなんだし……)
もやもやと考え事をしている集中できない状態でも、妖精剣はアスティオが投げた木っ端を勝手に斬って落としてくれる。剣に振り回される腕が明日は筋肉痛になりそうだ。
「なんかピアノちゃん、何も教えてないのに斬ったら戻るみたいな足さばきするね? 何かやってた?」
「え? 別に何も……あ、学生の時体育の選択授業で剣道やってました……週一で3年やっただけだけど……」
「あっちの世界も剣とかあるんだ」
「私がやったのは運動としてだけだから、そんなに身にはなってないですけど……」
「いいよいいよ。合ってる合ってる。斬ったら一旦身を引いて体勢立て直して。ピアノちゃんの場合は危険のない所まで逃げて、そこで魔法の歌を歌えるようにするのが大事だからな」
「はい、がんばります!」
アスティオとパルマに監督されて剣の練習をするぴあののことを、ヴォルナールは宿の二階から見ていた。フィオナにこそ似合うと思って預かっていた妖精剣は結局彼女の手に握られることはなく、今朝まで抱いていた稀人の女の手にあるが、彼はそれを不思議と嫌だと思わなかった。
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